陽の沈まない国



―暑い。



ひどく喉が渇いた。



汗すらも灼熱の温度に蒸発していっているように感じるほどだ。




あれ。



俺、うつぶせに倒れているのか?



手に、顔に、、砂の感触がする。




あー、足が痛い。




なんだっけ。



俺、どこに居たんだっけ。




夏休みだから、女友達とプライベートビーチに来てたんだっけ。




にしたって、なんでうつ伏せになってるんだ?




やべ。それより眼鏡あるか?





目を瞑ったままで、手を動かし、顔を触ってみる。




固い感触に安堵の溜め息を吐いた。





あーよかった。壊れてないみたい。



幸い痛いのは足だし、ぶつけたのもきっとそこだけだ。




転んだのか?




もしかして、俺、今気を失ってたのか?




それならどうして女共は俺を心配しに来ない?



淳は目を開けてみた。



感触は確かだったようで、砂浜のような場所にうつ伏せに自分は倒れていて、手は若干砂を掴んでいる。



あごの部分もざらざらする。




にしたって、暑すぎる。



この砂、水を少しも含んでいない。




そろっと身体を転がして、仰向けになってみると太陽の光が予想以上に眩しく思わず目を細める。




身体の痛みは大したことがない。




淳は腕を地面について、上体を起こした。







「どこだ、ここ…」





辺りを見回し、愕然とした。



目の前に広がるのは完全な砂漠。




空はどこまでも広く、果てがない。




突き抜けるような晴天に、ぎらつく太陽。





海など、ありはしない。




記憶を懸命に呼び起こそうとするが、自分でも意外なことに、ショックが大きすぎたのか、さっぱり頭が働かない。




―頭が真っ白になるっていうのは、こういうことを言うのか。




初めての現象を、興味深く感じた。


ふと、何かの声が聴こえたような気がして、後ろを振り返った。




「あ。」




大きな、城の様な建物が聳え立っている。



恐らく、淳の居る所は裏側のようで、門はない。



しかも、さっき見た砂漠の景色とは違い、熱帯のではあるけれど、緑が多く植わっている。



人の気配がある、というのと、水分を感じさせる物がある、というのはなんとも安心感がある。





淳は内心ほっとする。




砂漠のど真ん中で一人っきりだとしたら、スマホもポケットにない今、天幕暮らしをする民族を探しにいかなければならないところだった。



その上、この陽の光から逃れる術がない。




半袖のシャツに、ハーフのチノパン、くるぶしソックスにスニーカー。




どう考えても、砂漠仕様ではない。




ちょうど、淳の居る所は城の庭から一段降りている場所で、向こう側からは見えなさそうだ、と考えていた。




さて。




人の気配はある。



なにかあったら、助けを求めれば良さそうだ。



何しろ城っぽいから、悪い金持ちじゃなければ、言うことなしだ。





少し、落ち着きを取り戻してきたところで、淳はどうして自分はここに居たんだっけと、再度思い返してみる。




「えーっと…」




腕を組んで、額を抑える。



これは、淳の昔からの癖だった。





―自分は確か今、夏休みで。




………


……





「あ、そーだった!!!!」





思い当たったと同時に、急に上の方が騒がしくなる。




「げ。」




なんとなく木陰に身を寄せて、息を潜め、様子を伺った。



声は上にあるテラスから響いてくるようだ。



ひとつではない。



淳は耳を欹てた。





「なんてことだ!!!温度師が消えただと!!!!」





「は、いえ…まだ、その、はっきりと決まったわけでは…」





「しかし!あいつは現におらんのだろう!!」





「今、全力で捜索中でございます。」





この暑い国とは不釣合いにも、随分と緊迫した空気が漂っている。





「それと―これは関係があるかわからないのですが…」




「なんだっ!早く言えっ!!」





恐縮し切っている恐らく家来に当たる者が、とても言いにくそうにしているのを、多分それより偉い人がいらいらしながら急かした。






「鍵が―、注文してあった熱界雷の鍵が、鍵師の店から無くなったそうです。その、材料共々…」




「何ぃ!?!?!?」





家来は決して悪くないのだが、責められている。




淳はこの家来のことがなんとなく、不憫に思えて仕方がなかった。



なんにせよ、淳からは二人の風貌は見ることができないので、すべて声だけで想像しているのだが。




―身体が、偉い人の方が小さかったら、ちょっと笑えるな。




