ファンレター

 封書を灯りにかざし、封を切り、ゴミは焼却炉に投げ、バカ話を懐にしまって。


「私もカーライルと寝たことがあります? はいはい次は取材にお伺いしますよ」

 

 次、次、次……と手を伸ばしたおれは、指先に触れた柔らかな感触に目を瞬いた。

 綺麗な封筒だった。少しふっくらとした厚い紙で、遥か遠方から郵便屋の手を渡り歩いてきて、他の投書に紛れてもなお汚れを感じさせない乳白色。目を凝らせば僅かに嗅ぎ取れるくらいの仄かな黄色が送り主の品を示す。そのくせ、


「……フリーキー・ジョー?」


 差出人の名に、つい口元が緩んだ。変わり者のジョー。名前のわざとらしさに対して字体は流麗な装飾体。やや丸みを帯びたペンの運びは書き手の穏やかな微笑を想像させる。

 にしては大胆な行動だったのだろう。文机の抽斗を開いて便箋を出し、久しく使っていなかった筆先に息をあて、読み手の気を引いてやろうと冗談を書く。

 おれは会ったこともないフリーキー・ジョーに好感を持ち、ナイフを置いた。


『網の目のデックス様へ 

 いつも楽しい記事を読ませていただき、ありがとうございます。ただ、今週の記事は、少し書きすぎていやしないかと、心配になってしまいました。勇者の目は鷹よりも高く、勇者の耳は兎よりも長いと言われています。お気をつけになさってください。

 あなたのファンのひとり』


 失礼ながら、少し拍子抜けした。極上のファンレターではある。とくに、書きすぎていやしないかと、という心遣いが嬉しかった。おれと視点を共有してくれている証だ。


 嘘というのは、真実と同じ意味をもっている。

 この世に真実なんてものはなく、あるのは事実だけだ。

 バラバラに転がっている事実の間に物語が生まれ、人はそれを真実と呼ぶ。

 勇者がいて、魔王を倒した。これが事実。

 友を失った勇者が、人の国を破壊する魔王を倒した。こうすると真実に近づく。

 たとえばマルセルなら、友を失った事実を怒りに燃えるという真実に変換し、人の国を破壊した事実を悪逆の限りを尽くしたという真実に作り変えるだろう。


 真実とは都合のいい嘘を指し、つまり事実を見つめる人々の頭のなかに生まれる。

 しかし、手紙の送り主は、おれの見つけた事実をありのままに受け止めている。世界の『網の目』から事実をお届けする記者として、これほど嬉しい感想はなかった。


「ありがたや、ありがたや~……」


 おれは手紙を丁重に拝みあげ、懐にしまった。この一通があれば今夜も気分良く眠れる――と思って焼却処分を再開したのだが、奇妙な引っ掛かりがあった。何かがおかしい。


 フリーキー・ジョーと、あなたのファンのひとり。


 なんでふたつも署名を入れた?

 ただの気分。思いつき。気まぐれ。理由なんてありはしない。


 ――おれのファンが?


「それこそ、ありえねえだろ」


 おれは封筒をあらためた。紙質、インク、署名、怪しいところはない。封蝋に押された印章は、王都から遠く離れた北の街、ホーヴォワーク。快速馬車を限界まで飛ばしても二週間はかかる。だというのに、日付は『網の目』発行日の翌日だ。


 手紙の送り主は、転移魔法を利用したのだ。


 勇者カーライル一行が発明した転移魔法は、遠隔地に一瞬で物や人を送る。だが、かかるコストは莫大で、市民が転送できる品や情報は制限されたあげく費用も自己負担だ。


 たとえば、俗に『早売』と呼ばれる新聞。新聞それ自体も決して安くないのに、転移魔法のコストが上乗せされ、通常版の十倍近い価格になる。当然、買うのは金持ちの好事家ばかり。よほど良い記事でもなければ早売の売れ行きは芳しくない。そういう意味では、書いた記事の価値に胸を張れる話でもあるのだが――


「ファンレターまで送るか? 普通」


 新聞であれ手紙であれ、かかるコストは同じだ。大衆向けの新聞に貴族のファンがついているとは思い難いし、一般市民が、それも魔王軍の本拠地たる旧・魔王城――現・勇者領との中間地点にある街の住民がファンレターをしたためるとなると異常の領域。


「……フリーキー・ジョー……」


 おれは名を声に出した。依然として何か引っかかる。さきほどよりいくらか強く。


「――爺さん。おい、マッコイ爺さん! なあ起きろよマッコイ!」

「――な、なんだ!? どうした!?」


 マッコイ爺さんが弾かれたように席をたち、手の甲で口元を拭った。


「なんだ……デックスか……まだやっとったのか」

「なんだじゃねえよ。なぁマッコイ、フリーキー・ジョーって誰か、知ってるか?」


 耳が遠くなったのか、マッコイ爺さんは顔をしかめて耳をこちらに向けた。


「フリーキー・ジョーだよ! フリーキー! ジョー! 知ってるか!?」


 ほとんど怒鳴るように言うと、マッコイ爺さんは、はぁ、とか、ほぉ、とか言いながら虚空に視線を投げ首を傾げた。唸った。聞いたおれがバカだったかと思った。

 しかし、次の瞬間、爺さんははっと両目を見開いた。


「あれだな。横の二十六番」

「……はぁ?」


 意味が分からなかった。

 マッコイ爺さんは汚い机をガサガサ掻きわけ、くしゃくしゃになった新聞を出した。一面に四角いマス目が並び、くちゃっとした爺さんの文字が詰め込まれている。


「……クロスワード?」

「ああ、そうだよ。今週のカミチョー、横の二十六番がそうだ」

「……おい、マジかよ」


 おれは驚愕した。


「爺さん、カミチョーほとんど埋めてんじゃねえか」

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