おかわり

 秋の、長い夕方。

 自慢のカウンター席に座り、やっと情報量がマシになった新聞と、今月10通目の手紙を読む。歯の浮くようなおべっかばかりの手紙にも、もう慣れた。


「イザベルー!!!」


 からんからん、と真新しいドアの鈴が鳴り、いつもの騒がしい声が聞こえた。と思ったら。


「イザベルっ! 私の手紙を読んでいるのか!? ああ、やはり慈愛に満ちた女神! 私の勝利の女神はイザベルだけだ! 結婚してくれ!」


 ごす、と背後からなにか小さなモノに抱きつかれる。その拍子に手に持っていたコーヒーが零れ新聞が濡れた。ぶん殴るぞ王女様。


「離れろっっ!」


 走ってきたギルバートが、へばりついた小さな金髪を私から引きはがす。そのまま私を抱きしめて、ぐううと威嚇している。いや、あんたも邪魔。


「だまれギルバート・ドライスタクラート! 貴様私の寛大さのおかげでイザベルの店に通えている身で厚かましいぞ!」


「うるせえええ!!俺がここに来れるのはレオが監視についてくれてるからだ!! 大体お前もレオのおかげで1人でここに来てんだろうが!! イザベルが迷惑がってるぞもう来んな!!」


「不敬罪だぞバカタレえええ!!」


 騒がしすぎる2人を放っておいて、レオが持ってきてくれた布巾で自慢のカウンターを拭く。


「イザベル、今日は店じまいが早いのは何故だ」


「大盛況につき売り切れよ。例の紹介記事で観光客が押し寄せてるの」


「そうか」


 城に乗り込んで、ギルバートをめぐりすったもんだあった今年の夏から数ヶ月。もう秋も終わりかけて、私は本当の意味で胸をなでおろしていた。ギルバートの首がとぶ気配は欠けらも無い。これで、これでやっと私の未来への反抗が終わったのだ。


 あれから、ドライスタクラート家のオクサマ、つまりギルバートのオカーサマは離島に隔離された。私はその前に一発殴りに行って、結果5発殴って帰ってきた。気分が悪くなるような言葉しか発さないあの女を、私は一生許さない。そんなやつをギルバートには会わせる訳もなく、最後のボロボロに憔悴しきった様子は多少憐れ、でもなんでもなく本気でムカついた。やっぱりもうちょっと殴っておけばよかった。レオがついてこなければ確実にもっと殴っていただろう。


 実権を握っていた人間が消えたドライスタクラート家は少し揺れたが、今はギルバートとその父がなんとかやっているらしい。ギルバートの父は病身を押してベッドの上から働いているようで、今度落ち着いた時にお見舞いに行くことになっている。将来、イトシゴであるギルバートが貴族の当主となることにも一悶着あったが、結局は王女様の恩赦で何とかなったらしい。


 そんなギルバートは今学校の寮に入っていて、なんとレオと同室なのだそうだ。それはレオがイトシゴの監視についているからなのだが、これも王女様のお口添えがあったためだとか。私とギルバートの会話が無制限なのも、私が元イトシゴというのももちろんあるが、結局は王女様の恩赦らしい。万能だな王女。


「イザベル、私の方がギルバート・ドライスタクラートより可愛いぞ? 権力もあるぞ? サイズ的にも、ナデナデするには私の方が良いだろう? なあイザベル?」


 猫なで声で私にベタベタとくっついてくる王女様。

 落ち着きなさい私、結構コイツのおかげで助かったんだから、多少は我慢しなさい。身売りは没落貴族令嬢の嗜みだと母に習ったでしょう。静まれ、静まれ私の拳。


「イザベル! 待て待て俺の方が美青年だぞ!? 顔の造形なら女の子にだって負けてない……よな?! 撫でる時はちゃんと屈むし!」


 私の頬に擦り寄るように、男とは思えないほどするりとまろい頬を寄せてくるギルバート。あんたも落ち着きなさいよ、何と張り合ってんの。


「イザベル、今日のおやつはクッキーが良い、と思う」


「ああ、あんたがこんなにマトモに見えるなんてね、レオ。ほらギルバート、クッキーだって」


「ぶはは残念だったなギルバート・ドライスタクラート! 貴様がクッキーを作るあいだ、イザベルは私とイチャラブだ! せいぜい私とイザベルのために働くがいい!」


 お姫様とは思えないゲスい顔でギルバートを指さすお姫様。


「くそおおおお!!!」


「イザベルと結婚した暁には、貴様を我が城のコックに迎えてやらんこともない。もちろんイザベルとは一切接触禁止にするがな!」


「そんなこと言うならおやつ抜きよ、王女様」


「え、イザベル、イザベルなんでそんな……うえええん!! イザベルに嫌われた〜〜!! 生きていけない〜〜!!!」


「うっっっさ」


 もうやだ、うるさいのが増えて本当に疲れる。

 その後、仕込みを終えたギルバートとお姫様が席を取り合いまた喧嘩して、私とレオがクッキーの取り合いで若干喧嘩して、夜の鐘が鳴った。


「ほら、門限よ。帰りなさい学生達」


「なあ、イザベル。今日城に来ないか? 一緒にバラ風呂にはいろう? なあ、イザベル? ボディクリームの塗りあいっこしよ?」


「離れろこの変態が! イザベルに変なことさせんな!! イザベル、ちゃんと戸締りしろよ! 夜更かしすんなよ! それから」


「レオ、この2人連れて帰って」


「承知した」


 レオはお姫様を片手で抱え、ギルバートの腕を掴んでスタスタと店を出ていった。


「イザベルーー!! また明日ーーー!!!」


「はいはい、また明日ね、あほバート」


「私も明日来るからなああ!! イザベルーーー!!!」


「近所迷惑」


「うえええん!!」


 からん、とドアが閉まった。

 静まり返った店で、明日のことを考える。

 明日もきっと騒がしくなるだろうから、零すと面倒なコーヒーを飲むのはやめよう。明日の夜ご飯はきっと、多めに仕入れた魚の残りが出るだろうから覚悟しておこう。それから、それから。


「ふふ」


 待ち遠しいこれからも、私達の未来なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る