24食

 小さな名刺。

 そんな紙切れに、剣を持った鍛え抜かれた騎士達が動きを止める。


 そう、皆呼吸を乱した。その一瞬の空白に、声を張る。思考の隙間を、場の主導権を握るチャンスを、私は逃さない。


「イトシゴに対する仕打ちを私はこの目で見たわ! この現代に、あんな明かりのない地下に人を拘束して囲うなんて、人権侵害以外の何物でもない! 私が死ねばすぐ、この情報が国外に伝わるわ!」


 嘘っぱちだ。

 城に乗り込む前に多少、この間の観光客ジャーナリストと連絡は取ったものの、先程見た情報を伝える細工をする暇などなかった。だが、そんなことを知る者はこの場にいない。


 だからこの切り札には、もう少し色をつけさせてもらう。


「国外での人権保障の風潮は知ってるわよね? こんなことが知れれば、後進国との誹りは免れない! 貿易にも影響がでるわ! タダでさえ赤字ばかりのこの国に、国際社会を敵に回す余力はあって?」


 知らん。国際社会に人権保障の風潮があるとか知らん。だが胸を張り、堂々と言う。

 これでもう、私から目を逸らせる人間など居なくなった。彼らは、完全に私のパフォーマンスを信じている。


「こちらの要求はイトシゴの解放と、ドライスタクラート夫人への恩赦のみ! それさえ通れば私はこの情報を粉々にして海に捨てるわ! さあ、どうするの!」


「イザベル・フィアリストクラット、それは国家に対する脅迫行為と解釈する」


「脅迫? 馬鹿言ってんじゃないわよ、私は今、この国と対等な取引きをしてあげてるの! そちらこそ、愚問は控えなさい。私の背後に国際社会がいると分かっての発言なんでしょうね?」


 レオの父以外の騎士達が、迷ったように剣を下ろした。私の背中を、たらりと汗が伝う。落ち着け、ハッタリだとバレたわけではない。ここで動揺でもしてみろ、全てが水の泡だ。


「イトシゴは、神との約束によりこの国のために尽くすことが決まっている」


 レオの父が、半身になって剣を私の頭に向けた。それだけで膝が震える。喉が震える、思考が助けてと叫び麻痺しかける。しかしそれら全てを無理やり立たせて、一番人の目を引く速さで唇を引き上げ、一番人の印象に残る表情で、笑った。


「だからこうして尽くしてあげてるでしょう? 本来、私は交渉のテーブルに座る必要なんてないんだから」


 嘘だ。ドライスタクラート家のクーデターを押さえなければならない私は、絶対にこの交渉を成功させなければならない。でも、そんな弱みは悟られてたまるか。

 あくまで、私は絶対有利に交渉を進めなければ。だって、私は1人だ。たった一人だ。男に殴られたらひとたまりもない、ただの人間なんだから。この交渉のテーブルでしか、私はアインツェーデルに勝てないんだから。


 だから、もう1枚の切り札を切った。


「私がイトシゴよ! 神に愛され未来を見た、国のために尽くすべきイトシゴは、この私よ! 神に愛された私を、簡単に殺せるとでも思って?」


 後ろのギルバートが身じろいだ。だが無視する。

 なにせこのカードは弱い。私はイトシゴだが、イトシゴだ。そんなものがどれだけの価値を持つのか、誰もはっきりとは決められない。だから、これは本来切り札足りえない。勢いとハッタリでなんとか、なんとか相手に隙を作らせたら御の字だ。


「あなた達が探していたのイトシゴは私! ギルバートは次代のイトシゴよ! 今回のイトシゴはイレギュラーだった! 私とギルバート、どちらか殺してみなさい! どうなるか分かったもんじゃないわよ!」


「イトシゴに関する虚偽の発言は大罪だ」


「だから本当のことしか言ってないわ。私は未来を見た。でも、なぜか生きている内にイトシゴでは無くなった。神様の気まぐれかしらね? でも、その気まぐれで次のイトシゴが生まれなかったらどうするの? ギルバートは、次のイトシゴとして私の未来を見たわ。私もギルバートの未来を見た。この意味、分かるわよね?」


 はい、嘘です。ごめんあそばせ。


「イトシゴだって人間よ! イトシゴに人権を! さあ、どうするのこの国は!」


 手札は切った。だからもう、勢いで押し通すしかない。


「陛下の耳を穢すまでもない」


 アインツェーデルが、王家の剣が、私を斬らんと動いた。なにも映さない黒い瞳が、一瞬ブレる。


 ギルバートが、咄嗟に私を庇うように腕の中に抱いた。だが、そんな必要はなかった。だって。


「ウィリアム・アインツェーデル。先の話は、陛下の判断を仰ぐべきものである」


 レオが来た。私達の、一緒にご飯を食べたい友達が来た。

 レオは、父の剣を紙一枚の隙間もなく首筋に受けながら、直立不動で言葉を紡ぐ。


「我々が判断すべき範囲を超えた話である。ウィリアム・アインツェーデル、剣をおさめるべきだ」


「レオ・アインツェーデル。お前に自身での判断を許可した覚えはない。自我を許可した覚えはない。レオ・アインツェーデルを鈍らせる物は、1つとして備えるべきでない。レオ・アインツェーデルは、人間ではない。レオ・アインツェーデルは、剣である」


「その暗示は、イザベルにより破棄された」


 暗示。

 何のことだろう、とギルバートの腕の中で、親子のものとは思えない会話を見る。レオの登場に気が緩み、お互い姓は同じなのにいちいち全部言うのか、などと場違いな感想ばかりが浮かんだ。


「私はレオだ。レオは、人間である」


「鈍った剣は不要だ」


 迷いなく息子の首をはねようとした男の剣は、レオが抜いた剣によって阻まれる。刃と刃が目にも映らぬ速度でぶつかりあったというのに、なんに音もしなかった。私には理解できないほど高度な次元で、アインツェーデルの剣が交わる。2人はじっと、刃を交えたまま動かなくなった。


「ギルバート、離しなさい。大丈夫だから」


 ふと気がついて、ギルバートの腕を叩く。しかし、腕の市からは緩まない。


「どういうことなんだよ……!! なんで、なんでレオまでここに」


「ふん、自分で考えなさい、あほバート」


 無理やりギルバートの腕の中から抜け出して、腕を組んだ。グッド店主らしく、威厳たっぷりに。


「さあ、王様を呼びなさい。取り引きをしましょう」


「ダメだよ。その子僕を殴って鍵を奪ったんだ、処刑処刑」


「!?」


 騎士達の奥から現れたダサメガネに、またもこの場の空気が変わった。

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