ヨコの鍵

 マッコイ爺さんは呆れたように、しかし、満足げに唇を曲げた。


「何年新聞社に務めとると思っとるんだ。ほら、ここだ。横の二十六の鍵、『ホーヴォワークで戦死したカーライルの協力者、そのあだ名』フリーキー・ジョーだよ」

「……マジかよ」

「マジじゃよ。見ろ、縦と横で矛盾がない――」

「いや、そっちじゃねぇよ」


 雷に打たれたような気分だった。これはもしかするともしかする。そんな予感がした。


「爺さん、ありがとついでに頼んでいいか?」

「おん? なんだ? 金なら貸してやれるほどもらっとらんぞ」

「ちげーよ。悪いけどあのクレーム処理、やっといてくれねえ?」

「おん!?」


 マッコイ爺さんは眉間に深い皺を刻み、小山とおれの顔を見比べた。おれは両手をあわせて頭を下げた。小さなため息が聞こえた。


「ほんとにお前は……まあいい、頼まれてやろう。今度、メシでもおごってくれ」

「やった! さっすが、話が分かるぜマッコイ!」


 おれはマッコイにハグして、大急ぎで上着に袖を通した。すると背後から、


「おいデックス! 行く前に教えてくれんか!?」

「何!?」


 階段室の手前で振り向くと、マッコイがクロスワードを指差していた。


「縦の十三の鍵だよ! 半年前の『網の目』、本紙記者デックスが暴いた勇者一行の真実とあるんだが――なんか覚えとらんか?」


 おれは記憶をたどった。勇者カーライルサマにまつわる記事は色々と書いたが、勇者一行となると数は少ない。半年前に限定すれば一本だ。


「『五大勇者は十三人いた!?』だよ!」

「ああ! なるほど! 十三! そういうことか!」


 マッコイ爺さんの喜びの声を背中で聞きつつ、おれは階段を駆け昇った。半年前、陰謀論の手紙が束になって届き、マルセルが憤死しそうになった傑作記事だった。


 おれは大急ぎでアパートに帰り、部屋中の資料を引っ掻き回した。


 フリーキー・ジョー。本名はジョー・マングスト。数えあげればキリがない勇者カーライルの仲間のなかでも、どマイナーなパーティメンバーだ。同行していた時期もホーヴォワーク攻城戦限定で、砦の攻略を終えたあとに死んだという間抜けっぷり。


 神だか運命だかに選ばれた救世の勇者は五人いるとされているが、ジョー・マングストはそのなかに含まれていない。大多数を占める市井の協力者というやつだ。名前が明らかになっているのが、その証拠のひとつ。


 五大勇者は、聖教会の予言に出てくる名もなき英雄を指し、本来は名前を持たないのだ。


 勇者たちは第一から順に、獅子、魚、蛇、一角の馬、梟の刻印が躰に現れるとされ、王都に現れたのち仲間と合流しながら北進、世界を闇で覆う魔王を討ち果たす――のだそうで、現に北に現れた魔王は十年前カーライル一行の手により屠られた、らしい。


 現在、カーライル以外の名前は伏せられており、複数の証言が一致するのは彼を含めた四人だけとなっている。そう、最後のひとりは語られている特徴がまるで違う。武器ひとつとってみても剣だったり槍だったり弓矢だったり、ようするに同一人物とは思い難い。

 そこでおれが書いたのが、『五大勇者は十三人いる!?』の記事だ。


「えーっとぉ……? クソッ、どれだ?」


 今日まで貯めこんできた取材資料は五大勇者の嘘に特化している。

 あちこちに散らばるマチマチの証言をかき集め、形をつくったのだ。結論から言えば、五大勇者の最後のひとりとされている人物は、実際には九人いると考えられた。


 他の勇者を巻き込んで十三という数字を選んだのにも理由があって、本名はおろか姿すら見せない他の勇者を日の下に引きずり出すための企みだった。結果は――


 敗北。


 世間の陰謀論者はおおいに楽しんでくれたようだが、勇者カーライルは無反応だったし聖教会もコメントを出さなかった。


 まぁ、それは別にいい。よくないが、いい。連中が反応せざるをえないような、いわゆる物事の核心をつけなかったおれが悪い。だが、今度こそは集め続けた資料が日の目をみる――かと思いきや、


「――ぁぁぁぁぁぁあああああ! フリーキー・ジョー! てめぇ何者だよ!」


 おれは吠えた。壁がドガンと鳴った。隣の学生だ。


「うるせえなクソガキ! 誰のおかげで大学に入れたと思ってんだ!?」


 今度は壁に向かって吠えた。隣の部屋がしゅんとなった。これでよい。

 おれは昔つくった勇者周辺の人物相関図をテーブルに広げた。フリーキー・ジョーないしはジョー・マングスト。年代別に数枚に渡る相関図をベラベラベラベラめくりあげ、


「誰だよてめぇは!?」


 おれは吠えた。いくらなんでもマイナー過ぎだ。名前自体は見つけたが、そこからどこにも線が伸びていない。

 これは自慢だが、おれの自作した人物相関図は大学の研究室に置かれていても不思議ではない。図書館の資料や、当時の新聞のスクラップ、スラムで取った大量の取材メモ。それらを総合して制作した噂話も含む相関図。だが、噂にすら名前がないとなると――。


「お手上げ、か?」


 誰がするかよ。

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