作戦会議

「ただいまー」



夏真っ盛り。もうすぐ8月になるという夜のこと。



僕は予備校から帰って来て、そのまま自分の部屋に向かう。



トントンと音を立てて階段を上っていると、下からおかんの声が聞こえる。




「あ、今ご飯あげといたから。卓も今温めるから、着替えたら降りて来なさいよー」




「あーい」




適当に返事して、僕は自分の部屋のドアを開ける。




「あ、おかえりー」




まず視界に入ってきたのは、右京が僕のゲームをしている所。



次に見えるのは―




「うーむ。タクミの母上は凄腕の料理人じゃ」




金色の猫が口の周りに鰹節とご飯を付けながら、もごもごしている光景だった。


元々そんなに物は置いていなかったが。



ただでさえ、クソ暑いのに、人口(?)密度が高い。



人が汗を流して帰ってきたというのに、僕の部屋のクーラーをガンガンに効かせて我が物顔で涼む客人たち。



なんとなく理不尽さを感じるのは僕の心が狭いのか?




遠慮っていう言葉を、あちらの世界の住人たちは知らないのかな?



つーか、世界滅亡の危機なのに、あまりに悠長に構えすぎなんじゃないのか?




軽く眩暈を覚えつつ、とりあえず鞄をどさりと置いて、自分の着替えを取る。




「クミー、ここのボスが倒せないー」




右京の声を無視して、僕はドアを閉める。




「けちぃー」



「右京、ワシもやってみたい」




閉めたドアの向こうから、ふたつの勝手な声が聞こえ、益々脱力する。



廊下で一人、溜め息を吐き、昔兄貴が使っていた隣の空き部屋(今は右京の寝る部屋になっている)に入ると、シャツと短パンに着替える。



僕は自分の部屋で着替えられないのか―



色々おかしいなと考えつつ、下に降りてリビングに向かった。



「でも珍しいわねぇ」



湯気の立つ食卓に、手を合わせていただきますと呟き箸を付けると、おかんが湯呑みにお茶を注ぎながら笑う。




「動物が好きでもないあんたが猫拾ってくるなんてね」




そうなのだ。



僕は動物が好きじゃない(自分も動物だといわれればそうなのだが)。



犬とか猫とか、飼いたいと思ったことが無い。




その僕が、何故、猫を家に入れたのかと言うと―




僕は沢庵を口に運びながら、あの日の光景を思い浮かべる。



―『鍵師さぁ、今ここに住んでんの?』



宣言通り、ちょっと眠っただけで、全回復したのかと思うほど右京は元気に起き上がった。



そして、起き上がるなり鍵師にこう訊ねたのだ。



鍵師は右京と同じように温度師に突き落とされてから、地球に着いた際、幸いなことに怪我はしていなかったようで。



とりあえず何処に来てしまったのかがはっきりする迄は、どこかに隠れていようと思ったらしい。



運の良いことに、使われていない工場を見つけ、そこに潜みつつ、この街を観察していたという。



そして、気づく。



自分の姿はどうも受け入れられないようだ、と。



話す言葉も違う。



それで、鍵を使った。




『ワシはいつもいくつか鍵は持ち歩くことにしているんじゃ』



鍵師はそう言って、鍵の束を見せてくれた。



鍵って言うから、文字通り鍵の形を想像していた僕はそれが間違いであることに気づく。



鍵は様々な形をしていて、大体が円い。



ビー玉を大きくしたようなものが多く、中に必ず何かが入っている。



例えるなら雪の結晶みたいなものが。



その中に【適応の鍵】があるのだという。



元々暑さには弱くない鍵師は、気温には慣れたものの、暮らしていく為にはここの姿と言葉を手に入れなければならない。



そこでその【適応の鍵】を使う。



すると、たちまち現地に溶け込める、というワケで、鍵師は猫の姿になったらしい。




『えー、あたしは?あたしそんなのやってないよー!なのに羽もないし』




不思議がる右京に、鍵師がこともなげに言う。



『右京は灼熱の国にも出向いたのじゃろう?王がどこの空気にも対応できるよう術をかけてくれなかったかの?』




『あ、そうだった。確かに!』




右京も納得。



僕だけ、ついていけないけど、毎度の事なのでもう流す。



そして元々煙好きな鍵師は、この世界の『煙草屋』に心奪われる。



通ううちに、煙草屋のおばあさんがご飯をくれるようになったようで、暫くは順風満帆のように思えた。



しかし―



どこからどう見ても猫にしか見えない鍵師だが、



猫の世界を知らなさ過ぎたようで。



猫の熾烈な縄張り争いに巻き込まれて、散々な目にあったそうだ。



その為、煙草屋にはたまに顔を出し、ほとんどは工場で過ごしていたのだと言う。




『じゃあロクなもの食べてないんじゃないの?』




一丁前に右京が心配するので、なんとなく嫌な予感がした。




『クミん家に来るといいよ。クミのお母さんは超料理美味いからさ!』




悪い予感っていうのは、よく当たるもんだよな。


これで家には一人と一匹、へんなのが増えた。



おかんは動物が好きだし、昔猫を飼っていたこともあってか、この状況にとても喜んでいる。



待望の娘も出来たので、最近機嫌も良い。




「ごちそーさま」




もう結構遅いので、おかんは風呂に入ってしまったし、一人呟いて後片付けをする。



そういや、今年の流星群、日にちはいつだったっけ。



洗い物をしながら、ぼーっとそんなことを考えていると。



リビングの扉の隙間から、4つの目がきらっと光った。




「ひっ」



思わず仰け反る。



よく見ると、小さいトーテムポールみたいに重なって、右京と鍵師がこちらを見ていた。


「お、驚かせるなよ…つーか、入るなら入れよ」



半ば呆れながら声を掛けると、二つの影はそそくさとリビングに入ってきて、テレビ前のソファにちょこんと座った。



「ふっ、クミ、泡だらけ」



驚いた拍子にスポンジを強く握ってしまったせいで、シャツに泡が付いている僕を見て、右京が馬鹿にしたように笑う。



「小心者じゃのう」



やれやれと鍵師が呟く。



…僕はこのコンビ、キライだ。



どう考えても観光に来た外人にしか思えない。



「…ゲームしてたんじゃないの?」



皿をすすぎながら訊ねると、二人はあぁと顔を見合わせた。




「なんか、最初に戻っちゃった」




ピタ、と僕の手が止まる。



最初に…



戻っちゃった…?