声だけ聞いている分には、偉そうな人の声は少し高い気がするが、男の声だ。



家来もそうだが、こちらは太くて低い。




年齢にしてみると、家来の方が上に感じられる。





「兎に角!一刻も早く温度師を捕らえるのだ!極寒の国にも使者を行かせよ!」





「はっ。」




家来は勢い良く返事をし、





「あの…温度師に最後に接触を持った者が現れましたが、お会いになられますか?」





おずおずと訊ねた。





「最初にそれを言わないか!!今すぐに会う!謁見の間に来させるように!」





「はっ!」





それからひとつの足音が遠退いていく。




もうひとつは―





カツ。



ザッ。カッカッカッ





「…はぁーーー」




どうも、一度偉い人の後を追いかけたが、途中で立ち止まって思い直し、テラスの手すりに掴まって盛大な溜め息を吐いたようだった。


 

淳はこっそりと木陰から顔を出して、テラスに肘をついて空を見上げる家来を見てみることにした。




陽の光が眩しくてよくは見えないが、シルエットだけでも、細身でかなりの長身であることが見て取れる。





「詩尉様!王様がお呼びです!」





「…今、行きます。」




詩尉と呼ばれた男は、ややうんざりしたような声で返事をすると、名残惜しそうに手すりを撫で、身を翻して居なくなった。






「なんだぁ?」




人気がなくなったのを確認しながら、淳は城の庭に足を踏み入れる。





「とりあえず…右京ちゃんや田中は近くにはいなさそうだな。」




嘘みたいな話だが、あらゆる点を総合的に考えてみるなら、卓を信じるしかなさそーだな、と淳は結論付けた。






自分はさっきまで居た所とは別の場所に飛ばされたらしい。



そして、この暑さから考えるに、ここは灼熱の国の方だろう。




それから、さっきの会話。





温度師が居なくなった、とは。





いつの話のことだろう。




今か?




面白半分に聞いていた卓の話によれば、現在の温度師は死んだことになっていた。



そのことは周知の事実のはずだ。




と、すれば―。




「!?」




急な眩暈か、と思った。


何故なら目の前の世界がぐにゃりと曲がったように見えたからだ。




―暑さでおかしくなったか?




首を傾げながら、まぁいいかと気を取り直して、城に足を踏み出す。




が。




今度こそはっきりと、淳の視界は歪んだ。





「なんだ…?」




まるで。




電波の切り替えで歪む、テレビの画面みたいな―





淳には自分が揺れているのか、世界が揺れているのか判別がつかない。





―胃がひっくりかえりそうだ。






慌てて口元を手で押さえ、目を瞑った。




目を閉じていると、平気だな。



そう思った瞬間だった。




耳をつんざくような、爆発音が間近で聴こえた。






「!?」




なんだよ、なんなんだよ。




自分は結構落ち着いてるタイプかと思っていた。



何事にも物怖じしないと。



でも、今そのイメージを失くそう。




俺、結構、今、身の危険を感じてる。




夢なら覚めて欲しいと願ったが、一度夢じゃないと確信したことは覆さないつもりだ。




―暑さは相変わらず、だ。




大丈夫、さっきのは多分、俺の眩暈だ。




爆発音はさすがに幻聴だとは思わないけど、あの緑豊かな庭にきっと爆弾は落ちない筈。




色々言い聞かせて、淳はそっと目を開いた。





声が、でなかった。




ただ、心の中でだけ、呟く自分がいた。




嘘だろ、と。




目を開いた先に広がっていたのは、先程とは全く異なった風景。




いや、同じ場所なのは、確かだ。



ただ、全然違う。




砂漠の中のオアシスのごとくあった庭は、全てが枯れ果てて、一部は根こそぎ掘られてしまったかのように穴が開いている。





眩暈のような、歪(ゆが)みはもう感じられないが。




それ以上に、苦痛に感じられる風景だ。





美しかった建物は崩れかかっており、先程まであったテラスも半分はもうない。






―何が、あったっていうんだ。





混乱する頭は、珍しい。




ここまで予測不可能なことは今までにない。




キィーーーーーーーーーーーーーーーーーーン




「?!」





高い音がして、城の向こうから何かが降って来る。



淳は眩しい太陽の光を避けるように手を翳しながら、それが何かを見極めようとした。






あれは―





「炎?」




まるで、生きている竜のごとくぐんぐんと飛んでいく。




一瞬それは砂漠の方へ抜けるのかと思った。




しかし―




ッドーーーーン!!!!!




