玉響の奇跡

 私は生まれたときから不思議な力を持っていた。最初はこの力が特別なものだと思っていなかった。誰もが持っている当たり前の力だと勘違いをしていた。


 幼い頃、私は啜り泣く女の子の声を聞いた。辺りを見回してもそれらしい姿は見当たらない。


「誰かいるの?」


 返事はない。確かに聞こえた筈だけど。

 空耳だと諦めようとしたとき、視界の端に何かが映った。

 ぼんやりと淡い光を放っていて、球のような形でふわふわと浮かんでいる。


「これ、何?」


 初めて見る。恐る恐る近づいてみると、また声が聞こえてきた。


 ー…私が見えるの? 


 今度こそはっきりわかった。


「あなたは誰?」


 興味本位に手を伸ばす。淡い光に手が触れた瞬間、それは眩い光を放った。そして、光の中から姿を現したのは、丁度、私と同じ年頃の少女。


「わあ!光の中から生まれた人、私初めて見た!」



 それから、私はこの少女と遊ぶようになった。

 だけど、人の姿を保てるのはほんの僅かな時間で、暫くしてまた球の形に戻ってしまう。それでも構わなかった。人の姿でなくてもこの子の声が聞こえる。遊び相手になってくれる。それで十分だった。


 ある日、私は少女を両親に紹介した。


「前に話したことあるでしょ?光の中から生まれてきて、私びっくりしたんだから!」


 初めてできた友達を両親に誇らし気に話す。


「それでね、毎日いっぱい遊んでくれるんだぁ!あとねあとね、」


 話したいことが次々に出てくる。何して遊んだ、ちょっとドジをした、だけど楽しかったこと。

 両親に紹介できたことが嬉しくて、話に夢中で両親の顔が良く見えていなかった。矢継ぎ早に話す私を遮って、父親が言った。


「その子は今、どこにいる?」


 何を言っているのだろうか。目の前にいるでしょ?

 父親は顔を青ざめさせた。母親も口に手を当てて、ショックを受けた顔をしている。


「私には、お前の言う少女が見えない」


 ようやく話が噛み合っていなかったことに気づく。今私の横にいる少女が何者なのかも、両親の反応を見て全て察しがついた。そして、その日少女が人の姿になったのは、これで三回目のことだった。

 隣で少女の身体が光に包まれる。何かいつもと様子が違う。足先、指先から光の粒子となって消えていく。

 私は混乱した。


「嫌だ、消えていかないで!どうして?私はまだあなたと一緒にいたいよ!」


 引き留めたくて、必死に手を伸ばす。伸ばした手は虚しく少女の身体を透かしてしまう。


 ーごめんね、私もういかなくちゃ。


「嫌だ、嫌だよぉ、」


 初めてできた友達なのに…

 少女は、なおも手を伸ばす私に優しく微笑む。


 ーありがとう。あのときあなたが見つけてくれたから、私の魂は救われた。これで安心していける。


 そう言い残して少女は完全に消え去った。




 あれから五年が経った。

 あのときのことは、今も鮮明に覚えている。

 あの後、自分は他の人とは違うのだということを自覚した。この力のことも。

 私には人魂が見えてしまうらしい。人魂は一様に、球のような形をしていて淡い光を放っている。その光に私が触れてしまうと、眩い光を放って人の姿になるのだと。人の姿を保てるのは僅かな時間で、三回目になると身体が粒子となって消え去ってしまう。

 両親には、このことは私たち三人の秘密だと、無闇に力を使ってはならないと固く注意をされている。私もそれで良いと思った。この力が必要だと思わなくなったからだ。

 そして、私は他の人と同じように平凡な日々を過ごしていく。



 

 その夜、私は強い意志を感じた。誰かが私を呼んでいる。そんな気がした。

 驚いて飛び起きる。こんな感覚は初めてだ。

 気づくと私は飛び出していた。

 誰、誰なの?こんなに私を呼ぶのは。

 心臓が早鐘を打つ。

 この日はクリスマスだった。街がざわめく。

 雑踏の中をひたすら駆ける。大通りを抜けた先、それはあった。

 あの日と同じような球の形をしていて、淡い光を放っている。ゆっくりと近づいていく。


「あなただね。私を呼んだのは」


 ーお願い。私に力を貸して。


 声が響く。まだ幼かった。


「どうして、私を呼んだの?」


 ー私はまだ死にきれない。会いにいかなくちゃいけない人がいる。だから必死に呼びかけた。私の声が届く人、あなたなら来てくれると思っていた。


「私は、この力を無闇に使わないと決めた。だけど、あなたからはすごく強い意志を感じる。それを無下にはできない。だからこうして此処にいる。よかったら聞かせてくれないかな。あなたがそこまで望む理由」


 人魂は、現世に未練があるから存在する。肉体は滅びても、魂は縛られ続ける。つまり、成仏ができない。死にきれないとはまさにそういうことだ。

 

 ーあの日は、丁度一昨年の今日、クリスマスだった。お母さんと街に出ていたの。雪が降っていて、クリスマスツリーもお化粧をしていてね、とても綺麗だったのを覚えてる。私は一面の銀世界が見たくて、お母さんの忠告も聞かず、一人で駆け出した。周りが見えていなかったの。路面が少し凍結していて、走ってて転んじゃってね、運悪くスリップした車がこっちに突っ込んできてそのまま…

 死ぬ間際、お母さんの顔が見えた。何度も何度も私の名前を呼んで、息が乱れ血の気も引いていた。

 そして、気づいたら人魂になっていた。

 あれから、お母さんはどうしただろうか。私は様子を見に行った。酷く疲れた顔をしていて、私の死から立ち直れていなかった。私は後悔した。この姿じゃ会いに行けない。言葉を伝えることもできない。ただ眺めているだけ。そんな事をずっと繰り返していたら、いつの間にか二年の月日が経っていた。今まで私の声が届く人に出会えなかったけど、今日あなたが来てくれた。

 遅くなってしまったけど、あの日の後悔を払拭するために、お互い前に踏み出せるように伝えに行かなければならない。

 だからお願い!どうかあなたの力を貸して!


 少女の言葉を聞き終わらないうちに、私は淡い光に手を触れる。

 この子の力になりたい。頭で考えるよりも先に体が動いていた。

 眩い光が辺りを照らし、少女が姿を現した。


「人の姿はそう長くは持たない。行って」


 ーありがとう!


 言うが早いか、少女は飛び去る。


 私の役目はこれで終わりだ。あの少女がどういう結末を迎えるかは知る由もない。だが願う。未練を拭い、魂が解放され成仏することを。


 雪が降ってきた。先程まで降っていなかったけれど、ふわりふわりと、しんしんと。

 雪が誘う魔法の一夜へようこそ。

 聖なる夜に願いを。ジングルベルの鈴が鳴る。

 街がざわつき、迷い込んだあなたを歓迎します。

 シャラン…シャララン…

 今宵はホワイトクリスマス。

 特別なひとときをお楽しみあれ。

 -END-

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玉響の奇跡 夕凪桜雪 @focco

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