「なんか真っ暗になっちゃってねー」



「うむ。あれはよくわからん」




リセットしたんだよ、それはきっと。


心の中で僕は呟く。


僕の記録もきっとなくなっている筈だ。



最後のボスだったのに…



後はレベル上げるだけだったのに…



ショックで眩暈を感じながら、僕はなんとか皿を洗い終えて、タオルで手を拭った。



怒るな、僕。



冷静になれ。



元々僕の部屋に入り浸っているこの客人が、ご飯を食べる時以外でリビングにまで下りて来るのは珍しい。




「で。なんでこっちに来たの?」




なんとか普通のトーンで訊くことができたように思う。



「作戦会議、しようかと思って」



右京は両足を抱え込むようにしていた手を解いて振り返ると僕を見た。



「作戦?」



僕が首を傾げながら、先程夕飯を食べながら座っていた椅子に腰掛ける。



ソファは食卓には背を向けているが、右京は振り返って背もたれに肘を突いて僕と顔を合わす。



鍵師はベランダ側の涼しい場所にだらしなく寝そべって、碧の目だけをこちらにちらりと向けていた。




「これから、することの。もう、余り時間がないわ」




右京が言うと、たまに本気なのか冗談なのかわからなくなってくる。




「具体的に、何をしなくちゃならないの?」




僕は本当に何もわからないので、この二人が動き出すのを待っているだけしかできなかった。



そして毎日見ていれば見ているほど、地球滅亡なんて嘘なんじゃないかって思えてくる。



それ位、この二人はゲームをしている。




「ここ数日、ずっと気を張って、あたしたちの世界の住人共が入ってきていないか感じ取っていたんだけど…」



え、そうだったの。



僕が目を瞬かせると、鍵師が、



「どーせ、タクミはワシらが遊びほうけていると思っていたじゃろうがな」



かかかっと笑った。



「ま、まさか!何言ってんですか」



しらばっくれてみたけど、鍵師には何でも見透かされていそうだから無駄かな。



「そうだよ、クミはそんな風にあたしたちのことを見たりしないよ!」



…あぁ、そんなに信じられても心が痛む。



「…で、きてるの?」



話を戻そうと(変えようと?)先を促す。



「…こない。…いや、正確には、もうすぐ…来る」



右京はそう言って、嫌な顔をしている。


「何それ…」



さっぱりわからない。



「誰が来るの?ってか右京寒いの?」



僕が訊ねると、右京はうん、と頷いた。



「悪寒がする…」



え、大丈夫なんだろうか。



風邪ひいちゃったんだろうか。



心配する僕を、見ながら、鍵師は声を立てて笑った。



「大丈夫、そんなにヤワじゃないし、右京のは心理学的な悪寒、じゃよ」



益々意味がわからない。



釈然としない思いで、暫く時を待つ。



「来た」



暫くすると、右京は耳を欹(そばだ)てるような格好をして言った。


途端に、開いていたベランダの網戸から強い風がビュッと吹き込み、カーテンを舞い上げる。



「え、なに?」



無風で熱帯夜だなと思っていた。



予備校からの帰り道、風が吹いているなんて微塵も感じなかった。



なのに突然吹き込む、この風はなんだ?