淳の居る所から数十メートル後ろ、何もない所で撥ね返ったかのようになって直ぐ、爆発した。






淳は頭を回転させ、その撥ね返った様子を情報と結びつける。





外に出させない為に、何かを張り巡らしてあるかのような。







「シールド、か?」






答えを導き出し、淳はそれが概ね正しいだろうと判断した。



だとすれば。



一体、この空間の中で、何が起こっているというのだろう。




汗を背中が伝う。



俺、どうしたらいいかな。



今度は自分のこれからの行動を考え始める。




シールドが張ってあるということは、自分が外に出ることは難しい。



その前に、あのさっきの変なのが飛んでこようものなら、シールドに辿り着く前に死ぬ。




建物も崩れかかっている。



中に入るのは、危険、か?




腕組みをしながら思案している間に、何度か頭上で小さな爆発音を耳にした。





いや。



ここは、中に入ろう。



戦闘が起こっているのは確かだが、闘いの場はどうも空中らしい。



直ぐに死ぬわけじゃないだろう。



それに淳が、このまま突っ立っていても何にもなりはしない。



中へ入れば、何かわかるかもしれない。



まだ原型を留めているテラスの半分側から入ると、二階部分を支える柱が立っていて、それより奥に引っ込んだ所に壁があった。



その柱と壁の間の廊下部分を静かに歩きながら、中の様子を伺う。



どうも、一階部分は使用人たちの住まいや、洗濯場であるようだった。



今は、一切人気がないけれど。




―避難、させたのか、それとも死んだのか。




その後、淳は壊れた半分の方を見に行く。




瓦礫が積もり、砂埃が舞っている。




BGMのように、爆発音が繰り返されている。





―一体、何が起こったっていうんだ。




淳は首を傾げながらも、瓦礫の中に足を一歩踏み出す。





その瞬間、






「危ないっ」





声が飛んできたと同時に、大きな―例えるなら冷蔵庫位ある―氷の刃が、淳の目の前の瓦礫に勢い良く突き刺さった。


氷の柱は瓦礫を見事に粉砕し、その破片が、地面が、爆風と共に飛び上がる。




淳はこの至近距離だと、無防備な自分はかなりの被害を被ることになるな、と咄嗟に思った。



けれど、どんなに早く走ったとしても、この粉塵には追いつかれてしまうだろう。






―やっぱり安全な所なんかなかったか。




半ば自棄になって、諦めが頭を過ぎる。





が。





何か、強い力に引っ張られるような感触がしたと思った瞬間、あろうことか淳は空を飛んでいた。





全てが一瞬の出来事だった。





はるか下に、先程まで自分が居た場所が見える。





あらゆる危険物が飛び散っている様子もばっちりだ。





砂煙がボコンとはじけた。




そして、気付く。





自分が、空を飛んでいるわけではないらしい、と。





何故なら淳の腰をがっちりと掴む強靭な腕が目に入ったからだ。



淳の背は高い。




太っているわけではないが、それなりに筋肉は付いている。




そんな淳を小脇に抱えて、あんな下から、こんな高さまで―20mくらいか―持ち上げるなんて、尋常じゃない。




一体どんなモンスターが自分を抱えているのか、胃の浮くような状況でも確認したかったのだが、がっちりと腰をホールドされているためにかなり難しい。




ここまで思考を働かせてもまだ数秒。



軽い衝撃と共に、淳の眼下の景色は煉瓦に変わる。


