歪(ひず)み
僕等がまだ鍵師の部屋に居ると、
カンカンカンカン!!!
早鐘のようなけたたましい音が、辺りに響いた。
「な、何?!」
全員が弾かれたようにその場に立ち上がり、身構える。
「これは…多分、侵入者、だ。こないだも聞いた覚えがある…歪みから地球からの人間か、銅星からの生物が入って来たに違いない。」
左京がドアの方を見つめながら言った。
グスたちがどたばたと走り回っている音がした。
「あたしも見たーい!クミ、行く?」
何がそんなにわくわくするのか、キラキラした目で右京が僕を誘う。
「ワシは暫く、部屋で休むよ。」
「俺もいかねー、めんどくせぇ」
鍵師と左京がそれぞれ返事をすると、
「あんたらは誘ってない」
右京が僕に笑顔を向けたまま、ドスの利いた声を出す。
こ、恐い。
「ぼ、僕、、行って見ようかな…」
空気をできるだけ読んで、僕は恐らく正解を見つけた。
その証拠に、右京の表情が輝く。
「本当!?そうと決まれば、早く行くわよぉっ」
ぐいぐいと、すごい力で僕の腕を掴み引っ張る右京。
部屋を出る際ちらりと鍵師と左京を振り返ると、二人ともどこから持ってきた小道具なのか、僕に向けて白いハンカチを振っている。
なんだ、それ。
そのギャグは、こっちでも使えるのか?
しかもちょっと古くないか。
「ほら、早く!」
一瞬、立ち止まったせいで、右京に更に強くひっぱられた。
いってぇー。
ほんと、この子は馬鹿力だ。
外に出ると、グスたちがわらわらと走っている。
「あいつらの後を尾けるわよ」
既に飛ぶような速さで走る右京が僕にこっそり耳打ちした。
けど、残念ながら、腕を引っ張られながら凄まじい速度で走っている状況で、僕に返事をする余裕はどこにもなかった。
グスたちはどんどんと広間のある場所から反対にある地下通路へと向かっている。
「ははーん、とりあえず地下牢かなんかに閉じ込めて置いているのかしら。」
「ち、ち、地下牢!?」
右京の言葉に僕は驚いて、息を切らしながらもなんとか訊き返す。
「あぁ、安心して。たぶん客人として丁重に扱ってはいると思うから。」
それとは正反対に、右京は呼吸ひとつ乱していない。
「ただ収容するのに、地下牢を使っているだけでしょう。数がわからないから。」
地下へ続く階段を駆け下りながら、そう付け足した。
地下牢と聞くと、僕は冷たくて暗くて悪い人ばっかりで、アルマイトのお皿があって、牢屋の隙間から悪い人たちが手を伸ばしてくる―そんなイメージがあるんだけど。
実際行ってみると、そんな僕の予想はきれいさっぱり払拭された。
階段を下りきった所は暗いと思いきや、温かい光があちこちから射し込んでいる。
光源はちりばめられている、地球で言う電気みたいな役割をするものなんだと思うが、桁違いに明るくて強い。
照らし出されている廊下は琥珀色に輝いていて、その両脇にずっと続くドア。
いうなれば、ホテル、みたいな感じ。
「ここ、、何?」
右京は階段を下りる手前でスピードダウンし、立ち止まってくれたにも関わらず、僕はまだあの速度に乗っているような感覚でふらふらしている。
「何って…さっき言ったじゃない。地下牢、よ」
呆れた笑いを漏らし、右京が答える。
「ここに、悪い人が捕まったら、閉じ込められるの?」
俄かには信じ難い。
「地球の牢屋っていうのがどんなものか、あたしは知らないけど、こっちの牢屋はこういうものよ。そもそも悪いことする者は己の力が強すぎて制御できず暴走したってパターンが多いの。」
つまりは、悪意を持って悪さをする者は居ないということらしい。
「でも、今ここに収容されているのは前から居る者たちでしょ。これじゃ中に入らないと見えないから―あたしたちは今保護された者たちを見に行きましょっ!」
遠足に行く子供の様な笑顔で右京は言った。
僕は繋がれっぱなしの手の方が気になって仕方がないのだけど。
そんな僕の気持ちなんてお構いなしに、右京はずんずんと奥へ進む。