部屋の壁に掛かるカレンダーがペラペラと乱暴に捲られる。




そして―



「?!」



網戸が自動ドアのようにスッと開く―




「左京…」




呟く右京の声と共に、部屋の中に入ってきたのは、一羽の白い鳩だった。




片翼の。



先程までの光景が嘘だったかのように風はぴたりと止んだ。




「暫くぶりじゃのぉ、左京。お主は中々店にやってこんからの」




ソファから腰を上げるでもなく、さっきと変わらない寝そべった体制で、鍵師は静かに言った。



白い鳩は、珍しい深い藍色の瞳をパチパチさせて、クルクルと笑った。



嘲笑う感じ。



鳩でも、性格が悪そうなのってわかるんだなぁとぼんやり思う。




「左京はいつも隠れていなくなっちゃうかんね。役立たずー」




右京は不貞腐れたように言う。



そんな右京を鳩は楽しそうに眺め、やっぱり笑っているように見える。




「なんであんたそんなんになってんのよ」




尚も、右京がつっかかると鳩は自分の姿を眺めた。




「羽根を失いたくなかったから」




片翼をピンと広げて見せると、確かに鳩はそう言った。



僕は自分の耳を疑う。



でも、猫もしゃべったんだから。



鳩もしゃべったっておかしくはないのか。



自分の中で、心の整理をつけつつ、僕は目の前の状況を飲み込もうとした。




「で、誰コイツ」




飲み込もうとしたものがつっかえて、僕はピキと固まる。



鳩に…



コイツ呼ばわり…



なんで?コイツにコイツ呼ばわり…



「あぁ、クミだよ。人間の」



右京がなんでもないことのように答えると、鳩がいきり立つ。



「はぁ?人間?」



そう言うなり、ソファに座る右京の目の前まで片翼で飛ぶと怒鳴った。




「お前なんで人間なんかと一緒に居るんだよ!?」



幼い声だったから、直ぐにはわらかなかったけど、この鳩は男だ。



少年の声で、鳩は激しく怒っていた。



幼い怒り方で。



「早く答えろよ!3秒以内に答えないと王様にいいつけてやっかんな!」



右京はそんな鳩をつまんなそうに見て、



「うるさい」



とだけ言って、耳を塞いだ。




「お前、嫌いだったろ!こいつら人間なんてロクな奴じゃないって言ってたろ?俺らが巻き込まれてる被害者なんだぞ!」



構わず鳩は喚く。



鳩の言いたいことは、なんとなくわかった。



右京が人間を嫌いなのと同じように、この鳩も人間というものが大嫌いで、


それなのに、行動を共にしていることが、許せないのだ。




わかったからと言って、僕にはどうしようもないのだけど。



「…このクミは、右京の命の恩人じゃよ、左京」



それまで黙ってみていた鍵師が、優しく言う。



「…恩人??」



鳩が首を傾げた。



「左様。右京の羽がないのが見えておろう。全て生え揃うまでには何ヶ月もかかるだろう。温度師に負わされた致命傷だ。」



鍵師の言葉に鳩は右京の肩に止まり、暫くじっとしている。



多分僕が思うに、右京が僕と握手して色々な情報を引き出したのと同じようなことをしているのだと思う。



鳩の癖に何かに集中しているような、真剣な顔をしているからだ。




「…ふん」




少しの時間が経つと、鳩は忌々しげに呟く。




「どうせ命はとられるのに、生かされたのか」




そして鳩はソファの端に腰を下ろし、羽を前で組み、胡坐を掻いた。



鳩って胡座かけるんだ…



僕は変な所に感心する。




