記者の性質

「――次か、次の次くらいか?」

「なにが?」

「なにが? じゃねーだろ。お前の書いてる、そのクソ紀行文の送付だよ」

「クソはあんたの記事でしょうが! 私のコレは真面目で有益な資料になるのよ! そういうあんたはなんか新しく書いたわけ!? 私、この旅の途中であんたが何か書いてるところを一度も見てないんだけど!?」


 マルセルは勇者サマ御一行が作ったともいわれる最新・最高級文具、万年筆を投げつけてきかねない勢いで叫んだ。真っ当に受け止めればぐうの音もでない指摘だ。


 ――道具が悪い。その一語につきる。


 おれの手にあるのは耐久性に優れるがしかし原理的には羽ペンと変わらない鋼鉄ペン。マルセルの手にあるのはインク壺内臓の筆記具。揺れる馬車の中でも自由自在な筆記具と、テーブルがあって初めて最大の機能を発揮できる道具だ。利便性が違いすぎる。


 正直、怒りに任せて投げてくれれば、おれの所有物として本来の力を有効活用してやれるのにと思った。金持ちの娘と戦災孤児との資金力の差は、いかんともしがたい。


「……つっても、てめえの紀行文なんて誰も読まねえだろ」

「はああああああ!? ざっけんな! あんたの記事の百倍は読まれるわよ!」

「『網の目』の読者に勇者サマの道程をたどるとかいうアホ記事読む奴がいるかよ」

「い、ま、す! いるから私にその大役が任されたんでしょ!?」

「バーカ。そいつはお前に課された訓練だよ。紀行文なんて日記と同じだ」

「あんった――」


 つづく大絶叫の罵詈雑言を、おれは車外に顔を出してやり過ごした。今は失われた故郷を思い起こさせる雪国の匂い。日増しに強くなっていく。

 勇者サマ御一行がたどった道筋を、十年目のいま『網の目』の若手記者が歩み直す。その紀行文。取材旅行に同行させるべく政経部がでっちあげた仕事だ。


 まったくのナンセンス。


 勇者カーライルが魔王を討伐したとき、マルセルは王都の豪邸で貴族の娘としてくつろいでいた。一方おれは、壊滅した村からひとり逃げのび、明日のメシにも苦労しながら南を目指して歩いた。戦火の証人としても、勇者サマとやらがつくった平和を享受したひとりとしても、どうせ書くならおれのほうが適任に思えるが――、


「なーんでそんなつまんない仕事をやらされてるのか……お前、分かってるか?」

「……はあ? ちょっとデビューが早いからって先輩風吹かせないで欲しいんですけど?」

「そらしょうがねえ。おれが吹いてんじゃなく世間が勝手に吹かせちまうんだから」


 おれはマルセルを挑発すべくひらひらと片手を振り、人差し指を突きつけた。


「お前の前の記事がクソだったからだよ」


 ビキリ、とマルセルの眉間に皺が寄った。怒号が飛び出す半秒前だが、ビビりはしない。


「お前のあの記事、ありゃなんだ? おれの文体を真似たんだろうが、らしくねえよ。お前のウリは笑っちまうくらいの情報量を二行で頭に叩き込んでくるトコだろ?」

「――は、あ……? ちょ、あんたね――」


 つづく言葉は出てこなかった。マルセルは頬をほんのり染め、膨大な知識を詰め込んだ脳みそを停止させた。その隙に、おれはさらに畳み掛ける。


「いいか、マルセル? お前はすげえ、めちゃくちゃすげえ。すげえのに、勇者サマと聖教会への熱意で目ン玉が曇っちまってる。だからダメなんだ。勇者サマと聖教会の記事になると暴走してあのザマよ。いや言っとくがアレ自体はワルかないんだぜ?」

「ちょ、どっち!?」


 たまらず叫んだところをズバッと手を出し制して、おれはつづけた。


「お前の不幸は、おれが先にいたコトなんだ。同じテンションはふたりもいらねえ。『網の目』には、おれ様がいる。おれと同じやり方をするやつは、もういらねえんだよ。手が足りてる。なんせ、このデックス様はお前の五倍の量を書くからな」

「……記事の質が全然違う」


 おれは不満たっぷりなマルセルの暗い声を切り捨てた。


「仰るとおり。お前は政経、おれはゴシップ。政経にはおれの味なんかいらねえんだよ」


 記者としての役割が違う。政経の読者は得られた情報を咀嚼する。間違った情報を伝えるのは最悪で、記者の心情を練り込めばゴミ以下だ。情報の価値は読者が決めるのだ。

 一方で、ゴシップの読者はハナから正確な情報を求めていない。事実よりもシンジツを好む。そういった連中には記者の偏向こそが価値になる。


「お前に見込まれてるのは中立。だからお前に紀行文を書かせようとしてるってわけよ」

「ぜんっぜん分かんない! なんでそうなるわけ!?」


 マルセルの直情的かつ直線的な質問を、おれは真正面からぶっ叩く。


「紀行文ってのは無色透明であるべき。自分を抑えろって言われてんだよ、お前は」

「……分かってるわよ」

「だったらなんでやらねえんだよ? できねえわけじゃねえだろ? 優秀なんだしよ」

「それは――ッ!」


 勢い込んで腰を上げたマルセルだったが、そのままストンと腰を下ろした。両手で顔を覆ってこの世の有り様を憂うかのような重い息をついた。


「具体的に言って下さいますか、先輩様?」


 厭味ったらしい言い方だが、負け犬の遠吠えと知っていれば気分がいい。


「そんなことも分かんねえのかよ、マルセルぅ?」


 おれは全力全開、意気揚々とあることないこと吹き込むつもりで口を開いた――のだが、

 御者が、荷車に顔を突っ込んできた。


「お話中悪いんですがね、見えてきましたよ。まだちょっと距離がありますけどね」


 御者がマルセルの背後の窓枠を指差した。


「……あ? なんだって?」

「――ちょ、デックス!?」


 おれはぐらぐら揺れる荷台で足を踏ん張り、ほとんどマルセルに倒れかかるようにして窓を覗いた。男慣れしていないのか随分と可愛らしい悲鳴が聞こえた。無視だ。


 一面の銀世界、透かし彫りされた白い森。乾いて黒ずんだ血痕のような街の影から、枯れ木の根を思わせる街道が伸びている。


 ホーヴォワーク――勇者になりきれなかったフリーキー・ジョーの生地にして死地。


 勇者カーライルを弾劾する種が眠る――かもしれない土地だ。


 おれは胸の内で善なる魂が燃え上がる音を聞いた。


 そのまま灰になっちまえ。

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