「今から行く場所は、部屋が割り当てられる前に一旦まとめて収容される大広間みたいな所なの。」
歩きながら右京が説明してくれる。
グスたちもかなりの数が急いで向かっている。
「ふーん」
こっちに来てからというもの、目まぐるしいほどの新しい情報が入ってくるため、処理が追いついていない気がする。
いや、右京に会ってから、と言う方が、正しいか。
「…歪みっていうのはさ、大きいの?」
ふと感じた疑問を右京にぶつけてみれば、彼女も首を傾げる。
「左京は見たみたいだから知ってるだろうけど、あたしはもうその頃地球に行っちゃってたから現にはわからないのよね。あたしが落とされた場所が歪みっていうのなら、谷底みたいなところだったわよ。情報によると、段々膨張していってるみたい」
「こっちから地球に行ってる者も居るってことだよね?」
「そうね。でもまだ地球では大きな話は漏れてきてないわ。そんなに変な奴は行ってないんじゃないかしら。それにかなり奥地だから滅多にこっちの民は近づかないわよ。」
むしろ、と右京は続ける。
「他の星からの方が入ってくる数が多いみたい。だから、警備の数も増やしたらしいから。」
やがて、大きな壁に突き当たる。
グスのうちの一匹がその壁―一見白いただの壁にしか見えない―に触れると、水辺に波紋が広がるような形で、瞬時に青い透明な空間が出現した。
「うわ」
サロンの様な形で、広がる広間。
その中に、無数の人、人、人。
それぞれが一様に興奮し切ったように騒いでいる。
に、人間ばっかり、じゃん。
僕はその光景に、思わず固唾を呑んだ。
グスたちもその数の多さに一瞬たじろいだのが見て取れた。
ある者は腕組みをして、ふぅと溜め息まで吐いている。
僕は全く悪くないと思うんだけど。
何故だろう、そこはかとない恥ずかしさと、申し訳なさが募る気がする。
人間を代表して謝った方がいいんじゃないかとすら思えてくる。
「ひょー、かなり来ちゃったんだね。」
隣で右京も珍しそうに見ている。
繋いだ手が放されて、右京は端から端まで行ったり来たりしながら、じっくり見学を始めた。
僕も同じように、グスたちの邪魔にならないよう控えめに近づく。
「あ…」
「銅星の連中なんか居ないね。どうも、地球の歪みは場所が目立つ所にできちゃったみたいだね。」
なんてことはないように、右京がぶつぶつと呟くが、僕は視線が一点に止まったまま、動けなくなった。
「…?クミ?どうしたの?なんか面白いものでもあった?」
そんな僕に気付いた右京が、傍にやってくる。
何も答えない僕を不思議そうに一瞥し、僕の目線の先を右京が辿る。
「っあああああああーーーーーーーーー!!!!!!!」
その瞬間、右京の絶叫がその場を震撼させた。
グスたちも、勿論僕も、余りのでかい声にその場で耳を塞いで仰け反った。
「右京!声がでかいよ!」
慌てて、人間達もこちらを見ているんじゃないかと僕は確認するが。
青で包まれた広間は、向こうからこっちを見ることはできないらしく、人々はさっきと変わらず、話に没頭している。
要はマジックミラーのようなものらしい。
「だ、だ、だって!!!クミ!!!あそこに!!!あのブスが!!!」
絶対楽しんでるに違いない右京が、興奮しながら指差す。
その先には―。
「尭…」
そうなのだ。
僕の厄介な幼馴染み、田中尭と。
「溝端…」
これまた厄介な、悪友。
溝端淳が、居たのだ。
「よりによって、どーしてあいつらが…」
僕は頭痛がしてきて、頭を抱える。
そーいえば。
こないだの塾、尭は休みだった。
うん。
あいつが風邪なんか絶対にひかないとは思っていたけど。
もしかして、こっちに来ちゃってたから、なのか?
ってことは、今頃地球は大パニックか?
あ、でも右京がここに居る間は時間が止まってるみたいなことも言ってたっけ。
そもそも時の流れってこっちでどんな感じになってんだ?
その上溝端まで来ちゃってるってどういうわけ?
ところで、こうやって集められた人たちってどーなるわけ?
