首輪つけ

 おれは丸三日をかけ、しこたま記事をつくった。もちろん、すべてが紙面に載せられる記事かというと違う。大雑把に数えて十本に一本が採用で残りはストックになるだろう。


 新聞では、速報性が最も価値が高く、希少性は二の次になる。展開次第で価値も変わり、昨日のゴミが今日は金塊、なんて事態もザラだ。

 週刊ゆえの猶予はあるが、そのぶんクオリティも求められる。週刊新聞のゴシップに質などないとも言われるが、実態はそんなに甘くない。実在の人物が絡む以上、中途半端な誤報が一番まずいのだ。


 狙うのは本人が反論する気にもならないゴシップか、反論しようがないくらい裏付けのある情報。おれはこういうときのために王都のシモネタをストックしてあった。


 ――ついでに、至って真面目なスラムの悲哀を綴った日記も。


 涙の出てきそうな話に、小粋なジョークを添えてお届け。

 居ないあいだの記事を心配してもしょうがないが、帰ってきたら席どころか籍がなかったなんて展開は困る。できることはしておきたかった。


「さて、と……」


 まずは銀行に寄って取材費用を引き出すべきか。それとも編集部の許可取りついでに交渉すべきか。


「ま、なんでもやってみるしかないわな」


 おれは書き溜めた原稿を小脇に抱え、銀行に寄ってから編集部に行くことにした。

 失敗だった。当面の旅費と足、宿の手配、場合によっちゃ謝礼もいるし、現地から転移魔法を利用して記事を送るための通信費――口座から捻出するのは無理だった。


 もちろん、領収書さえ取れば『網の目』もある程度は経費として落としてくれるはずだが――現物の不足はどうしようもなかった。

 真っ当に生きる人間には信じがたい話だろうが、おれの取材対象になる人々は領収書を嫌った。よって経費にしにくく、結果として現物が必要になるのだ。

 

 ようは、二度手間の確定だ。選んでしまった順番は変えられない。


 おれは屋台に寄ってマッコイ爺さんへの礼に流行りの昼食を買った。フライドベーコン・アンド・ベーコンエッグ・ウィズ・ベーコンパティ・ラップド・ベーコン。おれに言わせりゃ肉塊だ。


 死ぬ前に一度は食べてみたいと言っていたはずだが、フベアベエウベパラベを三分の一ほど食べたマッコイ爺さんは、まだ死にたくないからと残りを寄越した。


 ラップドベーコンと卵を失ったそれを編集部に持ち込みデスクに渡すと、おれの昼飯はフライドベーコンになった。常食してれば人の数倍は早く楽になれそうだった。


「――んで、取材費の前借りをできねえかなーって、どうよ?」


 おれは事情をかいつまみ、とにかくホーヴォワークに行きたいとだけ告げた。いつも以上に雑なお願いだったが、デスクの舌は殺人的な量の油でなめらかになっていた。


「まあ、少しは出すさ」


 デスクは記事をざっと眺めて鍵付きの引き出しに入れ、おれの背後を指差した。


「条件を飲んでくれたら宿のグレードも上あげよう」

「条件って――マジか」


 振り向けば、不機嫌そうなマルセルと、ダブスタ・ヘイズ。

 とりあえず睨むと、マルセルは居心地わるそうに視線をそらした。

 当然だ。

 記者にも紳士協定というべき暗黙のルールがある。

 真っ先に上に来るのは、互いの取材の邪魔だけはしないという掟だ。

 マルセルが口を開きかけたが、しかし、喋りだしたのはヘイズだった。


「マルセルは黙ろうとしていたよ」

「……でもうたった」


 おれが視線をくれてやると、マルセルは目を逸らし唇を湿らせた。


「そっちだってクレーム処理やってないでしょ?」

「意趣返しかよ」


 さぁどうしてやろうか。どうぶっちめる。そう考えかけたところで、ヘイズが言った。


「で。相談だ。マルセルも連れてってやってくれないか?」

「ああ、上等だよ!」


 おれは啖呵を切った――が。


「やって――やって……何? なんつった?」

「うちのマルセルも取材に同行させてくれ、と」


 寝耳に水だ。邪魔をするならともかく、同行したい?


「……なんのために」


 おれの邪魔をするために。決まりきって――


「マルセルにお前のやりかたを教えてやって欲しい」

「あ?」


 疑念が音になっておれの口から飛び出した。

 マルセルが、死ぬほど嫌そうな顔して言った。


「命令だから」

「デスク、首輪代は経費で――」


 言い切るよりも早く、マルセルが叫んだ。


「デックス!?」

「なんだよ!? なにブチ切れてんだ? おれの飼い犬になろうってんだろ?」

「誰がなるか! このクソ――」


 はっ、と口を押さえるマルセルを横目に、おれはヘイズに尋ねた。


「こんなんでおれが黙ると思ってんですかねぇ?」

「いや? 言ったろう。ウチのマルセルを鍛えて欲しいんだよ」

「おれみたいなカスライターから、なにを学ばせようって?」

「非常に難しい質問だな、デックスくん」


 ヘイズはわざとらしく難しい顔をしてデスクを見やり、ついでマルセルに目配せ、最後におれの顔を覗き込んできた。一瞬で根回しを済ませてやったって顔だった。


「現場離れて頭が空っぽンなったンかよ。クソすぎねぇか?」


 神のように振る舞う奴が、おれは大嫌いだ。

 与えられた力の意味を理解しようとしない野郎。選ばれたクソの九割九分がこう。残りの一分は毛の生えたクソ野郎だ。衰退を滅びの美学と嘯く。


「先輩の前だから言葉を選ばせてもらうけどね」


 ヘイズはマルセルの背中を押し、おれの前に突き出した。


「クソはお前だ、田舎者。そっちもマルセルから色々教えてもらえ」

「ああぁぁぁん!?」


 拳を固めて突っ込みかけた瞬間、ウチのデスクに油まみれの紙くず玉を投げつけられた。パツン、なんつっておれの頭で弾んで床に転がり、ベーコンの臭いを振りまいた。

 当然、おれは自分の上司にガンくれた。


「バーカ」


 デスクは嘲り笑うような目をして言った。


「使えるものはなんでも使え。マルセルはお前ぇより勇者様に詳しいんだから頭下げて世話んなれ!」


 おれはマルセルとヘイズを見やった。死ぬほど嫌そうなマルセルはいい。許す。嫌がってるのはこっちも同じだ。だが、ヘイズのしたりヅラは気に入らねぇ。

 クソったれのヘイズ。

 偉いやつには尻を振り、目下にはデカヅラ。記者次第でコロコロ対応を変えるクソ。

 いつか殺す、と唾を吐く真似をして、おれはデスクに怒鳴った。


「こんな奴らにおれの頭を下げろってんですか!?」

「オメーの頭は黄金でデキてんのかバカヤロウ。言う事聞かねえなら自腹だぞ」

「だったら記事はヨソに売って――」

「俺以外に、お前ぇの記事を載せる寛大なバカはいねーよ」

「……クソったれ」

「今朝もぶっといのを垂れたばっかだよ。見せてやりたいくらいのな」


 おれは敗北した。

 だが、これはただの敗北ではない。明日の勝利のために必要な負けだ。ここで負けて次で勝つ。最後には勝つのはおれだから負けちゃいない。


 そう、おれは勝ったのだ。


 勝利への一歩を踏みしめたのである。


 ――そうでも思ってないと、やってられねえ。

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