ゴシップ記者の歩き方
郵便局に向かう道すがら、マルセルがもじもじしながら聞いてきた。
「ちょっと、デックス」
「今度はなんだよ? 勇者サマの影でも見たか?」
「違う! 前から聞こうと思ってたの!」
「だから何をだよ? もったいつけんな」
「あんた、いっつも宿帳に別の名前を書くじゃない。アレなんなの?」
「偽名。他に何か?」
何を聞いてくるのかと思えば。おれはこの寒空の下でも外を歩く街の人々に会釈しつつ、足を進めた。放っておけばマルセルが追いつけなくなるのでたまに減速。地獄だ。
「だか、ら! そうじゃ、なくて!」
息切れしていた。運動不足――いや、雪道に慣れていないのだろう。地獄だ。
「なんで毎回、毎回っ! 偽名、なのか、って――ッ!」
「世の中には敵しかいねぇからだよ」
言って、おれは足を止めた。のろのろ追いついてきたマルセルが膝に手をつき荒い呼吸を繰り返す。靴裏の感触は硬い。夜のうちに凍り明け方にかけて緩んだ雪だ。
「……金あんなら、そのブーツ履き替えないか? 滑るだろ」
「――えぇ?」
マルセルは奇妙な生き物を見るような目をした。失礼な奴だ。
「こっから先は雪道ばっかだ。そんなオシャレブーツじゃ最悪凍傷になっちまうぞ?」
「お気遣いどーも。でもお生憎様。このブーツは王都の――」
「だったらせめてオーバーシューを買うとか……嫌ならロープを巻くとかどうだ?」
「なっ――だからっ!」
マルセルは腕を横に広げ、通りをポツポツと行き交う人々を示して小声で言った。
「そんな靴履いてる人ひとりもいないじゃない……っ! 恥ずかしいでしょ……っ!?」
「……この辺じゃ実用に優るオシャレなんてねーよ。足元みろ。靴の形が違うだろ?」
雪国では靴が大きく重くなる。多くは魔獣の革を使い、内側を毛皮にする。王都では獣の革、海獣の毛皮、魔獣革と価値が上がるが、北方の街では長らく逆になっていた。
「むしろ、ここらで靴買って帰れば王都あたりじゃオシャレって言われんじゃねーの?」
「……魔獣の革が安いって……なんであんたがそんなこと知ってんの……?」
「おれはもっと北の生まれだかんな」
「もっと北? もっと北って――」
「んなことより、もう歩けるか? すぐそこにあんのに日が暮れちまうよ」
おれは親指を立て、肩越しに道の先を示した。寂れた街には不釣り合いなくらい豪華で、クソ寒そうな石造りの建物が立っている。クソ郵便局だ。
「……ああもう! お気遣いどーも! もう歩けるわよ!」
マルセルは髪を振り上げるようにして体を起こし、歩き出し、
「ひぁぁぁぁ――!?」
景気よく滑った。
「――っと!」
放っておけば一回転しそうな勢いに、おれは咄嗟に回り込んで腰から支え起こした。
「……何してんの? お前」
「……あ、あ、あり……」
「あ?」
「歩けるって言ってんでしょうが! いつまで触ってるわけ!?」
マルセルは怒りで顔を真っ赤に染めあげながら腕を払い、地響きを立てんばかりに大地を踏んだ。まぁ、その勢いなら転びはしないだろう。
おれはため息をこらえ、肩で風切るマルセルを追った。
ホーヴォワークの郵便局は予想通り氷の家かってくらいに冷えていた。暖炉を焚き、薪ストーブに点火し、上で湯を沸かしていてもなお凍える。そんな環境下でも局員たちは制服だ。みんながみんな虚ろな目をして、歯を鳴らさないように耐えていた。
しかも、ロクに客が来ないらしい。
局員たちは人の気配に飢えているのか、扉を開けたおれたちにスラムの酔客みたいな視線を向けてきた。まったくもって最悪だ。
「――こんな建モンほかして作り直しゃいいのにな」
「なに言ってんの……! 戦勝記念で立てられたのよ……!? 不敬でしょ……!?」
マルセルが小声で怒った。んなこと知ってる、と、おれは肩を竦めて耳を閉ざした。
戦後、勇者サマのお声がけによって復興資金をかき集め、聖教会のバカどもがツテのある強欲商人たちを通じて作らせた――そんな利権の塊だ。
北方各地に点々と配される転移魔法付きの郵便局は代表例で、ホーヴォワークなんていうマイナー英雄の土地にあるのも、王都の商人を肥え太らせて聖教会の権威を強めるためだ。もちろん、近くに魔王軍の拠点のひとつがあったのも理由のひとつだろうが。
おれは辛気臭い面を並べるカウンターを見渡し、若そうで顔もいい女の子に近づいた。
「いよう、お姉さん、元気? 可愛いね」
「えっ? えっ、あの?」
人馴れしていないらしく、美人さんは一瞬左右に視線を走らせ、自分が言われたのだと気づいて頬を染めた。鼻筋に散ったそばかすが可愛らしかった。
「ここは寒いだろ? カウンターの下にはひざ掛け?」
「えっ、ちょ、えっ!?」
美人さんは慌てた様子で下を見て、なんでバレたとばかりに大急ぎで顔を上げた。
おれはここぞとイイ顔を作って言った。
「もしかして膝かけも禁止? なんか羽織ったほうがよくない?」
「えっ、ちょ、そ、その、申し訳――」
「おっと、頭は下げなくていいよ。誰にでも気ぃ使うなんて大変だね。でも安心して、これはただの雑談。話し相手が欲しそうだったからさ」
「……あ、ありがとうございます」
美人さんはもう一度左右を見回し、はにかむように微笑んだ。
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