「左京は、あたしの双子の弟なの。」




右京が心底嫌そうに紹介した。



へぇ、双子だったのか。


道理で強気な所が似ている。青っぽい目の色も…



でもー



「なんで鳩?」




右京は人の姿をしているのに。




「今は鳩になってるみたいだけど、元はうっさくてでっかい、バカでどうしようもない奴なのよ。」




説明になってない気がするけど。




「うっせーのはお前だろ、阿保女」



胡坐をかいた鳩がギロリと右京を睨む。



「はぁ?!ふざけないでよ、あたしのどこがうるさいって言うのよ!」



「すぐそうやってカッとなる辺りがうっせーつってんだよ、ばーか」



小学生のような喧嘩が勃発。



「あんたねぇ!そんな偉そうに言える身分なわけ?情報収集とかなんとか楽な任務なんだから、ちゃんと遂行しなさいよね!交信が途絶えてから迎えにくるまでこんなにかかるとか信じらんないんだけど!これだから弟に任せるのは嫌よね!」



右京がわあわあと一気にまくし立てると、今度は左京が応戦する。



「元はと言えばお前がヘマしなけりゃ、灼熱の国との交渉に時間がこんなにかかることなかったんだよ!白虎だって倒せてねーじゃねぇか!だから女には任せらんねぇわな!」



「へーぇ?偉そうに言っちゃってさ、鍵屋にさえ行かないあんたにそんなこと言う権利があると思ってるの?今回のだってやる気があんたにないから私が行くことになったんじゃないの!それに所詮あんたは弟なの。姉の方がどうあがいたって偉いのよ、弟よ。」



「はあ?バカじゃねえの?」



お互いにとっては、ただの姉弟喧嘩だが。



見ているこちらにとっては、人VS鳩だ。



かなり、滑稽だ。

 


動物愛護団体が発見したら、右京は捕まるかもしれない。



そんな風に思いながら、夜遅くにこんだけ騒いでいて、おかんがこないかヒヤヒヤする。




ーこの人たち、何しにきたんだろ。



呆れながらも、心配していると。



「そこまで。」



老猫の鍵師が比較的大きな声で、終戦を促した。




「…さぁ、とりあえずこれで揃ったことだし、作戦会議を始めるとしよう」


ピタリと止んだ二人に満足したように、鍵師は言った。


あぁそうだった。



確かにさっきそう言ってた。



本当にやる気あったんだ。


僕は食卓の椅子。


右京は、ソファ。


鍵師はソファの肘の部分。


鳩はソファの背もたれ部分。



それぞれの位置で、作戦会議なるものが始まるらしい。



ま、おかんも寝室に入ったみたいだし、僕の部屋でこの数はちょっと狭いし、いっか居間で。



誰が、こんな戸建ての居間で、地球滅亡についての会議が開かれるなんて考えるだろう。



しかも、張本人達は寛ぎきっている。



とてもそんな雰囲気じゃない。



が。事実なのだから、仕方ない。




「…まずは、左京。向こうの現状報告をお願いしたい」



議長は鍵師だ。


「えっとー」



鳩はすごく面倒臭そうに話し始める。



「右京が出てから色々とこっち回ってきちゃって事務仕事が大変で…」



「そこは省いていい」



自分の仕事ぶりを話したかったであろう左京は鍵師のぴしゃりとした言葉に顔をしかめた。



「…まず入ってきた情報が、鍵師は拉致られたらしいってこと。それですぐに俺も右京に報告したんだけど、右京は右京で鍵屋で色々見つけたらしいんだな。俺も右京を通して大きな毒の爪痕を見た。んで、王に報告して、王は灼熱に使者として右京を向かわせることにした。」




