緊急会議

あれは、空か。



と思うほどの高さの天井。




どこからの光かわからないけど、太陽光に勝るとも劣らない光源が、どこまで続いているのかわからない広間を照らす。




その中心に、これまた馬鹿でかい、象牙で造ったような艶やかなテーブルっていうのか、それとも会議用の机っていうのか。




どちらも正しいようで、正しくない気がする。




テーブルや机っていう言い方自体が間違ってる気もする。




とにかく椅子に座って使用するもの、だ。




そこに、昨日の面々、と。



極寒の国の偉い先生達。




そして―




燃えるような赤毛の、灼熱の国王。



その付き添いと、家来と、たぶん先生。




それぞれが対面する形で、半々に分かれて座っている。




ちなみに言うと、灼熱の家来も双子で、姉妹だった。




どちらも真紅のドレスを身に纏い、簪(かんざし)をきれいに結った黒髪に挿していた。




「皆方。特に遠方より来られた方々、この場にお集まりいただき、心よりお礼申し上げる。今我々は力を合わせ、協力しなければ乗り越えることのできぬ重大な局面を迎えておる。それは、数千年前の温度師の目覚めにより予測できない程大きくなった。それで皆で知恵を出し合い、ぜひともその解決策を見出せるよう願う。―これより、緊急会議を始める。」





銅鑼の様な音が響き、グスたちが定位置に着くと、おもむろに鳳凛が開会の宣言をした。




ぴりぴりとした空気は、始まる前から漂っていた。



のんびりぺたぺたのグスたちも、今日ばかりは縮こまっているように見える。





「まずは、共通理解を図りたい。これまでの事の流れを説明してくれんだろうか」





灼熱の国の学者っぽい老人が、静まり返る面々の中で臆する様子もなく、先だって発言した。




灼熱の国の双子の片割れと、左京がすぐに立ち上がる。





「…では、鳳(あげは)殿、先に発言されるが良い。」





鳳凛が左京を目で制し、座らせる。




左京は絶対不服だろうが、普段とは違いそんな感情はおくびにも出さなかった。





「はい」




黒髪の鳳は、少し風変わりな高い声で返事をする。




「我が国では―」




鳳は背筋を真っ直ぐに伸ばした状態で、周囲を見回す。




「銅星(あかぼし)という星が、長いこと不安定な状態を繰り返していました。温度師との相談の上で、鍵を使うことで少しの時間を稼ぎ、解決策を練る、その繰り返しが暫く続いていたことは事実です。」




王の両隣に席を有する双子、その内の一人は今立って発言をしている鳳で、もう一人は座ったままうんうんと頷いている。




「しかし、実際の所、解決策は見つからなかったのです。何故なら、そこに住む命あるモノたちが、星を破壊している存在であったからです。」





ん?




僕は聞きながら、思い当たる。




この話、どっかで聞いたような。






「それ、うちと一緒!」





突然響いた明るい声に、水を打ったように静まり返る一同。





「右京」





「ね!うちと同じだー!地球と同じ劣等生なんだねっ」





「右京」





鳳凛が右京を窘める。





「あっ、はーいっ、口チャック、ね!」




頭を抱える極寒の面々。




控えているグスたちまでもが、やれやれと首を振っている。





「…続けて、よろしいでしょうか?」






「どうぞどうぞー!!」





王が口を開く前に、右京が元気よく頷いた。


 「…ですので、我が国では手のつけられないこの星のとりあえずの危機を防ぐ為に、いつものように、【熱界雷(ねつかいらい)の鍵】を鍵師に造らせることにしました。温度師は直前に来ていますので、よくわかっていたと思います。」





微かに温度師への怒りが籠められている。





「このまま行けば、王族は命を落としてしまいます。そうならない為にも【熱界雷の鍵】はとても重要なものでした。それなのに、鍵師が襲われる事態に。聞けば、雨が降ってきたというのです。そしてそれに混じって黒い襲撃者が現れた、と。灼熱で雨は降りません。ですからそれだけで国はかなりのパニックに陥りました。その上―」