ハテナが頭の中の大部分を占めていて、ちょっと苦しい。
「あのさ、右京、この人たち、これからどーなるの?なんかされるの?」
とりあえず、ひとつでもハテナを解決しよう。
「うーん、と………わかんない。」
考えこんだわりに、あっさり知らないという右京にがくっと崩れる。
「わかんないって…尭たちはどうなっちゃうの?」
かなり心配だ。
「えっと、ちょっと待って。そこに居るグスに訊いてみる。」
右京は人差し指を軽く顎に当てて、考えてますみたいな顔をしてから、すぐ傍に突っ立ってるグスの首根っこを捕らえた。
ぎょ!?だか、ぎゃ!?だか、まぁそんな感じの声を出して、グスが驚く。
「ねぇあんたぁ。」
かわいそうにすっかり怯えているグスは、少し涙目になりながら、宙ぶらりんにされて右京と顔を合わすことになる。
「あそこにいる人間たち、これからどーするの?」
右京。
口に出しては言わないけど。
それは、人(人じゃないけど)にモノを教えてもらう態度じゃないよ。
今のその行為を、地球ではガンをとばすって言うんだよ。
脅すともいうかもね。
僕は心の中で、グスに同情した。
グスは暫く固まっていたが、少しすると、ぎゅぎゅぎょぎゅぎょ、という僕にはさっぱりわけのわからない言葉で、右京に必死に説明を始めた。
右京は、そんなグスを睨みつけたまま、へぇ、とかほぉ、とか相槌を打っている。
「ん、わかった。ありがと」
そして、そう言うなり、ぽいっとグスを放り投げた。
ぎょーーーーーーーー
なんとも悲しげな鳴き声が、遠退いて行く。
右京の容赦ない馬鹿力。
今まで居たグスは、もう居ない。
「なんかねぇ、一旦ここで記憶を消すみたいよ。」
グスのことなんか、少しも気にならない様子で、右京は僕に説明する。
「その記憶をまとめあげておいて、それぞれ部屋を割り当てる。暫く住んでもらって、全部が片付いたら元に戻す、そーいうシステムになってるみたい。」
えー、と。
つまり、ここに居る間の記憶や、来たことは、忘れ去られるようにするってことかな。
だよな。
じゃないと、まともな人間は耐えられないだろう。
あれ。
僕は自分の胸辺りを襲うもやもやの原因を探す。
ってことは?
じゃ、僕は。
僕はどうなるんだろう。
この世界のすべてのカタがついたとしたら、僕の記憶はどうなるんだろう?
「ねぇ、うきょ…「クミ」」
訊ねようとした所を、右京が被せて僕を呼んだ。
「あの二人、助けに行く?」
は?
僕は右京の言葉の意味がわからない。
「助けに…って?」
「だから、記憶消されてこの牢屋で過ごさせるか、仲間にして一緒に動いてもらうかっていってんのー。仲良いんでしょー…?なんだっけ、そーゆーの…」
えっとー、と右京が何かを思い出すような仕草をする。
「あ、そーだ。トモダチって、、言うんでしょ?」
思い出せたことに満足したのか、右京はにっこりと満面の笑みを僕に向けた。
「右京…」
僕は柄にもなく、じーんときてしまった。
そんな風に、思ってくれていたのか。
感無量な想いで目の前の破天荒な少女を見つめること1秒。
「ま、別にひどいことされるわけじゃないけど、ちょっと面白そうだし!」
直ぐに落とされた本音。
…
そーですよね。
結局は、面白いことが一番!なんですもんね。
ええ。
ちょっと期待しちゃった僕が馬鹿でした。
ちなみに言えば、僕にとって尭と溝端は全く協力的な、青春的な友ではなく。
できればなくなっても構わない。
むしろ、なくなってくれればいいのにと願うほどの、腐れ縁ていうやつで。
こんな状況であることを、あいつらに説明することの難しさと言ったら。
想像するに及ばない。
________________________
「ぎゃははははははははははは」
場所は、右京と左京の使用する、臣下専用の部屋の一角。
僕や鍵師の居るような客室とは違い、王族なる者の部屋は桁違いに広く(こんなに広いと悪いけどほんと落ち着かないし、意味がわかんない)、装飾も輪をかけて豪華だった。
会議をした所よりはさすがに小さいけれど、十分すぎるほどの広間があって、時折きらりと光る縫い糸を使用した絨毯が敷かれている。
その上には、クッションのようなものが置かれていたり、寛げる仕様になっている。
寝室などは別にあるらしく、見回してみると、通路に続くかのような扉が幾つか見受けられた。
