ゴミの山に眠る王冠

 王都に名高くなりたい『網の目』の地下には巨大な焼却炉がある。本来の用途は暖房で、建物の中心を屋上までぶち抜く黒金の煙突によりそれを成す――が、今では、火という叡智を手にした人類が真っ先に実行したであろう行為がメインだ。

 すなわち、残しとくとヤバいものの隠滅である。


「――よぉ! 久しぶりだな、マッコイ爺さん! 死んでるか!?」


 地下室に降りたおれは、入り口近くの机で寝ぼけかけていた爺さんに声をかけた。

 爺さんは、ふご!? と美麗な鼻歌を歌いながら顔をあげ、


「なんだ、デックスか……脅かすな」

「なんだじゃねぇだろ爺さん。久しぶりに手伝いに来たよ」

「手伝い? アレの処理のことか?」


 爺さんが部屋の反対側を指差した。ペラい紙から聖教会発行のアホ御託宣じみた分厚い紙束まで、まさに小山と評するに値するクレームが積まれていた。


「マジかよ……マジで山じゃん………あれが全部おれ宛て?」

「多分な。ほら、デックスが好きそうなのはのけといてやったぞ。あとは多すぎて諦めた」


 爺さんが数通の封書を机の端に突き出した。記事のネタとして使えそうな読者投稿だ。


「まだとっといてくれたのかよ。ありがとな」

「こっから始めたデックス坊やが、あの山だ。この仕事がちょっと誇らしくなったぞ」


 そう言って、爺さんはくしゃっとした愛らしい笑顔を見せた。

 読者投稿と使い慣れたペーパーナイフを受けとり、おれはクレーム山の前に椅子を置く。見れば見るほどウンザリしてきそうな――王冠の眠るゴミ山だ。


 おれの『網の目』記者生活は、まさにこの焼却炉から始まっている。

 戦災孤児として王都まで出てきて、学のないガキでもできそうな仕事を転々とし、新聞社に入ろうと奔走し、やっと手に入れたのが爺さんの助手だった。


 爺さんも戦争で職を失くして雇われた身で、仕事は『網の目』への投書を片っ端から焼却炉に放り込むことだった。当時の『網の目』は読んでいなかったのだ。


 おれは、そこを改革した。


 まぁ当時は純真無垢な上の中くらいの美少年だったために「お手紙を見ないで焼くなんて」と健気に思っただけで、爺さんが微笑ましく見守ってくれていただけとも言える。


 投書の内容は多岐にわたり、おれはそこから語彙を手に入れ、また面白そうな話のネタを仕入れた。そして、仕事の合間にそれらをまとめて記事めいたヨタ話を書き、編集部に顔を出した際に社会部のデスクに見せたのだ。


 したらば、しょうもない話が紙面の一角を飾った。デックスという署名入りで。


 以降しばらく、おれの記事には『情報通のマッコイ』という人物が頻出する。それが焼却炉で働くマッコイ爺さんで、彼はいまだに投書をとっておいてくれるのだ。ありがたすぎて涙がでる。もういらないとも言いづらくて困ってもいる。

 おれは肩越しに爺さんの様子を窺った。年齢のせいか、また船を漕いでいた。


「……まぁ、たまには初心に帰るのもいいか」


 山を崩すも一手から。おれは手紙を取って、ナイフを入れた。


 初手は長い長い苦情だった。

 不健全、不道徳、公序良俗に反する云々かんぬん。焼却炉行き。

 大衆向けに創刊された週刊新聞『網の目』にくる手紙は、七割が焚き付けになる。つまりゴミ。すべての記事に文責者の名が入っているからか二割がファンレターで、残りは神の啓示を聞いたとかいう湯がいた胡桃サイズの脳みそがもたらす託宣だ。


 記事の元ネタになるのは、その手の妄言。


 首を振ればカラカラと鳴る人間の言葉は侮れない。おれを含めた形だけでも脳みそをもつ一般人の思考を軽々と超越し、誰がどう考えてもそうはならないって視点を有す。

 大衆向けの記事に必要なのは予想外の一撃なのだ。

 つまり大衆の七割くらいは頭が空っぽで、二割くらいはイカれてて、残りの一割はイカれた話を上から目線で嘲笑したあげくケツ穴を緩めるのだ。


 どういうわけか高等知識人と見られがちな記者がイカれた話を書くと、大衆は「やっぱりそうだ」と安心して放屁したり、この記者はバカだと笑い転げて小便を漏らす。

 がために、新聞は売れる。

 マルセルなら『正しく、誠実に、真実を書く』と言うが、大衆はそれを求めていない。

 というか、真実なんて存在しない。


 真実とかいう間の抜けた単語は、大衆を騙くらかして自律思考を放棄させるべく聖教会が痰壺に吐き捨てた概念だ。言わば、イカれた豚を喜ばすための笛の音である。

 さぁ、ここで叫んで! 


そうだったのかボギーーーー!』 


 みんなで一斉に鳴きたいがために、大衆は金を落とす。


「……ゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ……」


 山のようなゴミ。ほぼ聖教会か勇者の信奉者だ。おれの記事がいかに不敬か罵詈雑言をまじえて書き連ねている。便箋に封蝋ならまだしも、封書となると開封も面倒だった。

 働き始めのころ、手で封書を開こうとしてマッコイに怒られたことがある。


『いいか、新聞に投書をしてくるようなのにマトモな奴はいない。カミソリが仕込まれてるくらいならいいが、開封を合図に爆発するような呪符が仕掛けられていたらどうする』


 おおげさにも思える話だが、おれは素直に従った。

 手首から先がない仲間を十人は知っているというマッコイの話は関係ない。


 そういう技術があるという事実。


 そういう発想ができるという事実。


 このふたつが、おれに世界の見方を教えてくれた。

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