悩ましげに、一息吐く鳳。





「雪が、降りました…雪、なんて、灼熱ではあり得ない。民は大混乱でした。」







疲れきったように見える表情は、灼熱の国の騒動はまだ鎮静化していないことを物語っている。






「そして、その直後から現れたのが、白い怪物でした。」






この会議に参加している者のほとんどが、身を固くしたのがわかる。






白い怪物は、右京に致命傷を負わせた生き物でもあり、灼熱から鍵師を奪った存在でもある。




まだ新しいその記憶を、各々が鮮明に思い浮かべたのだろう。


「鍵を奪われた鍵師はすぐに新しい鍵を造りにかかろうと申し出てくれましたが、謁見の間で会ったが最後、鍵師の姿は二度と見ることなく、、後には白い獣によって破壊された鍵屋があるのみ、でした。もちろん、材料も使い物にならない状態にされていました。」






あちこちで、言い様のない苛立ちや、落胆の溜め息が漏れた。





「この出来事は国を、ひいては世界全体を揺るがす大惨事になりかねない。私共は、隣の国であります、極寒の国に使者を使わすことにしました。こちらでも何か起こっているのではないかと考えたからです。ですが―」





ここで鳳は一度軽く目を伏せ、再び開いた。





「使者は我が国を出ていってから、待てど暮らせど帰ってきませんでした・・・」





がっくりと力無く垂れ下がった肩は、無念な思いを十分すぎる程に伝えてくれる。


「混乱に陥っていた私たちは、危うく極寒の国のせいにしてしまう所でしたが―、ある時、幼子を白い獣から救ってくれた白銀の髪の少女の目撃情報が複数寄せられたことがありました。片翼とのことでしたので、恐らく極寒の使者かと思い当たりました。」





鳳がそこまで言うと、右京がそれあたしだ!と嬉しそうに笑った。





「暫くすると、左京殿が我が国に入られ、見事白き獣を捕らえ献上してくださいましたので、私たちは間違いを犯さずに、極寒との情報交換をすることができました。極寒の空の情報と行方不明の鍵師。類似する点が多くあったことから、そして左京殿の情報から、温度師に的を絞ることができました。私達の情報はここまでです。」









鳳はとりあえず、自分の分は果たしたと思ったのか、席に座る。





各人は、難しい面持ちをしているのみで、誰も発言しない。





そんな中。





「…で。じゃぁ、その後、俺が引き継いでもいい?」





かなりフランクに左京が許可を求めた。




鳳凛はもう慣れているようで、頷くのみ。



「灼熱の皆さん、お久しぶりです。先日はどーも。あれから俺が地球へと赴き、そこで起きた出来事をご報告させていただきたいと思います。」





左京はいつになく、ちゃんとした言葉で短く挨拶をした。



横柄な感じも、白き獣を捕らえたことで帳消しにされている模様で、灼熱の面々も、表情が穏やかだ。





「灼熱の国で王と謁見し、我が国の鳳凛との対談が行われ、俺は自国の鍵師と姉を探しに地球へ行き、二人に会うことに成功しました。無事に生きていたこの二人は―」




言いながら、左京はちらりと僕を見る。




「そこに座っている人間の少年に助けられ、匿われていました。」





途端に、辺りがざわつく。




「なんだと!?そこに座るのは滅びの星の者か!!」




学者っぽいおっさんがちょっと怒ってるみたい。





うーん、と。




僕、歓迎されてない感じ?






「はい。ですが、瀕死の状態の姉を介抱し、行き場を失った鍵師を養ってくれていました。」





左京は少しも取り乱すことなく、淡々と続けた。



「彼が居なかったなら、即ち、右京と鍵師を失っていたとすれば、我々に成す術は残されていなかったでしょう。まず、ここで彼に感謝を述べたい。タクミ、ありがとう。」




ここまで真面目な左京を、僕は初めて見た気がする。



呆気に取られながらも、僕に向かって頭を下げる左京に、軽く会釈した。




周囲の同様も静まり、各々納得したような、していないような、複雑な表情をするのみだ。




「そして―我々は比較的直ぐに、温度師とも接触することになりました。」




一度静まった筈の会場に、ひそひそ声が飛び交う。





「温度師の狙いは、すべての世界を終わらせ、自分で支配すること―つまり、温度師の禁忌を犯すことでした。しかし、それには力が足りない。彼の計画は実に緻密で―、数千年前に行方不明になった温度師がまだ存在していることを、知っていたようでした。つまり、その力を目覚めさせることが、第一目的だったようです。」