そして。
さっきの笑い声はまさに、その広間で響き渡っている。
「……もう、そろそろ、笑いが収まってもいいと思うんだけど…」
無駄なことはわかっているが、僕は目の前で笑い転げる溝端を冷たい目で見つめる。
「だってなんだよー、そのカッコ!!ひー、腹いてぇー!」
「…っていうか、なんで、卓毅こんな所に居るの?」
その隣でやけに冷静なつっこみをしてくれる尭。
それはそれで、なんとも恥ずかしい。
こんな僕たちのやりとりを、右京は横で面白そうに眺めている。
あぁ、ほんと、やだ。
首を振るグス達を、右京は『王様の命令』と権力の乱用により脅し、この二人を無理やりあの集団から連れ出した。
翼の生えた右京と、こちらの着物を来ている僕を見た二人は、コスプレ大会の会場に連れてこられたのかと思ったらしい。
その笑いは、大分経った今でも十分すぎるほどに引き摺られている。
尭に至っては、
「これは夢なのかなー」
と至極真っ当な反応を示している。
溝端は色々ふざけたことを面白がる習性がある為、今現在の状況も思い切り満喫しているに違いない。
さぁ、一体どこからどうやって説明しようか。
がっくりと肩を落とし、頭を抱える僕を、右京はさっきからにやにやしながら見ている。
右京も、溝端と同類なんじゃないかってたまに思う。
変人で、人の不幸を嘲笑えるタイプ。
だけど、右京はたまに、すごく優しい子なのかと思うことがある。
多分、なんかの錯覚なんだろうけど。
「尭、たちは、どうやってここに連れてこられたの?」
とりあえず、僕は質問を投げかけることにした。
その方が、この非現実的な世界を説明するのには近道なんじゃないかと思ったからだ。
溝端の笑いをBGMに、尭が首を傾げる。
「うーん、と。私は卓毅の家に行こうと思ったのよ。予備校に行く前。」
げ、そうだったのか。
僕は鉢合せしなかったことにほっとする。
「おばさんが困ってたから。卓毅が予備校さぼってるんじゃないかしらーって。だから、迎えに行ってあげようと思って…」
そこで、尭は思い出すように、目をくるりと回した。
「だけど、、あの公園の傍を通ったら…いつも全然行ってないのにね…あの小さな山が…」
そのワードを聞くだけで僕の鼓動は早くなる。
いつも、何かしらあの小山は関わってるな。
一体、あそこに何があるっていうんだろう。
「一面、真っ白な花に覆われてて…いつも、あんなになってたっけ…?」
白い、花。
これまたドキリとするモノだ。
「すっごい、、キレイだなぁって思って、誘われるようにして、山に登ったの。そしたら―」
そこで、尭は首を傾げる。
「あっという間に変なのがいっぱいいて、とにかくあっつくて、谷みたいな所に居た。」
「そこ、やっぱりあたしが突き落とされた場所と同じー!歪みは灼熱の国の果てだ。」
右京はぱちぱちと手を叩いて喜んでいる。
「…それじゃ、肝心な所がわからないな…溝端とはいつ会ったの?」
僕は必死で頭を回転させながら、尭に次の質問を投げかけた。
「俺はさ、田中より先にその谷みたいなとこにいたんだよ。流星群が見れる日じゃねーか、と思って実は夜中からあの小山に行ってた。」
いつの間にか笑うことを辞めた溝端が、目じりの涙を拭いながら言った。
「そーいや、そんな時期だったな…」
完璧忘れていた。
できれば見にいこうと思っていたのに。
「あそこ行けば、卓もいるかと思ってたんだけど…居なかったんだよなぁ。」
ちょっと残念そうに溝端が言う。
「それに。。別に曇ってもなかったのに、ニュースで見れるって言ってた流星群、一個も見れずじまいだった。」
「え。マジ?僕が夏休み前に調べた時には―」
思わず口を開くと―
「「僕??」」
溝端と尭の二人が声を揃えて僕を見つめた。
あ、しまった。
今更気付いても後の祭りだ。
一瞬の静寂の後、ふたりが同時に噴出した。
「だははははははっなんだその真面目くんキャラ!?」
「似合わなーい!!」
もう、ほんと、どーしてこんな二人、記憶喪失にしなかったんだろう。
僕はもう開き直ることにした。
どうせ、僕は僕のことを僕と呼ぶ方が癖になってるし、別に俺じゃなくたっていいわけだし。
「ちょっと、いい加減、真剣に話聞いてくれないかな。」
僕の不機嫌な声に、二人があれ、という顔をする。
「え、何々、卓怒ってんの?」
