17食

「ううう……」


「あほねえ。だからベッドで寝なさいって言ったのに」


 凝り固まった体を伸ばしながら、ギルバートが厨房から出てくる。レオは階段での就寝も特に体に響かないのかいつも通りだ。黙々とスイカを飾り切りしている。


「だってあの部屋内鍵しかかからないじゃないか!!」


「だからあんたが中にいないと無意味じゃない」


「違うんだってば!!」


 騒がしいギルバートの後ろから、すす、とスイカを抱えたレオがやってくる。無表情で見せてきたスイカには、繊細な花が咲き誇っていた。いや、一瞬本当に花が咲いているように見えたが、これは飾り切りだ。ちょっと思ってたレベルを5段階ぐらい飛ばしてる。この国の騎士の頂点に立つことが約束されたレオの、隠れた才能が開花していた。


「これ切って食べるのもったいないわね」


「話聞けイザベル! って言うか何が、ってうお!! 思ってたレベル5段階ぐらい飛ばしてる飾り切り!! レオ、すごいな!!」


「飾り切りをすると2人は喜ぶ」


 そのスイカは昼までお店に飾ったが、そのあとはレオがもう少し飾ろうと騒いだギルバートを無視して無慈悲に真っ二つに切って食べた。


 夕方になると、混んできた店内で私が注文を受けて、2人は厨房で忙しなく働く。ここまで店が賑わったのは久しぶりだ。その忙しさも、段々と落ち着いてきた頃。


「いやー! すごいねこの国は! 開国50年の島国とは斯くなるものか! あ、店員さん、おすすめを一つ頼むよ!」


 新たに店に入ってきたのは、首から財布を下げ、尻ポケットにガイドブックを突っ込んだ男。浮かれた表情に、メガネの奥の顔は少し彫が深い。

 これ以上ないほど完璧な観光客だった。


「あ、店員さんおすすめの観光地とかってあります?」


「店主です」


 ギルバート特製の輸入肉定食を出せば、笑顔で浮かれた質問が飛んできた。観光客は美味しそうに輸入肉を頬張っている。我が店の味と大陸のお肉が気に入ったようで何よりだ。ちなみに肉を保存しているウチの電気冷蔵庫も輸入品である。ギルバートが地元の魚を出せよ! と叫んでいるが無視した。


「港にはもう行きましたか? 伝統の漁体験とかやってますよ」


「そりゃあね! ガイドブックに載っているところは全制覇したよ、ははは!」


 じゃあもう帰れば?


「ガイドブックには王都の観光スポットしか載ってなくて、あとは地元の人に聞こうと思ってね! 僕はもっとこの国の生の姿が見たいんだ、おすすめの田舎街とかない? 土着信仰とかも興味あるんだけど」


「王都からは出ない方がいいと思いますよ。この国、ここ以外はかなり未開の地なので」


「それが見たいんだよ! 謎の呪術とか謎の雨乞いの儀式とかが見たいんだよ!」


 危ない人なのかこの観光客。やけに言葉はうまいが、未開の地の何が見たいというのだろう。

 王都を離れれば電気もガスも通ってないなんてザラだし、どの場所も余所者に優しくないのは基本だ。ハートフルな田舎は幻想である。行ったところで石を投げられるかゴミを投げられるかの思い出しか残らないことをお約束できる。あと謎の雨乞いの儀式ってなんだ。


「いやー、これだけ閉ざされていた島国なら、独特の風習が……ねえ、この張り紙はなんだい? そう言えばずっと貼ってあるな……イ、とお、イトシゴ? 見つけ出したものには王自ら褒美をって……極悪指名手配犯か何か?」


 イトシゴ、未来が見える人間。 

 神に愛され、未来を見ることを許され、この国のために尽くすことを神と約束させられた愛い子。

 タチの悪い、ノンフィクションのおとぎ話。


「未来が見える人間を探してるんですよ。では、そろそろ失礼します」


「なんだいそれ!! 謎の民話かな!?」


 食いついてきた観光客にパーフェクト店主スマイルをお見舞いして、さっさと離れようとした、のだが。


「頼む! 教えてくれ! 僕、ジャーナリストなんだ! 向こうに帰ったらここでの話を記事に書かなきゃいけなくて! でも正直王都は近代化しすぎて記事にすることが無い! なんでこの国でこんな美味しいステーキが食べられるんだ!」


「この国、普通に貿易してますから。あと感想はウチのコックに言ってやってください。喜びますから」


「頼む! 頼む話を聞かせてくれ! 最悪ちょっと盛ってもいい!」


 コイツ絶対ジャーナリストになっちゃダメなタイプだろ。


「頼む……!! 会社に無理言って3ヶ月も取材期間取っちゃったんだ! これで記事がつまらないとまずい!! この店で1番高いメニュー頼むから話してくれ!」


「イトシゴのお話でしたね、メモのご用意はよろしくて?」


 男の目の前の椅子に腰掛け、威厳のある店主として手を組み笑みを浮かべた。さあギルバート、例の酒を出しなさい。


「うわー、ありがとう店員さん! じゃさっそく、そもそもイトシゴってなんなの?」


「店主です」


この溢れ出るグッド店主オーラが見えないのか。

ごほん、と威厳たっぷりに咳払いをしてから話を始める。


「イトシゴは、神に愛され、未来を見ることを許された人間だそうですよ。国のために尽くすことを神と約束したから、国のために未来を見るんです」


 我が店のシャツとエプロンの恩恵か、どのお客もアインツェーデル家のご子息だと気が付かないままたまに厨房から出でくるレオが、無表情で酒瓶とグラスを持ってきた。

 これは去年の今頃、いつものように匿名で送られてきた高級酒だ。私もギルバートも酒を飲まないので一応店に出しているが、この店のメニューの中で頭抜けて高いので1度も注文された事は無い。ほぼインテリアになっていた、美味しいのだろうに可哀想な酒だ。なんでお酒なんて送ってきたのよあほバート。