いつしか、小さな囁きは普通の会話ほどに発展していた。





「…静粛にされよ。」





とうとう、極寒の王、鳳凛の声が冷たい刃のように広間に響き渡った。


皆が口を噤んだのを待ってから、左京が再び口を開く。



「これは、憶測ですが―我々の世界に混乱を生じさせる為と、数千年前の伝説の温度師と彼の持つ本を探す為に、鍵の破壊と白き獣が使われたのかと考えております。」




周りの者たちは興味深そうに、左京の報告に聞き入っている。




僕は、もう知ってることなので、ちょっと飽きてきた。




「けれど、実際の温度師―つまり蓮貴ですが―、彼は地球に居たのです。それはタクミの兄でした。」





そんな、まさか、とんな声がちらほらと聴こえた。





「温度師は蓮貴を見つけ出し、目覚めさせました。」





左京の語りに、僕の記憶が呼び起こされる。





「そして、蓮貴によって、現温度師は滅び失せました。」





最悪のシナリオだったらしい。




会議参加者の大多数の顔が青ざめて行く。



「…では、何か。あの呪われた温度師以外、我々の世界に温度師はおらん、と?」




灼熱の国のかなりのご老体らしい賢人が、皺がれた声で重々しく訊ねた。




その目は白だけになった太い眉に覆われて見えない。





「残念ながら、そういうことになります。」





左京が頷く。





途端に動揺が伝染する。





「我等の国は滅亡か?」




「あいつはまた何をしに来たんだ?!」




「何が目的だ?」





口々にそれぞれが誰にでもなく疑問を口走った。






「静まれ。」





まるで雷のような轟きが怒る。




僕はビリビリするその声に驚き、思わず声の主を探し、見回す。






あ。






今まで黙していた灼熱の王、燕軌(えんき)の声だった。




燃えるような赤毛が、目に、染みる。



「…発言、と、いうか、補足説明させていただいても、よろしいかな?」




再び静まり返った広間に、聞き慣れた声がする。



見ると、金色の毛をした鍵師が立っていた。




鳳凛がそちらに顔を向け、頷く。





「感謝します。…蓮貴、についてじゃが、実際に近くにいてわかったことは、依然として強大な力を持っているということですじゃ。力の衰えは少しも期待できない。

また、もしも、数千年前に成し遂げなかった己の目的を達成するために動くのであれば、奴は次に鍵を集める筈ですじゃ。恐らく―奴は自分で材料を揃え、造ることができる筈。」