溝端は全然気にしてないみたいで。
面白そうに訊いて来る。
「ごめんごめん、卓毅が自分のこといつもそんなふうに自分のこと呼ばないから…」
尭がちょっと焦ったようにフォローするが。
「え、あんた知らないの?クミはいつも僕って言ってるよ?」
右京がとぼけた感じで厭味を言った。もしかしたら、厭味じゃなくて、素かもしれないけど。
「!?うっさいわねぇ!言っとくけど、私の方が卓毅とは付き合い長いんだから!」
尭が右京をきっと睨む。
「へー、そのわりには、知らないんだー、ふーん」
「なっ…!!!」
ああもう。
なんで右京は尭につっかかるのかな。地球でもここでも。
「もういいから。で。溝端は星を見てたらどうなって、ここにきたわけ?」
僕は再発した痛みのせいでこめかみを抑えつつ、溝端に訊ねる。
「段々首が痛くなっちゃって、疲れて、結局星も見れないし、寝ちゃったわけ。で、起きたらあのへんな谷だった。」
溝端は肩を竦めて見せた。
「他にも知らない人がごっそり来てたから、まだ夢かと思って寝ようとしたら尭を見つけたんだよ。」
尭が隣でうんと頷く。
「で。。一体ここは何な訳?私、、帰りたいんだけど。お母さんもきっと心配してるだろうし…予備校行かなくちゃ。」
僕は無言で右京と顔を見合わせる。
えーと。さぁ、どうやって説明したらいいんだ?
果たして、彼らは信じてくれるだろうか。
とりあえず、僕は右京に頷いてみせてから、二人を見た。
「信じる、信じないは、二人の勝手なんだけどさ。。まぁ、驚かないで聞いてよ―」
________________________
「ぎゃははははははははははは」
予想通りの結果だった。
もう何度目かわからない笑い声に、僕は顔を覆う。
だめだ。
コイツ等に何を言っても通じない気がした。
斯く言う僕も、右京の話を信じるまで、時間を要したわけだから、無理もないんだけど。
尭も控えめながら、呆れた顔をしている。
「…もう、いいや…、とにかく、、元の場所に戻りなよ…」
疲れ果てた僕は提案する。
この二人はグスたちに預けよう。
それで記憶を失くしてもらって、あとで戻してあげればそれでいいや。
「ね、右京―」
「温暖化って知ってる?」
同意を求めようと右京を見ると、彼女は溝端と尭を不愉快そうに見つめていた。
いつもはふざけた調子の右京しか知らない二人は、その語気の強さに笑うのをぴたりと止めた。
「…知ってるよ」
やがて、溝端が溜め息と共に呟く。
それがなんなんだ、という響きにも取れた。
「なら、わかるよね?地球の均衡が保たれなくなってるってこと。危険な状態にあるってこと。人間さえいなければ、地球は自力で回復できるのに。」
怒りを含んだ、右京の声は、氷のように冷ややかだった。
「当たり前のことにも気付かずに、自分のことだけしか見ないあなた達が、どうして現実と夢の境を知ったような口を聞くのよ。」
僕が、右京のこんな声を聞いたのは―
こんな、苦しげで悲しそうな声を聞いたのは。
多分、いつかあの山の頂上に二人で登った時以来だ。
溝端の口角が、完全に下がった。
「あなた達人間は愚かだわ。いつでも自分たちは生きていると思っている。そして突然の死の宣告を受けて初めて、狼狽するのよ。命在る物はいつ滅びたっておかしくないのに。」
右京の言葉は、余りに真っ直ぐ過ぎて。
僕の心にも突き刺さる。
そうなんだ。
結局はそうなんだ。
明日が来ない、なんて、誰も思っちゃいないんだ。
明日はいつもある。
大切な人は明日も居る。
変わることなんてない。
変化は穏やかに緩やかに。
気付く事無く、あるもんだと思い込んでいる。
誰かを傷つけても、謝る時や感謝する機会はいくらでもあると勘違いしている。
だから、突然、全部なくなるって言われて初めて。
伝えたい言葉を、紡ぐわけだ。
右京の言う通り。
僕等人間は、本当に、愚かだ。
「信じられないというのなら、それでいい。多くの人間共がそうしたように、見ないフリをすればいい。あたしは構わない。」
切り捨てるように右京は言った。
「…だけど…、あなた達二人は分かってくれるような気がしてた…お門違いだったみたいね」
そう言うと、右京はくるりと僕等に背を向けて、奥の通路を抜けてどこかへ行ってしまった。
………
……
ちょっと。
困るんだけど!
