第5話

「掴まれ!」

 差し出された手に引き上げられそのまま抱き止められ息を吐き出した。

「死ぬかと思った……っ」

「馬鹿野郎!」

 怒号が飛んで白川は言葉に詰まった。

「どうして家にいないんだ!」

「な、……あ、あなたが訳も話さず帰したせいじゃないですかっ」

 白川は負けじと言い返した。

 魔法が暴れて攻撃を受ける。

「あーくそ。どうしてお前はこんな時に」

「……あれって」

 遠くの空には魔素に影響を受けた魔獣が羽を広げ大空に羽ばたいていた。

「白川、お前は逃げろ。お前の面倒まで見ていられない」

「嫌です」

「これは訓練ではない、死ぬ可能性もあるんだ」

「私は桃花さんと同じ魔法館職員です。た、確かに日が浅く頼りないかもしれませんが、……少なくとも避難する対象には該当しないと思います」

『避けろ!』

 ──え?

 声に従うように体が浮遊し抵抗する間も無く後方にへと投げ飛ばされたことで体を縮こめて痛みに備えるも想定していたような痛みはない。

 なにが起こったのかわからず仰ぎみると背中から鱗状の羽が生えていた。

「……きゃあああああっ! なにこれなにこれなにこれ。やだっ」

 半泣きになりながら羽をもぎ取ろうとするとなにかに手を払われていた。

『……うるさいのう。耳障りじゃ』

 桃花さんのものではない、声が響いて周囲を見渡すも見当たらず白川は混乱していた。

『あのような小物にいつまで手こずっておるつもりか』

「……だ、誰なの!」

『主には見えぬか。人間とは不自由じゃのう』

 どうなっているのかわからずに

『王の器が入っておろう?』

 意味がわからず聞き返していた。

『……主、融合体じゃな。人間のにおいも混ざっておる』

「え?」

『妾の声が聞こえるのもそれ故じゃろうて』

「で、でも私は」

『古来より番う者はおったがまさか王が番うとはのう。そち、名はなんと申す』

「白川です」

『してシラカワ、いつまであのような小物に手間取っておるつもりじゃ? 主の力を持ってすれば滅するなど容易いであろう』

 容易い? あんな大物が容易いと言っているの?

