大穴と美月、ジョニー


 ―――昼12時。6歳から18歳まで400人の子どもたちが通うロンドンの学校前で、道路が崩れてパンケーキのような大穴が開いた。

 美月は12本の色鉛筆を持った佑樹、ジョニーと大穴に落ち、ゆっくりと立ち上がる。道路にひびが入っているのが、穴の中からも見える。

 美月は不安そうなジョニーの肩をポンとたたき「助けが来るのを待とう」と小声で言った。「うん」ジョニーは渡されたバタークッキーを食べながら母、アンのことを思い出していた。


 

 ―――2年前。コロナにかかり集中治療室に入院していた34歳のアン・ピュアはせきとのどの痛みが何日も続いて7歳の息子に会うことができず、女性看護師に『ジョニーに会いたい』と泣きながら言い続けていた。

 女性看護師たちはアンを励まし続け、好物の桃とブルーベリー入りヨーグルトを食べさせ、ラジオから流れる『紫いもタルト』の曲を聴かせたりしたが5月16日の昼に死んだ。

 遺体になって青いビニール袋に入れられた母を見たジョニーは号泣し、病院の椅子の前から動こうとしなかった。横浜に行った時の写真を自宅に届けに来た女性看護師たちも泣きながら『ごめんね』とジョニーを抱きしめていた。


 「(ママは明るい人で、桃やブルーベリー、イチゴを使ったスコーンを焼いてくれた。ターキーも、クリスマスに3人で食べたなあ」)

 泣き出したジョニーの肩を勇樹がポンとたたき、リュックサックから出したタオルを渡す。茶色い瞳と3メートルの巨体を持ち、ビッグベンが描かれたヘルメットをかぶった無毒のヘビ、ヒュージが太い尾を穴の中に伸ばしてきた。


 『小3で大阪生まれの日本人女子4人が『学校の2階で英会話を終えたら道路が崩れて美月先生と勇樹さん、茶髪で7歳の男の子が穴に落ちた‼』とロンドン警察署に駆け込んで来た。ゆっくり上がってくれ』3人はヒュージの尾を登り、ダニエルのケーキ屋の前へ出た。


「美月‼」ケーキ屋の前で道路が崩れるのを見ていた亮介が、妻に駆け寄ってきた。勇樹が持っていた12本の色鉛筆は、穴に落ちた時に折れてしまっている。

 「先生、勇樹さん」駆け寄ってきた市原美子、青木坂子、木原森子、梅田聡子が二人とジョニーを見てほっとした顔をする。4人は背中まで黒髪を伸ばし、爪も染めていない。

 「大穴やな。うちの台所の壁にも開いとるわ」坂子が小声で言うと、ジョニーが

噴き出した。


 「ありがとう」美月と勇樹、ジョニーは4人に笑みを見せる。「ありがとうございました」と頭を下げた亮介に、ヒュージは「救出できてよかった」と言い、勇樹に「倉庫に保管していた。絵を描く時に使うといい」と24本入りの色鉛筆を渡す。

 「ありがとう」勇樹はタオルで顔の泥を拭き、色鉛筆を黒いリュックサックにしまった。

 




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る