僕は右京の居なくなった方向から、背後のふたりの方へ静かに振り返る。
尭はすっかり意気消沈して落ち込みモードだ。
溝端はと言うと―
「なーんだ、つまり俺様に協力してもらいたいってことか。仕方ねぇな、俺の頭脳を貸してやるか。」
似合いすぎている眼鏡の真ん中を中指でくいっと持ち上げながら、不敵に笑った。
素敵な勘違い。
いや、まぁ、そうなんだけど。
なんか、腑に落ちないリアクション。
僕は、瞬きを何度も繰り返ながら、信じられないものでも見るかのように溝端に目をやった。
お前、ちょっとは反省しろよ、と。
「お前、、信じるのかよ?」
超現実的な男に、僕は念のため訊ねる。
「半、半かな。でも、美人に頼まれたら仕方ねーよ。それに―」
こいつやっぱり女に関しては阿呆だ。
「それに?」
僕は呆れながら先を促す。
「あの谷が地球じゃ有り得ない形状をしていたのと、谷付近に居た奴等の言葉が最初全く理解できなかったのに、丸い玉みたいなのを取り出して俺達に振りかけた瞬間、言葉がわかるようになった現象は実に興味深かった。夢にしても面白い。」
多分、警備隊の者たちが、適応の鍵を使ったのだろう。
でも、右京のかけられている適応の術もまだ機能しているようだから、今さっきの会話は一体何語で行われていたのだろうと、急に気になりだした。
ま、なんにしたって、溝端は面白そうであれば、何でも良い様だ。
もう、こいつはこのままでいいや。
「で、尭はどうするの?」
クッションみたいなものをぎゅっと抱え込みながら、黙っていた尭に訊ねると、尭は僕を困ったように見た。
「私、は…家に…帰りたい…」
そんな尭に僕は静かに頷いた。
「そっか…じゃぁ」
グスたちに預かってもらおう。
「で、で、でも!!!」
慌てたように尭が叫んだ。
「え、何?」
僕は首を傾げる。
「田中も一応、女の子、だもんなー」
溝端が茶化すように言えば、
「ちょっと、淳くんは黙ってて」
尭がそんな溝端を睨みつけた。
「…卓毅がここに居て欲しいって言うなら…居る…」
は?
僕は益々首を傾げる。
どういう展開だ?これ。
なんで尭が真っ赤になって俯いているのか、僕にはわからない。
溝端はにやにや笑っていて気持ち悪い。
「…いや、別に尭が家に帰りたいならそれでいいよ。女なんだし。僕は右京とここで―」
僕がそう言いかけた瞬間、尭ががばっと顔を上げて僕を睨みつけた。
「だから!しょーがないから居てあげるって言ってんの!!!!わかった?馬鹿!」
「…はい。」
・・・・・・
なんで?
どうしてこの子はぷりぷりと怒ってらっしゃるのでしょうか。
「卓…お前って奴は、、だからモテないんだぞ」
相変わらず笑いを堪えるような顔をして、全く堪えてない溝端が僕の肩をぽんと叩いた。
女心って、まじでわかんねぇ。
いや。
僕には一生、わかりそうにない。
「じゃ、まぁ、とりあえず…二人とも協力してくれるってことでいいんだな?」
なんか釈然としないけれど、念の為最終確認をする。
「「うん!」」
僕は、心なしか楽しそうにすら見える溝端と尭を見つめる。
果たしてこの二人を信用できるのか?
当然の疑問が頭を過るけれど、これが現実だということを、その内受け入れていくだろう。
そう考えるなら、今の所はこれがベストだ。
とりあえず二人はもう否定していないし、協力的(?)な訳だから。
「わかった。じゃ、右京を呼ばなきゃ。二人はちょっと待ってて。」
僕は言いながら、身体を回転させ、さっき右京が出て行った方へと向かった。
と。
「な、なんだ?!」
グラグラと、まるで地震のように地面が揺れ出す。
「きゃっ!」
段々激しくなるそれに、バランスを崩した尭が悲鳴をあげてその場にしゃがみ込む。
「何が…」
僕の顔にも、溝端の顔にも、緊張の色が走った。
立っていることが出来ない程のぐらつきに、僕等は成す術がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます