18食

 2人が階段で寝て2日目の、朝。 

 さすがにこのまま2人を階段で寝かすのもグッド店主的にNGだったので、やっと存在を思い出せた、匿名で送られてきた高級布団セットを使おうと屋根裏の収納スペースに潜った。1セットしかないが、ベッドと合わせれば2つだ。

 私は洗面所かどこかに枕だけ持って行けばいい。夏場だし、冷たくて丁度いい。

 というかごめんねおぼっちゃま2人。あんた達人生で初めて階段で寝たでしょ。


「ううう、腰が痛い……」


「ギルバート・ドライスタクラート、大丈夫か」


「まあなんとか……ていうかなんでレオはそんなに平気そうなんだよ! 階段硬かっただろ!?」


「私はどのような状況でも休息が可能だ」


「なんだよ羨ましいな、階段で寝るコツ教えてくれよ」


「承知した」


 私が登った屋根裏の下、つまり私の部屋から天井を見上げている2人の声が聞こえる。屋根裏に登ると言ったら2人とも着いてきたのだ。こんなの見てなくていいから宿題でもやってなさい。


「あっ!! 待てイザベル!! 落ちるなよ!! まず布団落とせ、それからゆっくりハシゴ使って降りろ!!」


「布団は私が受け取ろう」


「なによ、これぐらい大丈夫よ。2人ともどきなさい、降りられないわ」


「待て待て待て!! 飛び降りようとするな!! 危ないから!! 待てイザベル!!」


 騒がしい声を無視して、布団を抱えて屋根裏から飛び降りた。騒がしい悲鳴が上がる。


「バカーーーーー!!!!」


 あほなのか私の着地地点に滑り込んできたギルバートが手を広げる。ぶつかる、と思ったのも束の間、高級布団が私達のあいだにあったので、ぼふん、と間抜けな音がした。それでも、ギルバートの腕は布団ごと私の体を持ち上げていて、私の足は未だ床についていない。

 ギルバートに抱き上げられている、そう気がついたら喉がおかしくなった。血流も。たぶん急病だ。


「こ、このあほバート! こんなところに出てきたら危ないでしょ!」


「こっちのセリフだ!」


「ギルバート・ドライスタクラート、腰は無事か。イザベル、怪我はないか」


 そんなこんなで、とりあえず部屋に布団を敷いて朝ご飯を食べた。今日はトーストしたパンに目玉焼き、ベーコンまでついていた。さらに香り高いコーヒーまで。

 最高の朝ご飯。絶対この国で1番の朝ご飯だ。


「ありがとうギルバート! いただきます!」


「強い朝ご飯を作ったのはギルバート・ドライスタクラート」


「ま、まあ材料さえあれば、これくらい、まあ……そんな喜んでくれたら、うん……。ってあれ、強い朝ご飯? 変な言葉覚えちゃってないかレオ」


 我が店は今日も中々の繁盛を見せ、平穏に日が暮れた。夜に布団の使用権ですったもんだあったが、結局私が高級布団を洗面所で使い、2人は私の部屋の床で寝るということに落ち着いた。せめてどちらかはベッドを使え。

 しかし、床の方が休まるなどと意味不明なことを言ったギルバートと、どこでも構わないレオは結局ベッドを使わなかった。


 こんな共同生活も、早10日目。


「レオ、ちょっと出てくるわ。ギルバートがお風呂から出たら言っておいて」


「承知した。イザベル、大丈夫か」


「お酒をひっくり返されたぐらいなんでもないわ。お客さんも悪気は無かったし。でも、服が足りなくなったから今から買ってくるわ」


「承知した。同行は必要か?」


「下着も買うから来ないで」


「承知した」


 今日は閉店間際、転んだお客さんに頭からぶどう酒をかけられた。床は拭いたし私も直ぐにお風呂に入ったものの、着る服のローテーションが崩れたことで明日着る服がなくなった。なので、こんな時間に急遽買いに行くことになってしまったのだ。急がなければ店が閉まる。自分で服を買うとか、持っている服の限りが目に見えるとかは、もう慣れて随分経つ。