 巨体に包まれた竜は建物を薙ぎ倒し咆哮をあげていた。

「私には滅するだけの適性がないからです」

『……適性? 御託はよい、さっさと力を解放しなければ死ぬやもしれぬがよいのか?』

 眼前に伸びた鉤爪に横に飛び退くと上がった粉塵の中から伸びた腕に引き寄せられ呆れたような声色に白川はそれが桃花だとわかった。

「なぜ執拗に追いかけまわす。いったいお前はなにをしたんだ」

「なにもしてません」

 鞄底から鈍い光があがり呼応するように点滅していた。

「……あいつの目当てはこれか。なぜこれがここにあるかは今は訊かないでおく」

 鞄の中を覗き込んだ顔には呆れが見え、あの時に後を追わずに大人しく魔法図書館に向かえば良かったと白川は口を引き結んだ。

 続けて鞄の底から光を放っていたのは先程とは異なる色の鈍く点滅する青紫色の鉱石だった。

「あっ」

 まるで共鳴するように光を放っている。

「どこでそれを」

「いや、あの、えっとー……触ったら砂になっちゃいまして」

 反応がないのが怖い。

「その砂の中から見つけた鉱石がこれでして……」

「わかった」

 絶対怒られ──

「……え」

「花、道を開けろ。こいつを飛ばす」

 桃花の視線の先ではがいこうで覆われた美女が吐き出した吐息に彩りが混じり高く舞い花びらとなって魔獣の視界を覆いつくしていた。

「綺麗……」

 巨大な体の周囲を囲む花びらに白川は感嘆の息をもらした。

「触れればいいんだな?」

「……え。あ、はい」

「白川」

「はい?」

「ひとつ訊くが、魔獣の言葉はわかるか?」

 白川は言葉に詰まった。

「そうか、わかった」

「隠していたわけではないんです、私もさっき知ったばかりで」

「お前のやり方で魔獣を落ち着かせろ」

 背中を押され振り返ると開けた視界で、目に入ったのは自身の倍以上もある綺麗な藍色の瞳だった。

「わ、私の言葉が聞こえますか?」

『……あなた、喋れるの?』

「そうです。私は白川。魔法管理官です。どうして暴れているのか教えてくれますか?」

『わからないわ。気がつけばここにいたから……私、争いたいわけじゃないの。ただ、故郷に帰りたいの』

「わかりました」

 外に向けて声をあげて名前を呼ぶ。

「彼女の話によると、迷い竜みたいです」

「……迷い竜?」

「魔素の影響で暴れてたみたいです」

「そうか」

「だから言ったでしょう? 彼女素質があるのよ」

「その話は後にしろ」

「……桃花さん?」

 花びらの壁の向こうで交わされる会話に問いかける。

「いや、こちらの話だ」

「……おそらくですが、魔素の影響でこの地に引き寄せられたのだと思います」

「ちょっと、退いて」

「おい、押すな」

「うるさいわねぇ。少しくらいいいじゃない。ねえ、聞こえる? 私、花よ。あなたに魔法鉱石を渡してあったでしょ」

「……は、はい」

「それは補助になると思うわ。あなた確か魔法書を持ってきていたでしょ? 今度は魔素を抽出するの。いい?」

「はい」

「まあ、禁魔法書があればいいんだけれど」

 こちらの沈黙に「……あるのね」呆れた声が返ってきた。

「要領は同じよ。禁魔法書に封印するの。ただし、魔素だけよ」

「ですが、私は」

「魔法鉱石が反応したなら、あなたが触れた時点で魔法は解放されているわ」

 こちらの意図することを汲み取る彼女の言葉に耳を傾ける。

「魔素の流れを見るの。目を閉じれば見えてくるはずだからその流れを引き寄せるのよ」

 鱗に覆われた体に開いた口の隙間からは鋭利な歯が並んでいたものの、取り巻く魔素の量は強くない。

「あなたの魔素の抽出を行います」

『……助けてくれるの?』

「はい」

『あなたは人間でしょう?』

「おそらく魔素の影響を受けていただけかと思います」

 触れたら砂になるかもしれない。

 魔素の流れを見つけるのはどうしたらいいのだろう。

 瞼を閉じ暗闇の奥に縁取られた姿のその中心には青紫色のあの鉱石と同じ色の物が光輝いていた。

「魔素だけを見ろ」

 竜の息吹に手を伸ばし引き寄せれば爆ぜるような痺れが触れた指先から体へと流れ込んできたことに驚き白川は手を引っ込める。

 桃花の言葉に集中する。

『あれを喰えばいいのか?』

 あの声だ。

『のう、シラカワ? なぜ躊躇う必要がある?』

「白川、禁魔法書を開き対象に向けろ。魔素を本に流せ」

 青紫の光が竜の周囲を包み込み本へと引き寄せられていた。

 竜の体から浮かび上がった青紫色の粒子が禁魔法書へと吸い寄せられる過程で体へと痺れが伴っていた。

 吹き飛ばされないようにと踏みとどまり魔素からの影響を本へと流し消していく。

 髪がうねり痺れからの魔素の影響は無くなっていた。

『……ほぅ? これはこれはよくできておる。人とはまことに奇怪』

 やがてページは閉じ、彼女の瞳は青紫から綺麗な緑色へと変化していた。

「これで、いいの?」

『……あら? 体がとても軽いわ。あなたのおかげね。ありがとう』

「また魔素の影響を受けても困ります。こちらで転移扉を開きます」

『いいえ、おそらく私に触れたあなたの魔素が上回り私が影響を受けることはないでしょう』

「それはどういった」

 周囲を覆っていた花びらの壁は崩れ、竜の羽ばたきとともに竜がひれ伏し首を垂れる。

『ああ、我が王──。我が名はリヴェッタ。いついかなる時も忠誠を』

 聞き馴染みのない言葉に聞き返すも聞き取れず逆に名前を聞き返された。

『……シラカワ様。御身に集いし僕に我が身を含める許可を』

 え?

『いついかなる時も駆けつけ盾となりましょう。このリヴェッタ、血となり肉となる覚悟はできております』

「えっと……竜は、食べない、です」

『強いものに食べられてこそ生きた意味が得られるのだ。シラカワは顔に似合わず酷なことをしおる』

『そのような価値も私にはないと……」

「で、でも、お友達っ、お友達ならいいです」

『では、シラカワ様。なにかお困りごとがございましたら、お呼びください。必ず、駆けつけますゆえ』

 リヴェッタは羽ばたきとともに花を舞いあげ空の雲間へと飛び立って行ってしまった。

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