26食

 

「私と勝負しろ、イザベル・フィアリストクラット!」


 ドヤ顔のお姫様は一旦無視して、荒い呼吸で剣を握り続けるギルバートの元へ歩いた。


「おい、貴様私を無視するとは」


「ギルバート」


 あれだけ騎士達を殴り、今もなお剣を握りしめている手からは血がダラダラと流れている。この間私を助けた時の傷が開いたのだろう。

 ふうふうと興奮しているギルバートに近づいても見向きもされなかったので、若干イラついて思い切り首に抱きついた。首筋に頬を寄せれば、柔らかな銀髪がくすぐったい。すう、と息を吸えばギルバートの匂いが血の匂いに混じって鼻を通った。

 からん、と剣が落ちた音がする。


「!? え、あの、え!? い、イザベル!?」


「ね、だから言ったでしょ。私、絶対あんたを助けるわ」


「え」


「生まれてからずっと、私は未来のあんたばっかり見てきたんだから。これからは、今のあんたを見せて」


「い、イザベル……?」


 ぱ、とギルバートから離れて、その顔をのぞき込んだ。きょとんとした美しい瞳に映る自分が、鼻血ダラダラでだっさかったので、とりあえず鼻血は拭いておく。唇についた血は取れなかったのか、銀の瞳に映る私の唇だけがやけに赤かった。


「ま、まあ。私以外には似合わない口紅ね」


「はうぅっっ」


 苦し紛れの言い訳に、後ろから王女さまのものらしき謎の声が聞こえたが、無視する。

 屈ませたギルバートの頭をひとなでして、まっさらなおでこにグッド店主的キスをお見舞いしてから、振り返って赤い顔でぷるぷると震える王女様と向かい合う。どうした第一王女さま。


「ぎ、ギルバート・ドライスタクラート……!! やはり斬首も視野に入れておく!!」


「あんたを踏んじばって城爆破してやるわよ」


「じょ、冗談だ」


 王女様はごほん、と咳払いしてから、チラチラこちらを見てはもじもじとするを繰り返し始めた。一体何がしたいのよ。


「い、イザベル・フィアリストクラット……な、何で勝負する? か、駆けっこなら、私はこの3年で1秒もタイムを縮めたんだ。将棋も、何冊も本を読んで、愚兄を負かせるほどにはなった。ど、どうする?」


「知らないわ。あんたが売った喧嘩なんだから、ちゃんと自分で決めなさいよね」


「う、うむ! 分かった!」


 チラチラこちらを見ながら、ほんの少しずつ距離を縮めてくる王女様。なんだこの時間、めんどくさいな。


「駆けっこにしましょう。あそこの木がゴールね、はいよーいドン」


「えっ!?」


 走った。そのまま追いすがる王女様を寄せ付けず、私は独走状態で木にタッチした。


「ゴール。私の勝ちね、ギルバートは連れて帰るし、ドライスタクラート夫人についても頼んだわよ」


「う、うえええん!! また負けたああ!! い、イザベル、イザベルに負けたあああ!!」


「うっさ」


 さっきまでの威厳を失い、地団駄を踏みながら顔を真っ赤にして泣き出したお王女様。コイツこれだから苦手なのよ。思わずため息をついたらより鳴き声が大きくなってうんざりする。うっさい。


「イザベル、状況の説明を」


「ああ、レオ。来てくれてありがとう、助かったわ」


 無表情のレオは泣きわめく王女様をじっと見つめている。そりゃあ珍しいだろう、こんなに無様な王女様。


「この王女様、昔からなんでか私に突っかかってくるのよ。1度わざと負けたら怒ってわめいて部屋から出なくなって大変なことになったから、毎回負かしてるの」


「い゛、い゛っ゛か゛い゛も゛っ゛!! 1回もイザベルに勝てない〜〜!!うえええん!!」


「泣くんじゃないわようっさいわね」


「だっ、だって、イザベルに、勝てたことがない〜〜!! 駆けっこも勉強も、ドレスの可愛さも〜〜!!」


「うっさ」


「イザベルが着てるドレスがいい〜〜!! イザベルみたいな髪色が良かった〜!! イザベルと同じ学校に入りたかったのに!! イザベルが居なくなった〜〜!!」


 泣きながら私に抱きついてこようと王女様が寄ってきたので、仕方なく胸を貸してやろうとしたのをギルバートが止めた。ひょい、と私の前に手を出して王女様をまるで犬か何かのようにしっしと追い払う。


「死ねぇぇえ!! ギルバート・ドライスタクラートおおおお!!」


「王女様が口悪いどころじゃないわね」


「イザベルは私のだああああ!! 贈り物だって毎月してるし求婚だってしてるんだっ!! 私の選んだ石鹸の香りがするんだイザベルは!! 結婚して毎日頭撫でてもらうのは、私だあああ!!」


「求婚はされた覚えがないし、あの匿名配送あんただったのね」


 本当にあほばかりの国なのか。


「この国もう終わりな気がしてきたわ……」


「うむ! いつだって国を傾かせるのは美女と決まっている! イザベルと共に沈むなら国も本望だろう! 私もイザベルとなら沈みたい!」


「ばかなの?」


「ひ、ひひ。イザベルの罵倒……久しぶりだ」


「キモイ」


「イザベル、この後暇か? 将棋やろう、お風呂一緒にはいろう、ドレス選びあいっこしよう」


 ひょこひょこ私の周りをうろつき、私の背後にへばりついているギルバートにしっしっと追い払われるこの国の王女。レオは無表情でじいっとそれらを見ている。


「嫌よ。お腹が空いたから帰るわ、じゃあね王女様」


「ソフィアって呼んでくれ! イザベル、イザベル手紙書いていいか!? 返事が来なかったら悲しいから、最初から書かないつもりなんだが! へ、返事をくれるか!?」


「暇だったらね」


「イザベルーーー!!! 結婚しよおおおおお!!」


「嫌」


 あんなに緊迫したギルバート奪還作戦は、こんなあほな幕引きを迎えたのだった。

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