砂漠の果て


【温度師】





 空間を支配する世界に、欠かせない役割を担う者。




 温度師は、この世界に一人しか居ない。




 血統は唯一無二であり、一族から選ばれし者は、この役割を死と引き換えに次の後継者に渡す。




 各空間を自由自在に飛び回る能力を持ち、首からぶら下げる温度計で監視・管理を行なっている。




 危険因子を早い段階で見つけ、対処するよう各国に喚起し、消滅を未然に防ぐ。



 それゆえに信頼の厚い者でなければならず、自身もその志を高く持つ者でなければならない。




その、温度師が。




なぜ。




右京の頭はとっくにキャパシティーを越えている。




怒りに任せて掴みかかろうとした温度師はゆらりと蜃気楼のように揺れて、実体がない。




右京は苛々していた。





「何をそんなに怒っているんです?」





嘲笑うかのように、温度師は笑顔で訊ねる。





「鍵師を何処にやったの?」





右京の質問に、温度師は笑うだけで答えない。





「答えなさいよ!」





「…いちいち、大声を出さないで下さい」





温度師の眼鏡がキラリと光る。

  




「これが静かに話してられるとでも思ってんの?」





むしゃくしゃしてしょうがない右京は、わなわなと怒りに震えた。





「このままじゃ、星が一個滅んじゃうのよ?!」





温度師は眼鏡のズレを直しつつ、面白そうに答える。




「別に、いいんじゃないですか?」





「なっ…」





彼の言葉に、右京は言葉を失った。





「勝手に、滅びたいんだったら、それで」





相手に触ることすら出来ないこの状況では、どんなに腹が立っても右京には手が出せない。




何しろ温度師はあらゆる空間を行き来できる能力のゆえに、実体が別の場所にあろうと姿を出すことが出来る。





「そんなことしたら、この世界の均衡もおかしくなるわよ!」





悔しさで、歯噛みしながら右京は叫ぶ。





「王が代わる―それだけのこと。」





淡々とした口調で、何の感情も出さず、温度師は言い放った。





「な!!!それだけのことじゃない!一体何が目的なの?!」





余りの理不尽な態度に右京の怒りは頂点に限りなく近づく。





「くっくっく…」





纏わりつくような、耳障りな笑い声が温度師から漏れる。





「相変わらず、極寒の双子は馬鹿なんだな。」





「何をぅ!?」





無駄だと分かっていながら、右京はもう一度、口調をがらりと変えた温度師に掴みかかった。




「頭が悪いって言ったんだよ。聞こえたか?」





掴んだ筈の空気が少し揺らいたが、温度師はじっと右京を見据えていた。




顔を真っ赤にさせながら、右京も負けじと睨み返した。





「ただね、君らもちょっと邪魔なんだ。暑苦しいからね。今回のことで案外早く動いてくれて助かったよ。鍵は、なくしちゃ駄目なんだよ?」





何もかも知っているかのように話す温度師に、右京は思い当たる。





「あの鍵!あれもあんたの仕業なんでしょ!」





くすくす笑いながら、温度師は頷く。





「今更?だから馬鹿だってんだよ。」





右京の怒りのボルテージは最早計測不可能だ。




「君たちは一緒に居て飽きないけど、仕事するのには邪魔なんだよね。だから―」





「!?」





そう言うと、右京の前で腕組みしながら話していた温度師は姿を消し-




眠ったのかと思うほど静かだった獣が、隙を見せた右京の背中にその鋭い爪を振り下ろした。





ザシュッ





それに続き、温度師が背後から実体を現したかと思うと、右京の背中を思い切り強く押した。





「羽根はもいどいてあげたから。飛べない場所にでも行ってみたら?」





右京は肩の鋭い痛みと、闇に落ち続ける自分の身体に悲鳴をあげないよう歯を食いしばる。





燃えるような肩の痛みと、底なしの闇に落ちていく恐怖とで。





自分の意識も薄らと遠退いていく。





「最後だから教えてあげるね。鍵師はとっくにどっかに行ったよ。君と同じようにね。」





楽しそうに笑う声が、聞こえる。





かすかに、どこかで、左京の呼ぶ声も聞こえた気がした。





だが。




応えることができないまま。




右京は心身ともに、闇に入ってしまう―

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