21食

 ペンを置いたレオが、無表情で私を見つめてくる。その顔が、レオが何か答えを導いた時の顔に見えて、なんだか落ち着かなかった。やはり、レオは頭が良い。私には分からない答えを、この短時間で見つけられるのか。

 レオがいて、本当に助かった。これから皿ぐらいいくらでも割ってもらおう。


「イザベル、イトシゴは平均して、ひと月に1つ程度の未来を見る」


「なんでそんなことあんたが知ってんのよ」


「アインツェーデルは、王家の剣である。イトシゴについて、私も多少の情報は得ている」


 さすがこの国1番の貴族の息子。


「そしてイザベル、通常、人間は0歳の頃の記憶を持たない」


「ああ、だからさっき言ったでしょ? 私、見たものは絶対に忘れないの。忘れる機能がないのね。だから、本当に全部覚えてるわ」


「イザベル。イトシゴは、次のイトシゴを未来視する」


「そうね。でも先代はなにも言い残さず亡くなったらしいじゃない」


「イトシゴは常に1人だ。これまでの歴史上、先代の死が唯一のイトシゴの世代交代のトリガーだと考えられていた」


「ええ、そうね」


だから、先代が亡くなった直後、19年前に私が生まれている。でも、ギルバートも生まれているのだ。


「しかし、今回のイトシゴはイレギュラーだったのだろう。イザベル、イザベルはおそらく、死以外の要因で、ギルバート・ドライスタクラートにイトシゴの座を譲ったのではないか。ギルバート・ドライスタクラートは、イザベルの誕生日よりちょうど4ヶ月ほと2日あとに産まれている。よって、イトシゴが1人だという条件は満たしている可能性が高い」


「え?」


「イザベルの未来視は、ギルバート・ドライスタクラートの成長済みの姿を見たもであった点はイレギュラーだが、次のイトシゴを見たという点では矛盾しない。そもそもイレギュラーで始まった今回の件、多少の法則無視を視野に入れ思考すべきだ」


 つまり、なんだ。

 私はなぜか0歳の時にギルバートにイトシゴの座を譲って、今は何も見えないただの人。ギルバートはこの19年間探されていたイトシゴの、次のイトシゴ。


「そう、随分私の人生踊らせてくれたじゃない、神サマ……!!」


 ぎり、と食いしばった奥歯が鳴る。しかし、そんな怒りはすぐに捨てた。せっかくレオが答えを出してくれたのだ。次は、私の番。


「これで状況は整理出来たわね。で、この先は私の独り言だから、反逆罪とか不敬罪で憲兵に突き出さないで欲しいのだけど」


「聞こう」


「私、秋の空の下で、ギルバートが首を落とされるのを見たの。既に私が自分の未来を変更済みと言うこともあるから、確実にこの未来が来るか定かでは無いけど、私は絶対にこれを避けたい。そのためなら城爆破ぐらいはやるわ」


「私は王家に仕える家に生まれ、それとともに王家に忠誠を誓った。イザベルが城を爆破した場合、私はイザベルを斬るだろう」


「嫌ね、そんな未来」


「嫌だ」


 思わず少し笑ってから、きゅっと気持ちを引き締める。


「でも私はそれくらいギルバートを殺させたくない。そのために、私は動く。レオ、あんたはどうする? 犯罪臭いから、もう家に帰った方がいいと思うけど」


「私は、おやつが食べたい」


 キッパリと言い切ったレオに驚いて、それからじわりと柔らかい気持ちになった。ギルバート、見てみなさい。あんたのおやつであの堅物レオを、ここまで不良にしたわよ。ごめんなさい。


「さあ、じゃあ第2回イザベルキッチン作戦会議は終了よ。詳しい作戦内容は第3回で決めましょう」


「今決めないのか」


「ええ。だって、私達まだご飯を食べてないわ」


「パサパサのパン」


「今日は2枚食べましょう。腹が減ってはなんとやらよ」


「パサパサのパンを2枚」


 バターとギルバート特製マーマレードを塗って、パサパサのパンを2枚食べた。レオは3枚食べた。

 さあ、第3回イザベルキッチン作戦会議だ、と腕を組んだところで。


「恨んでくれるな!!」


 準備中の看板がかかっているはずのドアが蹴破られ、床にぶつかった鈴が濁った音をたてる。


 店の前にいたのは、大量の人。それも、剣を持っている。


「……その紋、ドライスタクラートの従者ね。ただの飲食店にこの横暴、主の品格を落とすと分かっての行動かしら? まあ、元々品格も何も無いようだけど」


「主のご命令だ。イザベル・フィアリストクラット、その命、ここで散らせてもらう」


 バカ言うな、私はこれからあんたのところの息子を助けに行くのだ。母親のくせにギルバートにあんな仕打ちをし続けたお前に、私を止める権利はない。ギルバートにこれ以上関わる権利など、貴様にはない。