城壁の上のようだ。



そこでやっと男の力が緩み、乱暴に落とされた。




が、淳も予想していたので、しゃがみ込むような格好にはなったが、掌と足を出したので痛い思いはしないで済んだ。




これでやっと確認できる―



そう思って見上げると同時に。





「この馬鹿がっ!!!」




一喝された。




「お前何者だ?!あんな所に突っ立って何をしていた!?避難命令はとっくに出されている筈だろう!」




聞き覚えのある声だった。




「聞いてるのか!!?」




怒られているんだということは理解できたが、淳はそんなのお構いなしに、相手の顔をまじまじと見つめた。




細身で、長身。




だが、あの力と足のばねを考慮すると、相当な筋肉が付いている筈だ。




それから太くて、低い声。




思ったより、イケメン。





「あんた…詩尉さん?」




「!?」




一瞬、男の瞳が揺れた。




淳には絶対的な自信があった。





この男は、さっき偉そうな人に怒られていた家来っぽい人だ。





「お前―?」





男が眉間の皺を深くさせた所で、また爆発音が轟いた。



「くっ、いけない、戻らねば」




男の癖に長い黒髪を揺らし、詩尉は爆発の方に目をやりながら呟いた。



それから横目でちらと淳を見る。




「俺はお前に会った事はないが―、志願兵だろう!」




「え、いや、ちが…」





否定しようとする淳だったが、詩尉は突然淳の腕をぐいっと掴み、その場に立たせた。





「いいか!今闘いは向こうが6割、こっちが4割って所だ。かなり厳しい状況だが―隙を狙ってどうにか突っ込め!俺は先に行く!」





そう言うと、詩尉は黒の剣を鞘から引き抜き、もう一度城に飛び移ろうと身構えた。





「あのっ!!向こう、、、って?!」




「何を今更。蓮貴に決まっているだろう!!!」





かなり引っかかる捨て台詞を残し、詩尉は姿を消す。





後に残された淳は暫く固まる。





「蓮貴…って…」





いつ、灼熱にやってきて、いつ、闘いが始まったんだ?!



こんがらがった頭を整理する情報はないものか、と順を追って考えてみるが、時の流れが理解できない。




「ん?待てよ…」




淳は城壁の上に突っ立って、腕組みをし、目を閉じる。







時の流れ、か。




ここの時の流れがわからない。




時間。



生い茂っていた緑。



温度師が居なくなるという会話。



歪んだ景色。



一瞬にして枯れた庭。



壊れた城。



戦場と化したこの場所。




眩暈が起きたと感じる前後には明らかに時の経過が見られる。




ということは。




タイムトリップ説が有効か?




しかも、同じ空間の前後。




元々淳が卓の話に巻き込まれたのは、公園の小山から灼熱の国まで繋がっていたという現象が起こったからなのだ。



それを踏まえるなら。




今回のことも、可能性はなくはない。



しかし、問題は今がいつか、だ。



なんだってよりによって俺だけこんな所に飛ばされたんだ―





「…お若いの…」




えっと。地震が起きて、それから―




「もし、そこのお若いの。」




………



……



「おーい」








眼鏡の中心を中指で押さえながら、淳はパチッと瞑っていた瞼を開いた。





周囲をきょろきょろと見回すが、誰も見当たらない。





おいおい、勘弁してくれよ。また幻聴か?