またか、と思うほどに、動揺があちこちで再発する。




鍵は世界を左右するもの。



鍵師、というやはり純血の一族でなければ、その工程に携わることも、レシピを知ることも許されはしない。




政に関わる者たちは、そのように力を分散させ、暴走することのないようにする。




と、いつだったか、鍵師が話してくれたのを覚えている。




しかし、蓮貴が鍵を造るならば。



そのすべてが覆されるというわけだ。




彼を止められる者は、居ないということになる。





聞いている者達に不安が広がるのも、当然なことなのだろう。




「絶対零度の鍵と、熱界雷の鍵。各々を十(とお)ずつ使い、雨を降らせると―死の雨となる―」




極寒の国の鍵師が、禁忌を小さく呟く。




それは、恐怖。




「では、我々は何を行えばいいというのか?」




燕軌の問いは、この場に集い合うそれぞれに向けられた。




「…蓮貴との…真っ向勝負、では?」




燕軌の傍らに居る双子の片割れが、やはり控えめな声量で発言した。





「数千年前の温度師の膨大な力を甘く見てはいけない。真っ向勝負なんか挑んだら勝ち目はない。…恐らく先代が行ったように、奴を封印する他、方法はなさそうだ。」





鳳凛が、険しい面持ちで言った。




「正式な温度師でなくても、不在となれば、均衡は揺らぐ。事態は一刻も争うものとなるじゃろう。ワシが言いたかったことは、そのことだけですじゃ。」




そう言うと、碧玉の瞳の鍵師は椅子に座る。






「つまり、、戦が勃発するということですか?」





誰かはわからないが、比較的若い者が、怯えたような声で訊ねた。





その問いに、暗い表情の賢人達は、無言で応える。




隣国は関与せず、統治する場所さえそれぞれ異なるこの変わった世界では、戦なんて言葉は滅多に聞くことはないのだろう。




非常事態宣言。



誰も無傷では済まされない。

 


「して、先代の封印方法は失敗だったのであろう?」




極寒の賢人だか学者だかどっちともつかないけむくじゃらの生物が、もごもごと訴える。




「左様。」




鳳凛はそれに対し、真っ直ぐに答えた。




「同じ方法では、また同じことの繰り返しになるのでは?」




けむくじゃらの言うことは至極最もなことだろう。



けれど、マニュアルのない、つまり類例のない出来事に対する処理というものは、いつの時代も未知数だ。




鳳凛は必死に答えを巡らしているようだが、音となって出てくることはなかった。




「そもそも、その封印方法とはどのようなものなのですか?」




灼熱の若い眼鏡が、レンズをきらりと光らせて訊ねる。




「簡単に言うなれば、我々二つの国の王族の連携、だ。言葉に細かく表わすのは至難の技。しかし、これだけは間違いなく言える。我々は力を使い果たすことになるだろう。」





鳳凛の答えは、方法において、何一つ明確にはしていないが、民の命を犠牲にすることはない、と明言している。





「封印、という形ではなく、滅ぼすということは不可能なのですかな?」





こちらはつるっとした感じの、さっきとは真逆な印象の多分、おっさん。




もう、見てる僕からは、誰が何で、どんなふうな立場なのか、なんて、正直わからないし、どうでもいい。





「蓮貴はとっくに寿命を越えている。それでも、命が続いているということは…それだけ強力だということだ。恐らく、自ら命を絶たない限り―奴は滅びんだろう」





蛙。



もう、蛙にしか見えない、たぶんおじいさんが、溜め息を吐きつつ、呟くように言った。




「刺し違える気で、行く」




轟音のような、身体の底から響く声が、強めの口調で言い切った。




「あなた方は、民の安全の為に活躍されるように、お願い申し上げる。」




燕軌の言葉に、王族以外の参加者全員が、その場で恭しく頭を垂れた。





「…あのー」





静けさで満たされていた空間を切り裂くように、突如参入してきた声に、それぞれが驚く。



それは。






「その…つまり、、その温度師は…消されてしまうかもしれないってことですか?」







紛れもない、自分の、声。





いっせいに注目が注がれる。





「でなければ、こちらも命を落としかねない。なんとしでても避けたいのは、我々が負けることだ。」





鳳凛が抑揚のない声で、答えてくれた。





「…これは僕の勝手な意見ですが…」





だけど、なおも僕は続ける。




実は緊張し過ぎて、若干足が震えている。






「蓮貴は…そんなに悪いヒトには見えませんでした。」



「それはお主の身内だからだろう!」




覚悟してはいたが、間髪入れずに出てきた反論にへたれな僕はちょっと怯む。




「いえ…そういうわけではありません。ただ、、、」




自分の兄が、伝説の温度師だとは、今でもまだ信じがたい話だけれど。



目の前でそうなったからには仕方ない。



格好悪いけど、かなり、ショックを受けた。




別にブラコンてわけじゃないし、むしろ出来過ぎた兄貴に嫉妬していた部分もあった。




けど、やっぱり大事な存在には違いなかったんだと痛感した。






そして、あれからずっと考えていた。




蓮貴は本当に、世界を亡くそうとしているんだろうか?




