16食

「ギルバート・ドライスタクラート、風邪の具合はどうだ。イザベル、頬の怪我はどうした。ギルバート・ドライスタクラート、大丈夫か。イザベル、昨日預かった鍵を返却する。ギルバート・ドライスタクラート、服をどうした。イザベル、服をどうした。ギルバート・ドライスタクラート、寝不足か。イザベ」


「やばいレオが壊れた!! ごめん朝から俺ら情報量が多くて! とりあえずやましいことはないし後で説明するから1つずつ全部聞いてこなくて大丈夫だぞ!!」


 からんからん、とドアを開けて朝の店に入ってきたレオは、私達を見るなり止まることなく質問をぶつけてきた。

 確かに、私とギルバートはお互い店のシャツを着ているし、ギルバートは寝不足なのか目の下にクマが浮いていて顔色が悪いし、私の右頬はぶっくり腫れている。気になることだらけだろう。


「おはようレオ、昨日は戸締りありがとう。それと、ギルバートが寝不足なのは私に将棋で1回も勝てなくて朝まで騒いでたからよ」


「ギルバート・ドライスタクラートは将棋で勝てない」


「くそおおおお!! 今までイザベル以外には負け無しだったんだよおおお!!」


「ギルバート・ドライスタクラートはイザベルにだけ勝てない」


「なんてこと言うんだレオーー!!」


 耳まで真っ赤にしたギルバートがレオの胸元をつかんで揺する。


「ギルバート・ドライスタクラート、風邪の具合はどうだ」


「あ、ごめんそれ家の人間が勝手に言った嘘なんだ! 俺は風邪引いてないから、心配しなくて大丈夫だぜ!」


「嘘」


 ぴたりとレオが動きを止め、私に向き直った。


「イザベル、先日私はイザベルにギルバート・ドライスタクラートは風邪を引いたと虚偽の報告をした。謝罪する」


「悪いのはドライスタクラートの家の人間よ、謝らないで」


「確認を怠った私の責任だ。ギルバート・ドライスタクラートにも、謝罪を」


 びしっと腰を折ったレオに、ギルバートがおろおろと慌て出す。そんな2人を横目に、私はドアに手をかけた。


「2人とも、店番よろしくね。難しかったらジュースだけ売ってればいいわ」


「承知した」


「ちょっと待てイザベル! 1人でどこいく気だ!! 1人はダメだって言っただろ!?」


「血祭りよ」


「ダメに決まってんだろーー!!!!」


 ギルバートに羽交い締めにされ店の中に連れ戻される。離しなさい、私は昨日からずっと怒り狂ってるのよ。


「うがあああ!!」


「落ち着け! 個人で貴族の家に突っ込もうとするな! 存在ごと揉み消されるぞ!!」


「上等よ!!!」


「なにが!?」


 羽交い締めのまま引きずられ、テーブル席の椅子の1つに無理やり座らされる。レオがマグカップに水を入れて持ってきた。仕方ないので、ごくごくとそれを飲み下す。煮えたぎったはらわたが少し冷やされたようで、ふう、とため息が漏れた。


「少し冷静になれたわ。だから冷静に、ドライスタクラートを潰す」


「全然冷静になれてない!! 大体イザベル、そんな事しなくていい! 危ないことはしないでくれ! 俺はこの店で、イザベルと飯が食えればそれで良いんだ!!」


「ギルバート・ドライスタクラートは食事ができればそれで良い」


「くそおおおお!! イザベルと食べるってとこだよ重要なのは!! 2回も言わせんな!!!」


 思わずカップがするりと手から抜け落ちた。レオが床に落ちる前に片手でそれをキャッチして、なんとか割れずに済んだ。

 しかし、喉がおかしい。血流もおかしいし汗の出方もおかしい。急病か。


「イザベル、急病か」


「えっ!? イザベルごめん、やっぱり体調悪かったか!? 医者呼ぼう、イザベル!」


 慌てだした2人に、なんとかおかしな喉を振り絞って声をひねりだした。


「……朝ご飯、食べたい」


「あ、なんだ腹減ってただけか。よかった……よし、待ってろ腹ぺこ2人!この美青年が何か作ってやるから!」


「朝食を作るのはギルバート・ドライスタクラート」


 ギルバートが作った朝ご飯は、目玉焼きとサラダだった。


「うわああごめん2人とも全然材料無くてこれしか出来なかったーー!!! 俺は厨房に立つ資格がないーーー!!」


 自慢のカウンター席に、当たり前のように3人並んで座っている。目の前には、焼かれたばかりの目玉焼き。


「安全な目玉焼きを作ったのはギルバート・ドライスタクラート」


「黄身が生焼けじゃない! 私こっちの方が好きなの!」


「お前達これで喜ぶってどんな食生活してたんだよ!! スイカ以外も冷蔵庫に入れとけよな!!」


「ギルバート・ドライスタクラートの居ない間、私とイザベルはパサパサのパンを食べて過ごした。イザベルはパサパサのパンに砂糖をかけて食べていた」


 ギルバートが、嘘だろ……、と呟き机に突っ伏した。よしよしと頭を撫でようとして、昨日のこともありあまり触らない方がいいかと手を引っこめる。そろり、と銀色の瞳が不満そうにこちらを見上げてきた。


「明日からちゃんと仕入れるわよ。夏場は直ぐにダメになるから、あんたがいない中無駄に仕入れて捨てたくなかったの」


「イザベルの危険物は初日で生産中止となった」


「レオ、あんた最近明確に私に喧嘩売ってる時あるわよね?」


「ホントすぐ喧嘩するなお前ら……」


 朝ご飯を食べて、3人で買い物に行って、仕込みをして、夕方から久しぶりに、店で料理を出した。

 夜にはウチの店で料理が出ていると噂になって段々と客足が戻り、久しぶりにまともな売り上げがでた。店主として胸を撫で下ろす。そろそろ危なかったので本当に良かった。


「ギルバート・ドライスタクラートの料理には固定客がいる」


「ま、まあ、そう言われるとアレだけど、まあ、ほらこの時間料理出す店が珍しいだけかもしれないけど、新メニューのおかげかもしれないけど、まあ、その、お客さんが来てくれたのは、うん、嬉しいな」


「常連さん達も喜んでくれてたわ。また明日来てくれるって」


「そ、そうか! 明日はもうちょっとスープに時間かけられるから、もう少し喜んでもらえるといいな!」


 美味しい夜ご飯も食べ終えて、夜の鐘の音を聞いて。レオが席を立って、無表情でギルバートを見つめる。


「ギルバート・ドライスタクラート、帰宅しないのか」


「あー……そうだな……」


「送ろう」


「……うん、そうなんだけど」


 静かになったギルバートを、レオが見つめる。

 そんな2人に、私はさっき買った男物の服を全部投げつけた。


「うわ!! 何すんだイザベル!!」


「壊れたイザベル」


「壊れてないわよ! 2人ともそれあげるから今日泊まってきなさい! 私は外にいるから、安心して休みなさいよ!」


 これでギルバートも安心して眠れるだろう。オカーサマと同じ女の私がそばにいるより、レオのような強い男がいる方が安心できるはずだ。


「何が!? イザベル、お前やっぱり何も分かってないだろ!? まず自分の心配しろよ!!」


「夏季休暇中の帰寮は義務では無い。よって、私は今日ここに泊まる」


「くそおおおお!! じゃあ俺も泊まるわ!! 2人きりにしてたまるかーー!!!!!」


 結局、2人は階段で寝た。

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