15食
ギルバートに我が店の狭いお風呂を貸している間に私も体を拭いて、お互い店のロゴ入りシャツに着替えた。ギルバートが着ていた服は、私が無断で破いて捨てた。カビたパンと一緒に、めちゃくちゃにして捨てた。
そんなことがあった後、自慢のカウンター席で。
「イザベル、ちゃんとほっぺた冷やせよ! さっき濡らしたタオル渡したろ!? なんで当ててないんだ! もっと腫れてきてるじゃないか!」
いつものように騒がしいギルバート。
その横で、私は。
「……」
「えっっ、え、イザベルごめん、体調悪いのか……? 気持ち悪くなってきた? 貧血っぽい? あの時、もしかして頭打った? 横になるか?」
「……ギルバート、あんたは大丈夫なの?」
「え、俺はまあ……薬も抜けたし」
怒りのあまり吐きかけて、うっと喉が鳴った。ギルバートが慌てて背中をさすってくれる。
あんなことがあって、こんなにアッサリいつも通りに戻れるものだろうか。いや、無理だ、普通だったら戻れない。それなのに、ギルバートがこんなにいつも通り騒いでいるのは、オカーサマとは、つまり、そういう事。
「ぐ……」
「イザベル!! 医者行こう!! イザベル!!」
「……ギルバート、大丈夫よ。私、国王陛下だって殴りに行くわ」
「何言ってんの!?」
私がなんのために、お嬢様学校の制服を着て家族とお茶を飲む未来を無視して、勘当されてまで騎士学校に入ったと思ってるのだ。
もちろん、イトシゴが見た未来が変更可能か試してみたのもある。あるが。
強くなりたかった。あんたを断頭台から引きずり下ろせるぐらいに。その周りのヤツらを殴れるくらいに。嫌いな未来にいいようにされないように。ペンより重いものを持ったことが無かった、綺麗なドレスばかり着ていた自分じゃダメだと分かったから。
目に焼き付いて忘れられない、優しく輝く銀色を守れるように、私は剣を取ったのだ。
「大丈夫よ、ギルバート。明朝ドライスタクラート家の本邸に殴り込んでやるわ」
「やめろよウチ結構警備厳しいんだぞ!?」
「全員二度とお日様を見られないようにしてやる」
「落ち着け! あと勘違いしてると思うけど俺は一応純潔守ってるからな! ? って男で純潔? まあいいや男の純潔! オカーサマ綺麗な物にしか興味ないから! それに、最近ちょっとおかしいだけで、いつもなら一晩中俺の顔と体を見て撫でてるだけなんだよ! 監禁は初めてだし、舐めたりとか薬だとかは珍しいんだ!!」
「十分殺す理由に値するわ」
むしろなぜ許されると思ったのだ。何一つ許される行為では無い。
それなのに、ギルバートは場違いに明るい声を作った。
「仕方ないよ、だって俺美青年だし。まあ、さすがに監禁は耐えられなくて逃げちゃったけど」
怒りのあまり失神しかけた。
コイツ何言ってんだ。
「俺、昔は美少年で、今は美青年だからさ。オカーサマがのめり込むのは仕方ないよ。オカーサマの持ってるどの人形より顔整ってるもん、俺」
「……ブサイクな人形しか持ってないのね、あんたのオカーサマ」
「ひでぇ」
そう言いつつ、ギルバートは困ったように笑った。
「まあ、だから仕方ないんだよ。オカーサマにとって、俺は息子じゃない。お人形さんなんだ。だから、思い通りにならないと心が乱れる。何年か前からは、ちょっと酷くてさ。俺が何か話したり食べたり、動いたりするとヒステリーを起こすんだ。だから、イザベル。イザベルが飯食わせてくれて、話聞いてくれて、夜までここに置いてくれて、俺、本当に助かってたんだぜ。ありがとう、イザベル」
やめなさい、そんな穏やかな顔でそんなこと言うの。また喉がおかしくなって、声が出なくなったじゃない。私はこんなにも、こんなにも怒っているのに。