「理由を聞こう、ドライスタクラートの従者」


ずい、とレオが私の前に出た。


「あ、アインツェーデルの……!? なぜここに!!」


「答えを」


「……奥様は、ご子息が帰られないことに精神を激しく消耗なされた。……だが、我々はご子息の事を思い、ここに居ることはお伝えしないつもりだった。ご子息は、ここに通ってから随分……っ、しかし! 先程ご子息がイトシゴであったと連絡があった! 奥様は尋問の末、イトシゴを匿ったとして斬首が決定する予定だ。なので、我々ドライスタクラート家は」


 いきなりレオから、ふ、と力が抜けたのがわかった。

 いや、違う。目から優しさが消えて、生が消えて、この男はただひたすら、冷たいナニカになったのだ。

 触れるだけで切れそうなどという表現は生ぬるい。この男は、アインツェーデルの人間は、斬るためだけに存在している。それ以外の機能を削ぎ落とし、ただそのためにここに在る。


 私は、アインツェーデルを、王家の剣を舐めていた。


「ドライスタクラート家は、王家ならびに国家に、武力での抵抗を開始する! 奥様のお命と、ご子息の身柄を、国を落としてでも取り返す!」


「では、私がドライスタクラートを斬ろう」


 まずい。本当に、本当にまずい。

 斬られる、全員殺される。ギルバートの家、ドライスタクラート家は、誰一人残さず。レオに、殺される。


「待ちなさい!!」


 自分の声だと気づいたのは、少し後。


「待ちなさい。自分の命可愛さに、国を、主君を裏切る貴族なんて、存在価値がないわ。主君に首を落とせと言われれば、主にその血をかけよぬう大人しく首を落とすのが貴族の務め」


「……」


「あなた達のオクサマは、死ぬべきよ」


 目の前にいる従者達は、複雑そうな顔で目を伏せた。


「でも、ギルバートは私が取り返す」


 空気が変わった。全員が私の一挙一動、睫毛の先まで注目している。


「私、あいにく姓と主君を失ったの。私からすれば、勝手にウチのコックを取られて怒り心頭って感じよ」


「コック?」


 おっと口が滑った。


「ごほん。えー、引きなさい、ドライスタクラート。国家に背くなど豪語同断。その選択肢は、貴族にはそもそも存在しない。……だけど、オクサマは止まらないんでしょう? いえ、誰も止められない、の間違いかもしれないわね。ギルバートのお父様、ずっとご病気でとてもお話になれる状況では無いらしいものね。だから、私が止めてあげる」


 腕を組んだ。そう、ここは私の店で、私は威厳のあるグッド店主だ。ひれ伏せ。


「私がギルバートを連れ戻す。そして、オクサマに会わせてあげる。だから大人しく死ねと伝えなさい」


「は、話にならない! お前は頭でも狂ったのか!?」


「ふん。なら仕方ないわ。私がなんとか恩赦をもぎ取ってオクサマの首を守ってあげる。幽閉はされるだろうけど、生きてるんだからいいでしょ。それに、もちろんギルバートは助け出す。どう、ドライスタクラートにとってクーデターなんかよりよっぽど良い、最高の条件でしょう」


「い、いや、しかし、そんなこと……」


「私ができると言ったの、聞こえなかったかしら? さっさと帰って主に聞いてきなさい。息子に会えず国の歴史に悪名を刻んで殺されるか、息子に会えず自ら死ぬか、息子に会って自分も生きるか」


「……」


 ドアをぶち破った従者達は、一瞬の逡巡を見せた後ざっと走って帰っていった。まったく、今度ドア弁償しなさいよね。


「イザベル」


「レオ、お願いだから見逃して。別にドライスタクラートがどうなろうと知ったことじゃないけど、私、私絶対ギルバートを助けたいの」


 ドライスタクラート家がクーデターを起こせば、他の貴族を巻き込んだ内戦は避けられない。それでも絶対に勝ち目はないのだから、負けたドライスタクラート家は必ず一族郎党即斬首だ。それはもちろん、一人息子のギルバートも。イトシゴが処刑など前代未聞だが、さすがに国に逆らった貴族の罪を全て免れる保障はない。

 私の見た未来が、一気に現実的になってきている。


「承知した。イザベル、第3回イザベルキッチン作戦会議を初めてはどうだ」


「そうね。ありがとう、レオ。……私の目的はギルバートの生還だけ。それだけなの。でも、そのためにはドライスタクラート家にクーデターを起こさせてはいけない。そのためには、ギルバートを取り返してオクサマに恩赦をもぎ取らなきゃ」


「私は、ドライスタクラート家が動いたその時に、剣を抜く」


「知ってるわ。だから、あんたが剣を抜く前に私が全部解決するのよ」


「可能か」


「はっ! 誰にものを言っているの、レオ!」


 厨房の近くに置かれた、臙脂色のエプロン。それを引っ掴んで、壊れたドアへ歩みを進めた。


「グッド店主のイザベルよ、私に不可能など、ないわ! あんたは大人しく店番してなさい!」


 さあ、個人で国家反逆、続けましょう?

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