それなら、どうして、自分の手駒になってくれそうな温度師を手元におかない?





どうして、あの時。





「蓮貴の力が今の温度師を一瞬で消せるほど戻っていたにも関わらず、彼は右京左京そして鍵師に手を出しませんでした。」






自分が追われる身だということをわかっていないわけではないだろう。




いずれ対立するだろう相手を、見す見す逃す。



あれは、そんな馬鹿な人じゃない。




「あー、確かにー、そうだったねぇ?」




右京の助け舟?…ではなく、彼女は恐らく素で頷いた。



左京はと言えば、面白そうに成り行きを見ている。



鍵師は先程と変わらず、落ち着き払った様子で席についている。






「ふん、戯言だな。そんなのあいつのただの気紛れに過ぎん」





やがて灼熱側の学者が呆れたように頭を振った。





「!でも、話し合う場があっても…」




「ふざけるな、若造!温度師が不在ということの異常さが、お前等人間共にはわからんのだろうが。そんな悠長なことをやってる暇などないのだ!」





いきり立つ賢人も出てきた。




「落ち着かれよ」




鳳凛が、難しい顔をしたままで呟く。




不思議なことに、どんなにざわついていても、王族の声はよく通った。



「タクミ、周囲が言っていることは、正しいと私は思う。」




鳳凛の言葉に、燕軌も軽く頷いた。




「この状態だとすれば、最悪な環境。ただでさえ、地球と空間には狭間ができてしまっている…放っておけば混乱は大きくなる。ぐずぐずしている暇はないのだ。」




優しく言い含めるような言い方ではあったが、その中に有無を言わせない感じがある。





「では、もしも無実であったらどうするんですか?」





これ以上言わないほうが懸命だということはわかっている。




だけど僕は悪あがきを続ける。




所詮、地球に住む一介の人間なので、何がどう大変なのか、とかは存じませんが。





「数千年前に起こしたことは事実だ。罪は償ってもらう。」





鳳凛の目が、僕にもうやめろと言っている。



「そんなっ…」




「それよりも、次の議題ですじゃ。民を避難させるために、どのような措置を取ったらよいか―」





誰かが、話をすり替え、すぐさま意見が飛び交う。。




それより、って…僕の話はそんなもんかよ。





僕は志半ばで項垂れ、渋々席に着いた。



結局。



その後、会議は粛々と行われていき―




とりあえず、至急新しい温度師を捜し出す。




そして、新しい温度師を王の認可を得て立てたなら、直ぐに鍵の材料を集めさせること。





それから入り混じっている地球とこちらの狭間の警備。




以上3点が、王族以外の主な決まりごととなった。





王族は、最強の温度師との戦いに専念することをよしとされた。




そのすべてが無事に終わった暁には管理地からそれぞれの自滅する星を切り離す(要は見放す)、という結論に至る。




―落第星というわけか。




僕はどうも納得できないまま、あれから一言も発せず、物事の流れをただ見つめていた。




ふと、蓮貴の見ていた花が記憶を過ぎる。





―あの人は、本当に、死の雨を降らせようとしているのだろうか。





放っておいたって、滅びの一途を辿るこの世界を。





わざわざ、滅ぼそうとするだろうか。








「切り離すって、、どうやってするわけ?」




会議が閉じられた後、僕等(つまり僕と右京と左京、鍵師)は鍵師に割り当てられている部屋に集まった。





「…あの星が滅びれば、こっちだって滅びる。それを避ける方法は…滅びる前にこちらから先に星とのバイパスを切り離すことだ。」





僕の疑問に、鍵師が神妙な面持ちで答える。




?だから?