 服屋までのこの道は大通りで、まだまばらに人通りがある。


「まあ、かぶったのが私で良かったわ」


 もしあの赤いぶどう酒をギルバートがかぶったら、銀髪に色がついていただろう。それは、嫌だ。私はその赤い銀色を見て、冷静でいられる自信がない。


 なんとか服屋に滑り込んで、服と下着を買った。いつもお世話になっている服屋の奥さんが、私が店名入り臙脂色シャツで外出するのを哀れんで娘さんのお古のシャツをくれた。それにその場で着替えさせてもらって、さっさと店に戻ろうと日の落ちかけた道を急ぐ。

 あの店名入りシャツ、作ってくれたのあの店のご主人なんだけどな。哀れまれるほどダサいか。


「イザベル!!」


 ぼうっとしていた所に、切羽詰まった叫び声が聞こえた。目の前の道を、必死な顔で全速力で駆けてくる銀色。お風呂から出てちゃんと頭を拭かなかったのか、髪が濡れている。


「ちょっと、あほバート!! 追っかけて来なくたって帰れるわよ! 風邪引くわよ!」


「イザベル!! イザベル走れ!! イザベル!!」


「はあ?」


 訳の分からぬ叫びに、首を傾げた時。


 どんっ、と横から衝撃。

 いきなり何か生暖かいものに、手首を取られ拘束される。冷たいモノは、上を向かされて伸びきった首筋に添えられて。


「う、動くなああああ!! 来たらこの娘を殺すっっ!!」


 血走った目、泡立った唾。余裕のない叫び声を上げた男は、腕を回した私に刃物を向けて、そこそこ大きな横道にいる憲兵達を威嚇していた。周りにいた数少ない通行人が、悲鳴を上げて走り去る。


 わーーお。唐突な通り魔、人質コースか。まず急にどっから出てきた犯人。


「タスケテー」


「黙れっっ!!」


 かなり興奮状態なのか、どうも話が通じる相手では無さそうだ。

 いきなり現れたように思った犯人だが、どうやら大通りに面したこの横道から出てきたらしい。ぼうっと歩いていたため横方向への注意が足りなかった。

 そして、犯人を追いかけてきただろう憲兵達は私のせいで動けないのか、腰の剣に手をやりながらじりじりと横道で足踏みしていた。まさに、こう着状態。


 しかし、こういう時パニックになるのが1番良くない。私は一応元騎士学校生なので、いざとなればなんとかなるし、憲兵だって素人では無いのだから、犯人を刺激せず大人しく人質をしていよう。

 そう思ったのに、憲兵のいる横道が見えない大通りを走っていたギルバートは、顔を真っ青、眉を泣くんじゃないかというほど不安げに寄せて。


 全力疾走、ノンストップでこちらへ向かってきた。


 嘘でしょ、人質が見えないのか。


「ちょ、ちょっと……!!」


 さすがに私も焦って、上ずった間抜けな声が上がる。犯人は、憲兵ばかり見ていて大通りのギルバートに気がついていないのか、てらりと光るナイフが私の喉を裂き赤を撒き散らすことはなかった。


「ながぁっっ!!」


 その代わり、ナイフの刃を握り込みながら犯人に思い切りタックルしてきたギルバートの手から、目を見張るような赤が零れた。


 何。なに。な、に。


「イザベル!!」


 叫び声。しかし、その叫び声に被せるように、先程まで私の頭があった場所に、ひゅんと何かが落ちてきた。


 がじゃん、と重く乾いた音と共に砕けたのは、大ぶりの植木鉢。


 何事かと思って上を見れば、大通りの店の2階の窓から、顔を真っ青にした男性が、何かを投げた姿勢のままこちらを見下ろしていた。

 ああ、きっと、騒ぎを見たあの人は正義感の元に、犯人を無力化しようと植木鉢を投げたのだ。その威力は十分人を殺すだとか、コントロールを失敗して直ぐ近くの私に当たるかもしれないだとかは、思考の外だったのだろう。

 ほら、やっぱりこういう時のパニックは1番良くない。


「ぎ、ギルバート……!!」


「イザベル!! イザベル、イザベルっ!!」


 ギルバートは気絶した犯人には目もくれず、血だらけの手で一緒に地面に倒れ込んだ私を抱き起こし、きつくきつく抱きしめた。その体はぶるぶると震えていて、聞こえる呼吸は、まるで泣いているようだった。


「ごめん、イザベル……!!」


 なんであんたが謝るの、あほバート。

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