23食
石の床に思い切り転び、この真っ暗な空間に肉を打った音と、手に持った鍵が転がった音が響く。
「ったあ……」
なんとか起き上がり、躓いた柔らかい何かを確認しようと顔を近づけ、目をこらす。
きらり、と。こんな場所で光るはずのない、銀色が見えた。
「……ギルバート!?」
「!?」
目隠し、猿ぐつわ。さらに床に転がされ、両手足を鎖のついた枷で繋がれている。それでも、この銀髪は、この意外にごつい体は。
「ギルバート!! ギルバート!! あんたそんな格好でどうしたの!!」
「!! 、!!」
「ちょっと待って、今取ってあげるから!」
口の布をとり、目隠しを外す。零れんばかりに見開かれていた銀色の瞳が、私を捉えたのかさらに見開かれる。
「イザベル!? なんで!!!」
「待って、私鍵持ってるの。手と足のやつも外すわ」
「は、幻覚!? さっきのは幻聴じゃなかったのか!?」
暗い中もたつきながらも、なんとかギルバートの手と足の枷を外す。あのダサメガネに貰った鍵で、本当に開いた。だが、今はそんなことどうだってよかった。いつもの騒々しい声が、いつもの銀色が、やっと戻ってきたのだから。
「待て、イザベル!!なんでここにいるんだ!!」
「あら、国家反逆は店主の嗜みよ? ギルバート、黙って私に攫われなさい」
「何言ってんの!?」
騒ぐギルバートを立たせて、服についた埃を払ってやる。よし、これで大丈夫。本当は思い切り飛びついて抱きしめたいが、まだ我慢だ。
「イザベル、イザベルまさかお前、考えなしに乗り込んできたんじゃないだろうな!! ここ城だぞ!?」
「うっさいわ」
「うっさくない!!お前、何したか分かってんのか!!」
「いいから黙って着いてきなさいよ」
「ダメだ!! いいか、俺も一緒に謝るから大人しく帰れ!! 俺はイトシゴなんだよ!! 王陛下以外は会っちゃいけないんだ!! だから、だからもう関わるな!!」
「うっさい、いいから私に従いなさい」
べちん、と頬を張った。ギルバートはワナワナと震えて、頬を押さえて大人しくなる。
「いい? 私は今、何とかしなきゃならないミッションを2つも抱えてるの」
「……」
「今、あんたのオカーサマがさらにとち狂ってあんたを取り返そうとクーデターを起こそうとしてるわ」
「っ!!」
「で、私はそれを止めさせるために、あんたを取り返した上オカーサマの首も守ってやらなきゃならないの」
「……は?」
「だから正直、泣いてるあんたの手を引いて一緒に帰っている暇はないのよ。ギルバート、あんた1人で店まで帰れるわね? 店にはレオがいるから、帰ったら大人しくしてなさい。私はちょっと王様と話して恩赦もぎ取ってくるわ」
「……なに、言ってんだよ」
ふら、とギルバートがよろけた。支えてやろうと手を伸ばしたのを、異常な力で掴まれる。
「何言ってんだよイザベル! こんなことして、さらに何かしたら絶対に殺される! やめてくれ、お願いだからやめてくれ!! 俺は、俺はイザベルに生きていて欲しいから!! だから今まで生きてたんだ!! ずっと!! 人形として生きてたんだ!! これからだって!! イザベルのためならなんだって!!」
「痛いしうっさいわ!」
殴った。
「私だってあんたに生きていて欲しいから! 剣を取ったのよ!! だから今ここに居るの!! これからのことなんて知るか! 私は!! 今、ここに居るの!! 今だけを見ていたいの!!」
ギルバートの手を掴んだ。指だけじゃなく、ちゃんと手のひらを握った。
それから、先程転がり落ちた階段へ向かって駆け上がる。
「私は、人間だったんだもの!! あんたと同じ、人間だったんだもの!! だったら!! 人と一緒にご飯を食べたって、いいでしょう!?」
隠し通路の入り口を、蹴破った。
眩しさに目を潰されながら、ギルバートの手を引いて走る。
「大丈夫よギルバート! 私、私絶対にあんたを助けるから! そのためなら、王様だって殴れるから!」
進もうとした道にはことごとく騎士がいて、どんどんと追い詰められていく。
「出て来なさい王様ーーーー!!! この私が話があるって言ってんのよーーーーー!!!!」
飛び出した中庭では、剣を構えた騎士達が、ぞろりと私を囲むように立っていた。集団で待ち伏せか、中々優秀な騎士ね。レオの方が強そうだけど。
「イザベル・フィアリストクラット、そこまでだ」
「仮にも騎士ならレディの名前ぐらいきちんと覚えなさい。私はただのイザベルよ、その姓も主も、とうに失くしたわ」
「これ以上の狼藉、即首を落とすこともやむを得ん」
「ふん、やれるもんならやってみなさい。困るのはあんた達よ」
騎士の中の1人が剣を抜いた。
生のない目、揺らがぬ目、凪いだ目。
生物として必要なものを全て削ぎ落とし、ただ冷たい、斬るためだけのナニカになった、男の形をした剣。
アインツェーデルの当主。レオの父だ。
「っ」
身体が震える。勝手に、生物としての本能全てが恐怖している。殺される、斬り殺される。斬られて全てが終わってしまう。アインツェーデルと向き合った私に、それ以外の道はない。
後ろにいるギルバートも、斬り殺される恐怖に息を飲んだ。
だから、私もカードを切る。
本当は王様相手に切るはずだった切り札を、今ここで晒そう。
「私達を殺してみなさい! すぐに国外のメディアに、情報が回るよう根回ししてあるわ! 人権理解の甘い後進国として、他国に食い物にされる準備はできてるんでしょうね!」
私がポケットから取り出し高らかに見せつけたのは、いつかの観光客が渡してきた名刺だった。
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