「あっ、あん、たはっ、お人、形なっ、なんか、じゃ、ないっ。人間っ、よ」
何とかひねり出した声と拳は、どちらもへろへろのよろよろで、ちゃんと届いたのかわからない。なので、もう一度拳を振るった。ぱすん、と間抜けな音とともに、ギルバートの胸に正拳突きが埋まる。
「あんたは、人間よっ!」
「うん、ありがとうイザベル。聞こえてるよ」
「あほバート! 私は、人とご飯を食べてたんだからっ! 人の作ったおやつを、人と一緒に食べてたんだからっ! 次、同じこと言ったら許さない!!」
「うん、イザベルに許されないのは嫌だから、もう言わないよ」
そっと伸びてきた腕に抱き寄せられて、臙脂色のシャツの胸元に顔をうずめた。私は手までおかしくなってしまったのか、両手でギルバートのシャツをクシャクシャにするほど握り込んでしまって、壊れた喉から出る音を消そうと硬い胸板に頭を寄せた。
それから。シャツをびしょびしょにしたギルバートがもう一度着替えることになるまで、私達はずっと、カウンター席に座っていた。
しばらくして、ずび、と鼻をすすってから、着替えたギルバートに向き直る。グッド店主らしく腕を組みながら。
「ギルバート、あんた今日泊まるでしょ。2階のベッド使っていいわよ」
「とっっっ」
奇声を上げて固まったギルバートの手を仕方なく引いて、2階の自室へ上がろうとする。しかしギルバートはまるで石のようにその場を動かない。
「とっ、ととと、泊まり……!? イザベルの、家に……!? 2人で!? そんな、破廉恥だっっ!! だって俺たちまだ」
「安心しなさい、私は外にいるから。鍵もあんたに渡すから、内側から鍵締めて寝なさいよ」
「どういうこと!?」
「口で何を言ったって不安でしょう? 私、朝まで外に出ているから、安心して寝ていいわよ」
「ダメに決まってんだろバカ!! さっきの今でなんで1人で出歩けるんだよバカ!! 絶対1人で外出るな!! 昼間も夜も!! 女の子なんだぞ!?」
がっ、と両肩を掴まれ叫ばれる。しかしあまり痛くない。
しかしうるさいやかましい騒がしい。
「なら私の両手足でも縛っておいて。あとは店の床にでも転がしておいてくれればいいわ」
「ダメだろ!! ひとつも良いところが無いだろうが!!」
「ならどうしろって言うのよ」
「普通に俺が床で寝るんだよ!!! イザベルは鍵かけて2階のベッド!!」
「話を聞きなさいよ、あんたがベッドで寝るの」
「通じねええええ!! レオ並に通じねえええ!!!」
「失礼ね」
結局、朝まで2人で寝ずに将棋をして過ごした。
盤の上で敗色濃厚なギルバートは、私のベッドの上に置いてあるおおきなクマのぬいぐるみを見て、じっとりと目を細めている。諦めてないで早く次の手を指しなさいよ。
「イザベル、あのクマどうしたんだ。自分で買ったんじゃないだろ。でかい割にやけに質が良いし、誰に貰ったんだ。まさか毎日抱っこして寝てるとか無いよな」
「匿名配送よ。忘れたの? ここに越してきた日に届いたの。それから夏場は暑いから一緒に寝てないわ」
「は? 夏場は?」
「あんたも抱えたいならどうぞ? ほら、それより次間違えたら詰むわよ気をつけなさい」
「ああああ!! 現役騎士学校生の美青年俺が負けるううう!! なんでだーー!!」
「図書館にあった将棋本は丸暗記してるもの。あと普通に得意なのよ」
「勝ち目ゼロかよ!!!」
この日の朝は優しくて、すぐに来てくれた。
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