淳は溜め息を吐く。





「ここじゃよ!ここ!」



「!?」



再度聴こえた声に、淳は本腰を入れて声の主を探した。




「ここじゃ!」



見ると、城壁から少し離れた所にある円筒形の塔に小窓があって、そこから老人が手招きをしている。




「…いや、こいって言われても…」




見れば分かるだろうが、淳の立っている所は城壁であって、城ではない。



かなり太い城壁で、幅は3m位はあるかと思われるが、ぎりぎり端から飛んだとしても、城まで届くわけがない。



さっきの詩尉とかいう男のように並外れた力と運動能力がない限り、城に飛び移るなんて不可能だ。




喉がひりついて大きな声が出そうになかった淳は、ジェスチャーでなんとかそれを伝えようと、自分の下と城を交互に指差し、老人に向かって腕を交差させた。




×印っていうのは、この世界も共通なんだろうか。



一瞬そんなことが頭を過ぎったが、取り越し苦労だったようで、老人はにこりと頷いた。



城の反対側上方では、闘いの音が今も響いている。



淳は暫くここで様子を見ていようと決め、再度座ろうとした。




が。




「は?」




納得したはずのじーさんが、人差し指で城壁と自分の前の場所までをなぞるようにして、淳に手招いたのだ。




「だから、無理だって…」




×が通じなかったんだろうか。



声を張り上げるのは嫌だったが、ここは無理です!と叫ぶべきだろうか。




判断に迷っていると、おもむろに老人が姿を消す。





「なんだ?」





一体全体老人が何をしたいのかがわからない。


淳は眉を顰める。



だが、老人が姿を消したのはほんの一瞬で、直ぐに窓に姿を現した。



それを黙って見ていると、老人がおもむろに脇から窓の外に向かって、何かを撒いた。




「?」




老人が撒いたものは、砂のようなものらしい。




当然下に落ちていくだろうと思われたそれは―





「マジか…」





老人の前の空中で止まっている。




まるで、そこに何かがあるかのように。





そう、つまりは―





「見えないけど、道があるってことか…」





それも、全体っていうわけじゃなく、ちょうど老人の居る塔の前の部分だけらしい。



実に危険だ、と淳は思った。



透明な道には個人的に関心があったし、そそられるが、そもそもこの謎の老人に会いに行った所で自分に何のメリットがあるのかわからない。





―遠慮します。




そういう意味を籠めて、手と首を横に振った。



「そこは、危ないぞぉー!」




小柄に見えるのに、老人はさっきからかなり大きな声を張り上げる。




確かに。



ここに居るのも危険なのはわかっている。




もう一押し、何かないかな。




淳は、自分の動くメリットを模索しながら、腕組みをした。





「お主、戦いにきたわけじゃなかろう!と、いうよりも―」




老人はでかい声で、なおも続ける。





「この世界の者じゃないじゃろう!」




パチン、淳は指を鳴らした。




そしてにやりと笑って呟く。





「いいね。あのじーさん、只者じゃなさそうだ。」





何か、知ってそうだ。


使える。




淳は自分の中の得を見出し、臆する事無く空中の廊下があるだろう場所を探る為に城壁の枠を跨いだ。



大体の計測だったが、老人の場所と自分の場所との距離、撒かれた砂の幅や位置などから導き出された答えは概ね正解だった。



この通路は幅が大体1メートル50cmといった所か。



高さは20m以上はある。


万が一風に煽られて落下すると、命はないだろう。




幸運なことに、淳は高い所が平気で、恐怖心はなかった。



むしろ途中でしゃがみこみ、何もない道の感触を確かめる余裕すらある。




なんの素材だろう?



ざらついた感触は煉瓦を彷彿とさせたが、組み合わせたような、繋ぎ目が感じられない。




考え込みながら、淳は立ち上がり、歩き出す。




道の全長は、10mないし15m位か。





時折地響きのような細かい揺れがあるが、支障はなかった。




反対側は半壊しているというのに、城の表側は何事もないような雰囲気すらあった。



ただ。



城壁に立っていた時に不思議に思ったことがひとつあった。




外の景色が、何も見えなかったのだ。




霧がたちこめているかのように真っ白で。


無事に渡り切ると、淳は老人の居る窓を見上げる。



円い窓は、開けられているが、格子がはめてあった。




「よく来てくれたのぉ。」




先程よりもずっと控えめな声で老人は淳を労わる。




「単刀直入にお訊きします。ここはどこで、一体何をしているんでしょうか。シールドが張ってあるのはわかりますが、裏側は砂漠が続いているのに対し、表側の外が白く濁って見えるのは何故でしょうか。そしてあの透明な道ですが―」





「お主は、急ぎすぎているのぉ。」




頭に浮かぶ疑問を解決しようとしてここに来たのに、老人はそんな淳の質問を途中で遮った。





「急がなくてはならない状況ではあると思うのですが。」





話を途中で遮られるのはいい気分ではない。淳は少しむっとする。





「それは、残念だぁなぁ。私はお主と反対で、もう少しゆっくりしたい気分なんだぁなぁ。」





深く刻まれた皺が、老人の年齢の高さを物語っているようだった。





「では、なぜ俺を呼んだんですか。」





高齢者には高齢者のペースがある。それに合わさなければならないことを、淳は今更ながらに思い出す。




余りに不思議な発見があったもので、少しはしゃいでいたのかもしれないな、と小さく反省した。




「私の命もあと僅かで尽きようとしている。この闘いを見届けることができるかどうか、もわからん。せめて話し相手がいればなぁと考えていた。そんな時に現れたのがお主さぁなぁ。」