渋々ながらも意外とまともな報告をするんだなと内心思いながら、僕もなるべくついていこうと耳を傾ける。




「だが、灼熱の国とうちの国交はほとんどない。必要ないからだけど。だからそれぞれお互いの国情には疎い。それで何百年ぶりかに行って見たら、なんと灼熱の国では謎の獣が暴れまくっているときた。」




「極寒に使者も使わしていたと言っていたわ」



右京が補足する。



「そう。それでも使者はこっちに来ていない」


右京の言葉に軽く頷きながら、左京が続ける。



「つまり、獣に食われちゃってたワケだけど、そんなことを知らない灼熱の王はこっちが喧嘩を売ってると思っていたんだな。挙句、獣自体もウチの回し者かと踏んでいたらしい。」



「そんなわけないじゃない」



右京が黙っていられず、呟く。



「そりゃそうだよ。でも、灼熱の王はかなり参っていた。連日の獣騒動。警備隊を増やしたにも関わらず、一方的に蹴散らされていく。国民を守る必要もでてきて、てんやわんやだ。」



左京も肩を竦めるような仕草をした。



「それで、右京が獣をやっつけて献上したら万々歳、大成功だったんだけどな。」



「うぅ。。。だって、あの子自体は悪い子じゃなかったし、操られているのがわかったから、とりあえず街から離せばいいかと思ったのよね…」



右京が罰が悪そうに縮こまる。



「だからお前は甘いんだって。獣ごときに同情するなよ。それで、右京との伝心ができなくなった。俺もそうだけど、王も焦った。かなりまずい状況だったからな。このままじゃ灼熱の国が攻めて来かねない。そこで仕方なく、この俺様が、灼熱の国に出向くことになったんだよ」



左京は偉そうにふんぞり返る。


鳩なので、鳩胸でかなり膨らんでいる。



「で?」



偉いとも何とも思っていませんよ、という態度を顕にしながら、右京が先を促す。



「で、案の定でてきた獣を、ちょちょいのちょいで始末して、王に持っていった。王の喜びようったらなかったぜ。それで俺も今回のことについての協力要請をできたってワケ。それでウチの王と会談の場を設けた。」



「えー!あの子、殺しちゃったの?!」



右京の悲しげで非難めいた声が響く。



「…まぁ、お前がいっつもそーいうもんだから、気絶する程度にして檻ん中に閉じ込めたんだよ。」



左京がぽりぽりと頬をかく仕草をした。



僕から一言いわせてもらうとすれば、そこはそんなに重要じゃないと思う。むしろ会談の場の方が大事だと思う。



「…そして、会談はどうなったのじゃ?」




さすが、議長。



話の流れが間違った方向へ行くのを防いだ。



「右京が落とされた時、ちょうど俺も意識をそっちに移そうとして居た所で、右京が気を失う前に、温度師のワードだけを思い浮かべてくれていたから、温度師が絡んでいることは予想できたんだ。それで、二人の王の会談ではそれが確信に変わった。」




そこでひと息つくと、左京は僕を見る。




「喉が渇いた」




「あ、あたしも」




「あ、ワシも」




一人と一匹と一羽が、僕を見つめている。



僕はアレですか。


会議にお茶を運ぶために待機しているOLという立ち位置ですか。





とは言えずに、僕は苦笑いと共に、飲み物を取りに冷蔵庫に向かった。


つーか、鳩と猫は水でいいだろーが。



と思うのだけど、一応麦茶とコーラを用意。



驚いたことに全員一致でコーラを選択。



初めて飲むらしく、暫くわいわい言いながら、それぞれ楽しそうに酒を飲む如く飲んでいる。




「それでまぁ、空間に歪みが生じているという事実にいきついて―」



「待った」



今度は珍しく議長自ら声を掛けた。



「王は二人共雨を読まなかったのかの?」



「比較的若い王達だからな。古い書物を引っ張り出してきて二人で見てやっと意味を把握したそうだ。」



「嘆かわしいことじゃ。」



呆れたように鍵師は首を振る。



そして、続けてと言いつつ、コーラを舐めた。




「で、今回のことと、温度師がどう関わっているかというと。両国は同じ時にそれぞれ星がひとつ危険な状態にあることを宣告されている。まぁ、確かにどちらも成績の悪い星だったそうだが、鍵を使えば時間稼ぎはできて、これからどうするかを練る位の余裕はあったらしい。なのに、各王は各々鍵師を失った。」