僕は首を傾げる。




「結局、どちらの王も死ぬってことよ」




投げやりな口調で右京が言った。





「自分たちの責任と共に、ね。だから、あの会議で決まったのはそれなわけ。ほんと、あの頭でっかち達、自分たちの身の保身ばっかり気にして役立たずなんだから。」





そんな―



僕は一瞬言葉を失った。





「王自ら退く。そして新しい王が就くと新しい管轄地が与えられる。つまり、更新のようなものじゃ。空間の制御の必要がなくなったものは、そこで初めて切り離すことができる。その方法ならば、こちらのダメージは少なくて済む、というわけじゃ。」





鍵師が右京の言葉を継いで、詳しく説明してくれる。



「ま、こっちの住民は守れるわけだから、王としては本望なんじゃねーの?タクミには悪いけど。」




双子なだけに、同じ心情らしく、左京も投げやりな口調で呟く。




「左様…我々の問題は、それよりもまず、蓮貴の出方じゃ」




鍵師の言葉に、右京の眉間に皺が寄った。




「ただでさえ、滅亡の危機なのに…これ以上どうするつもりかしら。」





右京の疑問は、恐らく皆が抱いている。





「…もしかすると、もう既に鍵は集まっているかも知れん」




「え、それってどういう…」




「思っているよりも案外早く、『その時』は来るってことじゃ。」






地球にいた時とは全く違う、慣れない緊張感が漂っている。





いつ召集がかかるかは分からない。




いつ、命を落とすかも、わからない。





明日、世界が終わるかもしれない。




落ち着かない、心持だ。



今のままでは、地球だってやばい。



いや、むしろ地球が、やばい。



しかも、ここの世界から、見放されるなんてことになったら、空間の制御もしてもらえなくなるわけだろ?




そしたら、もしかしたら僕はこのままこの世界に残ることになるのかな。




帰る場所は残されるのかな。



いやむしろ帰れるのか?




っていうか、僕はここで何をすればいいんだ?






部屋の真ん中にあるソファのひとつに浅く座りながらそこまで考えて、はたと周囲を見回した。





「あ。」




ばっちりと右京と目が合う。





「クミ…は、どっちに居たい?」





いつになく、真剣な顔で訊ねる右京。




が、直ぐに訝しむように眉が寄せられた。








「…なんで、笑ってるの?」


右京の言うとおり。



僕は、笑ってた。




左京と鍵師も、僕を見つめてやっぱり不思議そうな顔をする。






「…なんか、面白いことでもあったのかよ?」





左京が不機嫌そうに言った。




当然だ。



この状況で、笑えるなんて相当タフなのか、または頭がおかしいかのどちらかだ。


「いや、、そうじゃなくて…」





そういう楽しい部類の笑いじゃなくて。





「これは、自分に呆れた笑い、だよ」





自嘲、だ。




「?どういうこと?」




右京が訊ねる。




「僕はさ…毎日、どーでもよかったんだ…」




笑いは、深い溜め息に変わる。




「時間に追われて、周りに流されたり留まったり…そこに自分の意思なんかなくてさ。」




子供の頃、戦隊物のアニメを見ては、無邪気にヒーローになりきっていた。



大きくなるに連れて、知る。



ヒーローなんて、この世に居ない。




特別な力、なんて、誰も持ってない。




男だからって、誰もが虫が平気なわけじゃなく、



男だからって、誰もが力が強いわけでもなく。



誰もが。



必死に生きている毎日。




僕は、そんな風に頑張って生きるのは、嫌だったんだ。





「右京には、前に言ったことがあるけど、、、明日地球が滅びようが、別に構わなかったんだ。」





自分がここにいること。



それ自体が、なんでもないのに、苦痛だった。





別に不幸な境遇なわけじゃない。



そこそこの家庭。




普通の父親に、



どこにでもいるような、小うるさい母親。




優秀な兄貴。




どこの家族もするように、兄弟が比べられるのなんて当たり前で。





「自分の居る意味が、時々わからなくなって、もがいて、疲れて。そんなんだったら、一日一日楽しんだ方がいいと思ってた。将来(さき)のことなんか、考えなくていいって。どうせ、明日死ぬかもしれないんだから。」




こんな心の内を、どうして僕はこんな3人に語ってるのか、途中でわからなくなってきた。




けど。




「今、地球が切り離されるって知った時。こっちの世界に留まるか迷った時―」





僕は。




「帰る場所が残されていないと知って、残念に思った。」




自分の馬鹿さ加減に、呆れ果てている。




「死ぬのが、惜しいと思ったんだよ。」




こんな、土壇場で、そんなことに気付くなんて。



自分は何て、滑稽なんだろう。



ホントにただのヘタレだったんだなと思った。




弱虫で、どうしようもない奴だ。




僕は俯き、床を見つめた。




やっぱりね、と罵られるのは必然だろうと考えていた。




だけど。





「…良かったね!」





底抜けに明るい声が、響いた。





「―へ?」




罵倒されても仕方ないと思った。



馬鹿にされたって、当たり前だと思っていた。




なのに。。。



今、右京は、なんつった?