鉄の格子を両手で握り、老人は淳を見下ろしている。





「なぜ、貴方はこの闘いの場にいるんですか?」





到底戦に出向くような年じゃない。





「温度師が姿を消す前―最後に話した者が、私だったからだぁなぁ。」




老人の言葉に、詩尉がテラスでしていた報告を思い出す。




「貴方が―」




「私も一応、温度師の一族の端くれでなぁ。今の温度師に会うことが出来て嬉しくてぇなぁ。ずっと前に亡くなった孫の話をしたんだぁなぁ。そしたら居なくなっちまってぇ…もしかしたら私のせいかもしれねぇと、呵責を感じてここに居させてくれと願い出たんだぁ。」




「まさか…」




淳は自分の中に浮かぶ予想に、言葉を失う。





「ちょっと、待って下さい。この闘いはそれじゃ、、、蓮貴との闘いってことはつまり―」





老人は頷いて淳の言葉を引き継いだ。





「こちら側が勝たなければ、死の雨が降るということじゃ。」




老人の言葉が合図だったかのように、空が暗くなる。




「温度師が居なくなって、この世界の均衡はとっくに保たれなくなっておるんだぁなぁ。結界の外の景色が見えないのも、そのせいじゃ。灼熱国の町側は歪みができてしまってるからなぁ。さらに死の雨が降ったとしたら―」




「世界が滅んでしまうんですか?」




淳の質問に老人は虚を衝かれたような顔をした。




「温度師の禁忌でしょう?鍵を集めて死の雨を降らすと世界が滅びる、と。」




淳は急かすように尋ねる。



自分が居る空間の時代を認識したからだ。




卓の話が正しければ、この闘いは数千年前のもので、なんとか温度師を封印することに成功したものの、すぐさま逃げられている筈だ。





「ある意味で、滅びる。が、、、温度師の禁忌は世界の滅び、ではない。」




やがて老人が吐いた言葉は、淳の予想していたものではなかった。





「どういうことですか?」




「それは―」






ズガーン!!!!



老人が口を開いた瞬間、直ぐ近くで爆発が起きた。



淳がさっきまで居た場所が石屑となって飛び散る。




それから避けるように、淳は身を伏せるが、小さな石が頬を掠っていき、血が出た。




しかし、老人の言った真実に、淳はそれ所じゃなかった。






「なんだって?!」





辺りにもうもうと煙がたちこめる中、淳は柄にもなく焦っていた。





急いで知らせないと―卓が―。




―結界を破って、外に出て歪みを利用すれば戻れるだろうか。それともどこか別の星に飛んでいってしまうだろうか。




煙のせいで、視界が悪く、どうなっているのかよく見えない。



イチかバチかか。




「じーさん!ここから下に降りれば門に出る?!」





振り返り、窓のある方に向かって叫んだ。



「出れるとも!恐らく今の衝撃で、結界が緩んでいる!」




老人の声が響いた。



それと同時に、淳は走り出していた。




そして、ふと気付く。





―俺のこと、話し相手、なんて言ってたけど。




やっぱりあのじーさん、俺を助けたんだな。



淳は一度だけ後ろを振り返って、再度門を目指した。





煙の中で、少年の影だけが黒く映る。




それを見ながら、老人はにこりと笑っていた。





「ずっと前にも、あんな格好をした旅人が、翠によくしてくれたぁなぁ。あれも突然居なくなったが―。これは偶然かの?」





そうして、ゆっくりとその場に座り込み、目を閉じる。





上では、王族達が闘っている。




温度師と闘っている。





どちらも、自国の者なのに―



老人の胸は痛む。




片方は温度師のため。



片方は世界のため。





戦火は少しずつ、しかし着実に、城を食い尽くしていた。




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