「ほほーん。この国の神が何かは後で調べるとして……イトシゴってのはこんな貼り紙をして見つけるものなのかい? もっと、そういう人間を排出する家があるとか、身体的に特徴のある人間が選ばれるとかでは無いのかな?」


「いいえ。イトシゴは家柄に関係なく、この国のどこかで生まれます。もちろん見た目も関係ありません。でも、いつもならこんな大々的な捜索はしないんです。今回だけ、特別に見つからないから国も焦っているんです」


「……ん? どういうこと?」


「イトシゴは常に1人、絶対にこの国にいるんです。次のイトシゴは、前のイトシゴが生きているあいだにどこに生まれるか、どんな容姿かなどの情報を未来視するから、こんなに見つからないなんて初めてなんですよ。前回のイトシゴは何も言わなかったんだそうです」


「……は、はーん。無作為の生贄って訳か。じゃあなんでテキトー言って今のイトシゴを作らないんだ? 近代化に伴う人権問題の意識かな、それでも民衆へのポーズとして、この貼り紙で探していることはアピールしているのか。よしよし、方針は決まってきたぞ」


 ブツブツと独り言を言って、メモにペンを走り書きしだす観光客。そのまま流れるようにグラスに手をかけた。


「あ、そのイトシゴについて面白いエピソードとかない? 何年ぐらい前からこの話があるのかな? 奇跡を起こしたとかいうマジっぽい話は? というかそもそもイトシゴって何するの? 未来を間違えたら代償とか言って不作の年に海に沈められたりする?」


 あっさり高い酒を飲んだ観光客は、頬を染めながらペラペラと話し出す。さらに自分でボトルを傾けボドボドと酒を注いでいる。うん、そのお酒のラベル見た方がいいわよジャーナリスト。


「イトシゴは未来を見て王様に伝えるだけですよ。お城に囲われて一生を過ごすんです。王様以外に未来を教えられると困るから、絶対外には出してもらえないし王様以外には会えません。だから海に沈んだりもしません」


「じゃあ単純な神託系のシャーマンって訳か。元は妾かなにかだったのかな? ふうん、不思議なもんだなー。ってあれ、じゃあ今って、自称イトシゴ沢山出ない? 未来が見える系の詐欺師は?」


「出ませんよ。イトシゴを隠すのも、偽るのも大罪で、即斬首ですから……おつまみはいかがですか?」


 また無表情のレオが輸入物のチーズとクラッカーを持ってやってきた。観光客はご機嫌でそれを食べて酒を飲む。


「あと、勘違いしてると思いますけど、イトシゴの未来視は本物ですよ。本当に、未来が見えるんです。だから、偽物も出ない」


「うんうん、そうだね。王都でこれなら、結構強い信仰だなあ。うん、確かにバレたら斬首、バレなくても城から一生出られないなら、嘘ついて儲けようみたいなやつも出ないか……でも、前者の指名がなくなったなら、このイトシゴのシステムは崩壊だ。島国の伝統的風習が開国により崩壊、うん中々いい見出しだ! よしよし、いいぞ、あとは資料集めて構想を練るか! ありがとう店員さん! いい話が聴けた! これは僕の名刺! また何かあったらよろしく!」


「店主です」


 観光客は結構アッサリ目をむくような金額を払って帰っていった。ジャーナリストって儲かるのか、と、かつてない黒字に関心した。


「イザベル、さっきの観光客と何話してたんだよ」


 ムスッとしたギルバートが、厨房の後片付けをしながら聞いてくる。私は皿洗い中で、レオは無表情でテーブルを拭いている。


「貿易赤字について高度な議論をしていたの」


「嘘つけ!! 相手の方ニヤニヤして興奮気味だっただろうが!! しかも最後何か貰ってただろ!!」


「ギルバート・ドライスタクラート、イザベルは先の客とイトシゴについて話をしていた」


 ぬ、と布巾を持って厨房に入ってきたレオがギルバートに告げ口をする。このおやつ星人め。レオは最近露骨にギルバートの味方をするようになった。私が店主よ。


「イトシゴ、ねえ……」


 ふと、静かになったギルバートが呟いた。なんの感情も見えない、恐ろしいほど美しい無表情に、ぎくりとする。


「ギルバート・ドライスタクラート、何か気になることがあるのか」


「いや。なんでもない」


「では今日も階段で就寝するのか。私は今日は帰寮すべきか」


「ああああーー!! 忘れてたああああああああ!!!」


 その日も、2人は階段で寝た。

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