流星群
「たくー、たーくーみー」
うるさいな。
「おーい、おーいってば…あ」
なんなんだよ、まじうっせー、耳元で叫ぶなって。
バコッ
「ってぇ!!!!」
頭を何かで叩かれた痛みで、思わず飛び起きると目の前には坂口センセー。
前の席の溝端が、やれやれと頭を抱えている。
どうやら僕は居眠りしてしまったらしい。
なんでよりによって坂口の授業で寝ちゃうんだ、自分。
「望月…お前って奴は…このっこのっこのっ!!!!!」
坂口は例によって、丸めた教科書で繰り返し殴る。
「いい、痛い、痛いってば!悪かったよ、せんせー」
防御しながら謝ると、坂口はふぅと溜め息を吐く。
「放課後、職員室に来るように。」
「え、なんで!?素直に謝ったじゃんか!」
理不尽に思える宣告に僕は思わず口を尖らしてしまう。
「そんなんだからだ!!!」
「えー…」
黒板の方に向かって戻っていった坂口の背中を見ながら、僕は項垂れた。
どこからかくすくすと笑い声が聞こえる。
「行くの?」
溝端がこそっと尋ねるので、僕は軽く頷いた。
「やだけど…行くよ。」
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「大体家でちゃんと寝てんのか?!夜更かししてるんじゃないのか?!」
放課後、職員室に行くと、坂口が唾を飛ばしながら説教する。
「お前予備校行ってるんだろう?成績が全然伸びないじゃないか!!全くお前は―」
「先生」
僕は姿勢を正して、坂口をまっすぐに見る。
「な、なんだ?」
「僕、これから勉強頑張ります!」
「お、おお。なんだ、どうした急に…ま、まぁ、わかったなら、いいんだ。帰りなさい…」
突然の宣言に、坂口が狼狽える。
「はい!ありがとうございます!」
僕は元気に返事をして、職員室の扉まで行くと、振り返って―
「ちょっと言ってみたかっただけです!」
べっと舌を出して、全速力で駆け出した。
坂口の怒号が飛んできたけれど、僕は笑いながら昇降口まで走る。
残暑が厳しい季節だ。
蝉の鳴き声も変わってきたが、秋とは到底言い難い。
「卓毅!」
部活動で賑わうグランドを走り抜けて、門を出た所で僕を呼ぶ声がした。
「尭…」
振り返ると、幼馴染みの尭が居た。
「一緒に予備校まで行こうよ!」
あー、面倒なのに捕まった。
「何その嫌そうな顔!」
「いや、別にそんなことは…」
丸い目を三角にして怒る尭をなだめ、一緒に歩き出す。
「夏休みもあっという間だったねー」
のんびりと尭が言うので、僕も適当に相槌を打つ。
「でもさぁ、卓毅、なんか変わったよね?」
横断歩道で信号待ちしていると、尭がそう言って覗き込んでくる。
「…そう?」
「うん!ねぇ、夏休みに何か良いことでもあったの?」
「………別に。」
「何その間!怪しい!」
「何もないって…ほら青になったよ。」
隣でぎゃーぎゃー言う尭を横目に、僕は横断歩道の白い部分だけを踏むことに集中した。
予備校の前に着くと、他校の顔見知りが何人かいて、僕等を見てひそひそと話し込み、尭を拉致った。
きゃーきゃー言う女共の横を抜けて、僕は教室に向かう。
中に入って、適当な席に座り、机の上に鞄を置いた。
いつだか、3人でここに座ったなとぼんやり思い出し、笑えた。
溝端も、尭も、夏休みの出来事を、覚えていなかった。
右京のことすら、誰も知らない始末だ。あの、小松でさえ。
なのに、僕だけに残されている記憶。
あれは、夢だったのか、と何度も考えた。
蓮貴の名前を叫んだまま、目を覚ましたらベットの上だったから。
だけど、確かに居た筈の兄貴は家に居ないことになっていて、僕は一人っ子だった。
両親の期待が急に僕に圧し掛かるようになり、兄貴って大変だったんだな、と苦々しく思っている。
兄貴に対する記憶も、僕以外の人間は持っていなかった。
僕自身がとち狂ったのか?