そこまで話すと左京は喉を潤すために、コーラの入ったグラスにくちばしを突っ込んだ。



コーラは骨を溶かすというので、鳩の細い骨が溶けてしまうのではと僕はさっきから心配している。



「私達の国には鍵屋は必ずあるの。ある意味全てを可能にする道具であり、民間の者はあまり出入りはしない店でもある。国ご用達っていうのかな。国関係の仕事についている者達がよく使うのよ。そして王の命令でしか作ることの出来ない鍵がひとつずつある。それがウチだと【絶対零度の鍵】なんだけど…」



右京が僕にわかるように説明してくれる。




「その鍵を右京はなくしたことになっている、な。」




左京が続きを言う。



「だが、それが実は紛失でもなかったということになった」




「え?!」



ちょっと落ち込んだ雰囲気だった右京ががばと顔を上げた。



「どういうこと?」




右京が飛びつかんばかりに訊ねると、左京はふふんと笑った。



「実は灼熱の国でも鍵の紛失事件が起きてたんだ。しかも、あそこは鍵屋と城が近いからな、使者が紛失する距離がない。なのに、だ。使者は突然の雨と共に、真っ黒くてでかい鳥に襲われたと証言した。」




「黒くてでかい鳥…」



右京が神妙な顔つきで繰り返す。



「そして大雨と黒い鳥が雷鳴と同時に姿を消したときには、持っていた鍵がなかったと、な。」



「あぁーーーーー!」



右京が突然大きな声を上げた。



左京も鍵師も予想していたようで、びくっとなったのは僕だけだ。ずるい。




「いた、そーいえば、バタバタとうるさい羽音が雷のあと聞こえたわ…それに小鳥が漆黒のでかい鳥が雷鳴と一緒にいなくなったと言ってた。温度師が絡んでいるのはわかっていたけど…あの時だったのね…」



「多分、落雷に驚いて目ぇ瞑ってたから気づかなかったんだろうよ。相手は鍵を狙って、空の表情が変わるのを待っていたんだ。かなりの早業だったはずさ。右京はビビリだからなぁ」



はぁーぁとわざとらしく溜め息を吐いた左京の頭をパコンッと右京が殴った。




「いってぇー馬鹿じゃねーの!?お前!今の俺の姿を考えろよ。いつもの馬鹿力じゃ吹っ飛んじまうだろ!」



頭をさすりながら、若干涙目の左京が怒る。



「…で、灼熱の国では何が起きたんじゃ?」



議長は先を御所網です。



僕もです。



「灼熱では、雨が降って止んだ後に、今度は雪が降ったらしい。それが世界が混同する予兆なんだと。こっちでは快晴がそれを意味するように。そして―」



左京はそこで言葉を切ると、右京をじっと見た。



「モンスターが国を脅かすようになったんだ。白い毛並みの黒い毒を持つ獣がな。向こうの鍵師は命を落とした。」



左京が悔しそうに言った。



「灼熱は鍵師が居なくなった。とりあえず俺は極寒の鍵師が生きている方向を信じて右京と合流するように命じられた。空間の歪みが今大分広がってきてしまっているから、こっちにくることはワケなかった。それで、今に至るってこった。」





「…左京。報告感謝する。どうやら、我が世界は温度師の裏切りに合ったらしい」




議長が結論をまとめた。


「温度師が狙っているのは王の失脚だけではないのじゃろう。ワシも獣に店を襲われた。咄嗟に地下に逃げ込んだが、追ってきた獣は地下の材料の結晶たちをことごとく破壊した。ワシもあの獣に殺されそうになったが、、実はあの地下には空間の狭間がある。ちょこちょこと逃げ回るワシに手間取った温度師はワシをその狭間に落としたのじゃ。」



鍵師は自分の手の平を見つめた。



「だが…生き残ったところでワシは材料がなければ、無力じゃ。灼熱の国でも恐らく材料が破壊されていることじゃろう。あちらさんの鍵と、我が国の鍵。作れなければワシは存在する意味が無い。ならば世界を救う手立ては何じゃ?」