思わず顔を上げて見つめた少女は、笑顔でこちらを見ていた。






「大事なことに、気付けて、本当に良かったね!」




「だな。」





右京の言葉に、左京も頷いた。





「それがあるから、『守ろう』とする気持ちが生まれるんじゃ」





鍵師が言葉を添える。




「これで、やっとおんなじ、だよ!守りたいモノ、に気付けたんだもん。」




右京は感慨深げに、いやー、良かった良かったと言っている。





「…で?地球を失いたくないと気付けたタクミは、どーするわけ?」





左京が腕組みをしながら、訊ねた。






「……地球が助かる方法はあるの?」






僕の言葉に左京は鍵師と顔を見合わせる。




そして同時にこっちに振り向き、




「―ない」





ご丁寧に二重の声で首を振った。





「地球は、悪くないのじゃ。要は人間の使い方の問題じゃからな。」





鍵師の言葉は人間の僕にはやけに痛く突き刺さる。




僕一人のせいではない。



かといって、じゃあ、関係ないかというとそうでもない。



代々受け継いでいる負の遺産だ。




でも、引き返すことはできない。




「まぁ、絶対零度の鍵を使えば、とりあえずは持ち直すだろうよ」




左京がなんてことはないように付け足す。




「たぶん、タクミが生きてる間は平気なんじゃないかのぉ。」




鍵師が顎の毛をいじりつつ、呟いた。





「時間の流れが、こことは違うからの」





そ、そうなのか。




僕はこっそりと安堵の溜め息を吐く。




いやいや、自分の時代さえ良ければいいってわけじゃないんだけど。




っていうか、絶対零度の鍵も、ないんだけど。




ていうことは、まだ安心できないんだけど。





「切り離されると、致命的だよねぇ」




そこに、右京の爆弾発言が落とされた。




鍵師も左京も「あー確かにー」と頷いている。




「それって、つまり空間の世界でコントロールされないからってこと?」




「そーゆーこと」




僕の疑問にすっぱりと答えてくれる右京。





「鍵を使えば今回の危機はまぁ、逃れられる。けど、切り離されたらオワリは早いわよ」




遠くを見つめるように僕から目を離して右京が言った。





まじかよ。




僕は文字通り、言葉を失った。






「……だから、蓮貴を封印して、絶対零度の鍵を使った後、切り離すことになった時には…あたしは鳳凛に申し立てをするつもり。」





「…え?」





一瞬伏せられた目が、再度僕を捕らえた時、右京は柔らかく笑っていた。




「げ、それ本気?」




左京がげんなりした様子で訊ねた。




鍵師は何も言わず、面白そうに右京を眺めている。





「あたしは、王様が好き。ここが好き。この仕事が好き。それに加えて地球も好きよ。だから、クミ、安心して。あたしがクミの地球を守ってあげる!」





自信満々に言い放つ、右京は格好良い。



どっかのヒーローみたいだ。




非力な僕の助けなんかきっと必要ない。



それは以前鍵師にも言われたことだ。





「して、タクミはどちらでそれを見届ける?」





地球に戻って、いつも通り平凡な毎日を過ごしながら、自分は傷つくこともせずに、ただ待つことも選択のひとつだろう。





「僕は―」





僕は目の前の事から逃げるのは、得意だ。




けど。





僕はまだ、ヒーロー志望をやめちゃいない。






「この、世界で、見届けたいです。」





3対の視線がじっと注がれる中、僕は自分の進む道を、自分で決めた。






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