22食
王城前、正門横の従者達専用の出入口にて。
「コック採用試験を受けに来たのですが」
「あ? そんなん城でやるわけないだろ、城に入れるのは合格者だけだ」
さあ、早くも私の国家反逆が終わりかけている。城に入らなければ何も始まらないのに。
「シード合格的なアレです」
「お前何言ってんだ?」
「……こ、このエプロンと店名に見覚えは?」
臙脂色のエプロンをかけて、胸元の店名を指さした。
「んー? あ、美味いって有名なとこだ。しかも行きやすい場所にあるって同僚が言ってたな」
「はい! その有名店のデリバリーコックサービスをご注文ありがとうございます!」
「ダメダメダメ」
中に入ろうとした所を首根っこ掴まれて引きずり出される。
「……」
「……」
門番と無言で睨み合う。もう走って強行突破しかないか、そう思って拳を握りしめた時。
「あのー、その子通してあげてくれませんか? 料理長の弟子なんですよ」
いつの間にか現れたコック帽。真っ白なコック服を着た、大きなメガネで顔のほとんどを覆った気の弱そうな男が、門番にそう言った。メガネが薄汚れていて顔がほとんど見えず怪しさ全開だが、コック服を着ているという事は王城のコックなのだろう。
「い、いや、しかし……」
「料理長ったらまた職人気質全開で。突然、この才能は無駄にできないから弟子を取るなんて言って、その子の店買収して城に呼んじゃったんです。もう帰る場所が無いんですよ、その子」
「そ、そんな災難な……!!」
急に哀れみの目を向けられる。いや、なんの話だ。
「ほら、おいで。料理長が呼んでるよ」
コック服の男に手を引かれ、するりと城の中に入った。かなり謎ではあるが、穏便に中に入れたのは良かったと思おう。
「あの……」
「いや、ごめんごめん。入りたいのかなと思って」
入りたいのかなで城に入れてはいけないと思う。しかし、助かったのは助かった。
「ありがとうございます」
「いやいや、良いんだよ。君のためじゃないしね」
「え?」
「僕……シスコンなんだ」
「はい?」
大きすぎてずり落ちかけたメガネを手で押さえつつ、真面目な声でとち狂ったことを言い始めたコック姿の男。ただの変質者だったのか。城に変質者が居ることを誰に伝えればいいのか。
「君には、できるだけ
殴っていいだろうか。
「最悪君のピンチを救って妹からの株をあげるでもいいが、とりあえず君には消えて欲しい。僕の願いはそれだけだよ。じゃあ、僕はそろそろ」
ダサメガネの男は、ふらりと城に消えていった。
謎に腹は立ったが、城内に入れたことには変わりない。あとは、ギルバートを見つけて攫ってしまえばいい。
「さて」
イトシゴはどこにいるのか。それは、王以外の誰も知らない。城に地図はなく、イトシゴを囲う場所に見当すらつけられない。
でも、私は地図を作れる。
だって、私は1度見たら、忘れないのだ。しかも腐っても元上級貴族、城に来た回数は数回では済まない。頭の中で作った地図の不自然な空白を、かたっぱしから探せばいい。
「まあ、隠し地下室とかだと最悪だけど」
植え込みの影に隠れながら、1つ目の候補場所を確かめる。従者用のトイレだった。
2つ目の候補に、廊下を洗濯物を運ぶフリをして堂々と進んで行ってみれば、ただの物置だった。
うん、候補はあと25もある。大丈夫、落ち着け私。
謎の地下室だとかがあった場合入り口を探す手間がさらに増えるが、だからなんだ。何個空振りしても、あの銀色を見つけさえすれば勝ちだ。ギルバートが目立つ色で、いつも騒がしくて良かった。
「……」
しかし3つ目、4つ目とトイレに当たって、1度闇雲に探すのを止めることにした。
私が大事なものを隠すとしたらどこに隠すだろう。誰にも見つかりたくなくて、絶対逃がしたくないモノを、どこに隠すだろう。やっぱり自室だろうか。
王の私室に乗り込むのはいささかハイリスクだが、この際仕方がない。やってやる。ちょうど王様に話があったし、丁度いい。
「……お前、さっきから何をしている? 城の人間では無いだろう!」
「料理長の弟子です」
「料理長は私だ! こんな赤髪の弟子忘れるわけないだろう!!」
やっぱり、赤は嫌いだ。
「ごめんあそばせ!」