そのまま顔を覆う。



右京も左京も、項垂れた。




「あのー…」




そんな中で僕だけが、挙手する。




「なんじゃ、タクミ…」



議長がかろうじて僕を指名してくれた。




「温度師は、、今何処に?」




その質問に全員の視線が左京へと注がれる。




「温度師は…空間を自由に移動できるんだ。。だからあちこち飛び回っていてもおかしくない。行方知らずだ。追う事は難しい」



でも、犯人っていうのはさ、きっと。



「こっちでもよく言うんだけどさ、犯人は現場に戻ってくるって。多分、温度師ももしかしたら地球にやってきてるんじゃない?そいつを捕まえれば、鍵も返ってくるんじゃない?」




根拠はない。



だけど、可能性としてはなくないんじゃないか?




「うーむ…今の温度師の性格は偏屈で冷徹で良い所がひとつもない奴じゃ。どういう行動に出るか、わからんのぅ。神出鬼没というに相応しい」



鍵師が唸る。



「王からも、温度師を捕まえることができれば、という話は出ている。でも実際問題難しいんだよなぁ。。影の支配者といったっておかしくない。獣も操られていただけだから、温度師の情報なんてこれっぽっちも引き出せなかった。」




左京も考え込んでいる。




「問題はあいつの狙いよね。それによっては、こちら側に接触してくる可能性もなくはない。」




右京が呟く。



「こんなに力が集まって一箇所にいるんだもの。あいつはとっくに気づいているはずよ。」



三者三様に考え込んでいる。




「あとさ…その鍵の材料って、どこで取れるの?」




僕はさっきからの疑問を口にしてみる。




なくなったら取りに行けば良くない?って僕は思うんだけど。





「幻雪の結晶のことか…」





鍵師が反応する。





「幻雪の結晶は、実は温度師が集めてくるものなんじゃ。」





ため息混じりに落とされた事実は絶望的なものだった。





「だから、どこから手に入るのかは知らん。ワシもこの目でみたことがない。」





「だから、温度師は信頼の置ける者にしか任せられないのよ。」





右京が鍵師と気持ちを同調させるように言った。


うーん。



僕もこれで考え込むこととなった。



どうしたもんかな。



とにかく温度師の接触を待つしかないのか…



「誘(おび)き出し作戦てのはどう?」



三つの顔が皆してこっちを向く。



「おびきだし作戦?」



僕は頷く。



「温度師がこっちに来なくちゃいけないと思うような何かを考える。」




ちなみに僕の頭にその何かは思い付かないけど。




「そしたらやっばり、力を使うことかなー」



右京が考え考え、そう言った。




「力を使うことは、ここに居ますよって言っているようなもんだから…だけど、アイツ、来るかしら」



自信なさげに右京は俯く。



「温度師がこっちの世界を巻き込めるような亡(ほろ)びの星を探し出して利用したのにはきっと意味がある筈だ。空間が混じり、空間の世界の制御も効かなくなるどころか、滅びるわけだろ。そんな状況でしか出来ない何かがあるに違いない」



左京が難しい顔をしながら言う。




「…確かに、ある、な。いやでもまさか…」




鍵師が信じられないというように呟いた。



全員の視線が一気に注がれる。




「「何?」」



おぉ、双子のハモり。



「ううむ」



しかし、鍵師は言い淀む。



壁掛けの時計の針は、とっくに午前1時を過ぎている。



束の間の沈黙だったのだろうが、じれったく感じる頃。




「言い伝えられているかなり昔の話じゃ…」




鍵師が口を開いた。




「そうじゃな。今の温度師の3代前の話だそうだから。。3500年前くらいの話になるのかの。」




恐らく長いこと仕舞われてきたであろう記憶のかけらを拾い集めるように、鍵師はゆっくりと話し始める。




「温度師は王たちと違い、古くから伝わる温度師の一族の中から選ばれる。そして選ばれし者は母の胎に宿った時から定められておる。それは何者にも変えることはできない。勿論、そのために育てられるのだからそれなりに心定まっておる。しかし―様々な拘束がついて廻り、それに我慢ならぬ者も時として出てくる。」




誰もが、鍵師の言葉に耳を傾けている為に、時計の針の音がやけに部屋に響く気がする。




「ちょうど、今の温度師の―…曽祖父に当たる温度師がそうじゃった。」





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