そういう風にも考えた。
何しろ、証拠が何もないのだ。
リアルに残っている僕の記憶以外は。
―誰か、教えてくれよ。
そう思った時だった。
「え、今日、流星群が見えるの?」
授業中、こそこそと後ろの席の奴らがしゃべっているのが耳に入る。
「よくわかんないんだけど…場所が特定できないらしいよ。」
「なんだよ、それ。流星群ってそんな不確かなものじゃない筈だろ」
ガタン!
「どうした?望月…」
突然立ち上がった僕に、教室中の視線が注がれる。
黒板に数式を書いていた先生も首を傾げている。
「すいません、帰りますっ」
「おい、望月!」
鞄を引っ掴むと、先生の制止も聞かずに僕は教室を飛び出した。
やっぱり、あの公園の小山に行くべきだったんだろうか。
僕は毎日疑問に思いながらも、小山に足を運ぶことを恐れていた。
もしも、全部、夢だったら。
最後の、証が何もなくなったら。
そう考えると、あそこへ行く勇気がなかった。
だけど。
やっぱり、行ってみよう。
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夕刻を過ぎた公園は、誰も居なかった。
青々と生い茂る緑は、鮮やかだが、夕暮れに赤く染まっていた。
「はぁ、はぁ…」
僕は肩で息をしながら、入り口で呼吸が落ち着くのを待った。
汗があちこちから噴出している。
心臓の音が、自分でも聞こえるほどに、大きかった。
が、それに気付かないフリをして、僕は公園に足を踏み入れる。
来なくなって、一ヶ月位か。
まだそれしか経っていないというのに、何故か懐かしく感じる。
小山を上りきると、僕はてっぺんから、公園を見渡した。
右京と一緒に見た、景色。
君は覚えているかなぁ。
僕は覚えているのだけれど。
あの世界が現実のものだったら。
今頃温度師の役はどうなっているだろう。
世界の均衡は保たれているだろうか。
地球は落第星として切り離されてしまっただろうか。
「温度師…」
僕はそこまで考えてここに来た目的を思い出した。
そして、慌てて辺りを見回し、大きな木がないかと探す。
流星群、というワードを聞いて、僕はこの公園に来たのだ。
―蓮貴。
もし。
もしも。
過去が本当に塗り替えられていたとしたら。
蓮貴は、星を降らせたの?
僕との、約束を、覚えてる?
「あった…」
一際大きい、記憶通りの木を見つけ出して僕は、呟いた。
そこに彫ってある、言葉も。
―『もしも、自分が次代の任命の為に星を降らす時には、こっそりとこの裏山に戻ってきてしようかな』
―『じゃ、その時の為に、僕はこの木にでもメッセージを彫っておこうかな』
レンキ
ボクハ
キミヲ
トモトシテ
ホコリニオモウ
セイ
蓮貴に隠れてこっそりと彫った文字。
夢なんかじゃなく、きちんとそこに文字はあった。
「ちゃんと、読んだのかよ?」
やるせない気持ちで僕は呟く。
ちゃんと。
過去は、塗り替えられているのか。
蓮貴の心は、救えたのか。
僕は、間違ってなかったのか。
そう考えると目頭が熱くなる。
例え本当に蓮貴が僕を利用した悪者だとしても。
―僕はやっぱり、君に出逢えて良かったって思うんだよ。
突然。
辺りが、急に真っ暗になった。
無かった風が、吹き始める。
「?」
不思議に思って、顔を上げて空を見た。
「あ。」
漆黒の闇の中を。
無数の流れ星が、落ちていく。
これまで見たことがないほど、くっきりと僕の目に、映る。
その中に青く光る、箒星。
それから。
「雪…」
信じ難い光景に、僕の目は見開かる。
「蓮貴…?」
直ぐに僕は足元の幹に目をやった。
すると、僕の書いた文字の横に、蒼い光で何かが書かれている所だった。
「!!」
屈みこんで見つめ、眩しさに目を細める。
セイ
アリガトウ
レンキ
燃えるように青白く光を放っていた文字は、暫くして黒くなった。
「くっ…」
僕は咄嗟に口を覆う。
泪が、視界をぼやけさせる。
星降る夜に。
小山のてっぺんで。
男泣きに、泣いた。
僕の大事な友人が、約束を覚えていてくれたから。
千年に一度の星を、降らせてくれたから。
なぁ、蓮貴。
十の鍵を使う時。
僕を呼ばなくても。
何も変わらなかったのに。
僕に別れを告げたのは。
自分のしたことと、することを教えてくれたのは。
兄貴として、友として。
僕を想ってくれたんだって、思っていてもいいかな。
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