走った。
背後に騒ぎを感じるが、無視して走った。私は、自分の走りを信じている。剣の実技は少々アレだったが、駆けっこだけは昔からそこそこ早かったのだ。
私が知っている王の私室は2つだけだが、そのうちの1つに向かって走った。
「誰かーーー!! 侵入者だーーー!!!」
警備の兵が集まってきた。
ちょっとまずい。ギルバートの居場所に見当をつけるまでにここまで大事になると、私が何も出来ず捕まって殺されるというオチになりかねない。そうすればドライスタクラートはクーデターを起こすし、ギルバートは私が見た通りに殺される。
そんなの、許せるはずがない。私は、
「待てえええ!!」
私1人に対して、追ってくる人数がどんどん増えていく。たらり、とこめかみを汗が流れた。
後ろに20人ほどの人間を引き連れて、王城の中を駆け抜ける。
うん、これ普通に死刑かも。
「イトシゴはこっちだよ」
「!?」
またあのダサメガネだ。コック帽をかぶったダサメガネが、廊下の端でひょいひょいと私を手招きしている。
「この先が隠し通路なんだ。いいね君、イトシゴ攫いなんて空前絶後の大罪、すごく良い。なるべく罪重ねてくれないかな、なんて思ってたけど、ここまでだともう拍手すら贈りたいよ」
「何言ってんのよあんた!!」
叫びながら、それでも後ろの追っ手に追いつかれないよう走り続けて、ぐんぐんとダサメガネとの距離が縮まっていく。近づきたくなんかないのに。しかもこの先は、右に曲がろうが左に曲がろうが行き止まりだ。
「僕は襲われて鍵を取られたことにするね。たまたま預かっていたモノを、極悪犯に襲われやむ無く奪われるんだ。うん、いいね。あとで頬でも殴られたように偽装しよ。素晴らしい罪の重ね方だ」
「はあ!?」
「バッドラック!」
ぱしん、とすれ違いざまに手を打ち合わせられる。その時に何か握らされ、ぐりんと右を向かされた。さらに、背骨を折るような勢いで目の前の壁に向かって、背中を押される、いや、蹴られたのだろう。
ぶつかる。
しかし、行き止まりのはずの壁の下半分が、ぽっかり空いていた。
そこに、背中を押された勢いのまま迷わずスライディングして滑り込んだ。迷いはここに来る前に、既にかなぐり捨ててある。
がんがんがんっ、と全身で石の階段を滑り落ちる。
「ぐ、ぐわーー!! やーらーれーたーー!! がくっ!!」
壁に空いた穴、もとい隠し通路の入口が閉まると同時に、絶望的な演技の悲鳴が聞こえた。あのダサメガネ、演技が下手すぎる。そして行動の全てが謎すぎる。
「きゃあっ!」
唐突に階段がおわり、階段を落ちた勢いをそのままにぐるんと一回転した。一瞬視界がチカついたが、なんとか手足が動く事を確認して立ち上がる。
全身が痛い。隠し通路の階段を石で作ったやつ、出てこいぶん殴ってやる。
「……」
先程ダサメガネに握らされた、小さく硬い何か。形からして何かの鍵の束だ。なんだかよく分からないが、とりあえずそれを持って、真っ暗な空間を進む。
「……」
私は夜目が効かない。光ひとつ無いここでは、本当に何一つ見えない。本当に進めているのかも分からないまま、逸る心臓を押さえつけて歩いた。
「……ギルバート、いる?」
イトシゴは、本当にこんな所にいるのだろうか。
イトシゴは城に囲われる、それは知っていた。だから、もっと。何不自由なく、王様の隣りで煌びやかな生活をするのかと思っていた。
本当に、歴代のイトシゴ達は、こんな暗い場所で、一生を。
何が神に愛された子だ、こんな仕打ちを許すのが神なら、出会い頭にぶん殴ってやる。
「……ギルバート……ギルバート、返事して」
いや、落ち着こう。そもそもあのダサメガネの言うことを信じている所から間違いかもしれない。やっぱりイトシゴはもっと明るく豪華な部屋にいて、私はただ地下牢か何かに落とされただけではないか。そうだ、さすがにイトシゴにこの仕打ちはない。こんなことされた日には、私だったら絶対未来教えてやらないし。
「ギルバート……」
もう1歩、踏み出した所で。
何か柔らかいものに躓いた。
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