8食
公共の馬車に揺られてやって来たのは、我が国最大の港。
漁船はもちろんだが、ここには国外からの輸入品を乗せた船が多くやって来て、なんだか異国の匂いがする場所だ。日に焼けた人々やそうでない人、聞き慣れない言葉を話す人や商品を完全に道に並べているような小さな店や屋台も多く、活気に溢れている。潮風の香りが、すうと頬を撫でた。
「くそおおおお!!」
「うっさいあほバート」
そんな賑わう道端で崩れ落ちたギルバートを尻目に、目当ての食器屋へ歩みを進める。アレと関係者だと思われるのが恥ずかしい。私は威厳のある店主として無視して進むことを決めた。
「ギルバート・ドライスタクラート、大丈夫か。馬車での移動が怪我に響いたのなら、手当てを」
「ちっげえよ!! ちげぇよバーカバーーーカ!!」
「ばか」
「うわああごめんレオ君悪口言いたかった訳じゃないんだよおおお!! 俺の荷物持ちにわざわざ来てくれたんだろありがとう!! それは分かるんだ、分かるんだけどさあ!! 今日はさあ! 空気をさあ!! 読むとかさあ!!!」
「レオで構わない」
「くそおおおお!! 3年目で初めてのお出かけだったのにーー!!」
ぎゃんぎゃんうるさいやかましい騒がしい。
仮にもこの国きっての貴族のご子息さま2人が道端で何をやっているんだか。というか護衛もつけずこんな所に連れてきてしまったのは大丈夫だったのだろうか。
あの二人なら大体の刺客より強いとは思うが、それはそれだ。あの二人の親は自慢の息子達がウチの店に入り浸っていることを認識しているのか。私は一応お家取り潰しにあった貴族の生き残りだぞ。
「いらっしゃーい!」
「このお皿20枚ありますか?」
真っ白な陶器の皿が並ぶ店に入って、失われた我が店の皿を買う。この店の食器は全て真っ白で、前にここの食器を見かけた時に心奪われた。装飾も何も無いこんなに真っ白な皿、見たことがなかったのだ。
「あと、大皿を10枚と小皿を20枚と、こっちのお皿を一種類ずつ20枚」
「はいよー。大きめの皿は宅配サービスが付くよ。小さいのは割れちゃうと責任取れないから、申し訳ないけど自分で持って帰ってね」
ラッキー。全部は重くて持ち帰れないと思っていたのだ。これで自力で持ち帰るのは小皿40枚と中皿40枚になった。
気持ちよく支払いをしていると、店に騒がしい銀髪と黒髪が飛び込んでくる。
「イザベル! 危ないから1人で勝手に行くな!! っていうか置いてくなよ!! この美青年を無視して行くなよ!! しかももう皿買ってるし!」
「店についての決定権は全て私にあるわ。私が
「イザベルがルール」
「あ、バカ! レオが変なこと覚えたらどうすんだ!! 既に俺たちのせいで壊れかけなんだぞ!!」
「壊れかけの私」
「ごめん悪口じゃないんだレオ君ーーーー!!」
「レオで構わない」
「うるさいわね、お店で騒がないの。ほら、こっちは私が持つから、小皿はレオが持って。割らないでよ」
「承知した」
小皿が40枚も入った重い袋を、危なげなくレオが受け取り抱えた。そのまま店の端に移動しても、袋を少しも揺らさず、物音ひとつ立てなかった。そんなにきっちりできるなら皿洗いでも皿を割らないで欲しかったわ。
「お嬢さん、これ持てるかい……?」
「ええ、ご心配ありがとう。素敵なお皿、大事に使わせていただくわ」
心配そうにこちらを見やる店員にパーフェクト店主スマイルをお見舞いしてから、机に置かれた袋の底に手をかけた。中身は中皿40枚、この私の敵じゃないわ。仮にも元騎士学校生よ。
「せいっ!!」
目覚めろ私の秘められた筋肉。
「うううっ、ぬううう!!」
「何やってんだイザベル。女の子が出す声じゃないぞ」
ひょい、と私が手をかけていた袋を片手で持ち上げたギルバート。この馬鹿力め、では無い。
「離しなさいギルバート! 怪我に響く!」
「いやこれぐらい……片手だし。そもそも治りかけだから大丈夫だ」
「私が持つのよ! 早く離しなさい!」
「持ててなかっただろ? お前力ないんだから無理すんなよ。腰やるぞ」
「上等よ!」
「何が!? 何が今日のイザベルをそんなに頑なにしてるんだよ!」
あんぽんたんギルバートから袋を奪おうとして、背後からぬっと現れた手に阻まれる。さらにその大きくごつい手は、ギルバートの持つ袋を掴んでまた背後に消えていった。さっきからコイツらこんなにも重いものをひょいひょい片手で持ち上げ過ぎではないだろうか。
「ギルバート・ドライスタクラートの荷物は、私が持とう」
片手で袋を1つずつ抱え、スタスタと店を出たレオ。これから騎士になる男がそんなに簡単に両手を塞いでしまっていいわけが無い。
「せめて小皿は私が持つわ。寄越しなさいレオ」
「イザベルが持つと小皿が割れることが予想される」
「割らないわよ。私がルールと言ったでしょう、あんたもアインツェーデル家の者として利き手は空けておきなさい」
「問題ない。私に利き手は無い」
「両利きとかそういう話してんじゃないわよ」
「今回の支払いは私がする。これは私、レオ・アインツェーデルがすべきことである」
「面倒ね。言うこと聞かないとおやつ抜きにするから」
「おやつ抜き」
ぴたりと動きを止めたレオから袋を奪おうと引っ張ったが、袋が固まったように動かなかった。どんな持ち方してんのよコイツ。
「お前ら、こんなとこで喧嘩すんなって。俺が半分持つからさ、それでいいだろ?」
「あんたは何も持てないのよ!」
「ギルバート・ドライスタクラートは何も持てない」
「最早悪口だろ!!! わかったやっぱりレオ君さっきのこと根に持ってるだろ!? イザベルも本当は買い物来たくなかったんだろ!!」
「レオで構わない」
「買い物は好きよあほバート!」
「なら楽しく行こうよおーー!! せっかくスパイスマーケットも魚市場もあるのにさあ!! 俺今日楽しみにしてたんだよおお!!」
確かに。
途端に冷静になって、先程までの行動を反省する。それに、この銀髪がせっかく楽しみにしていた買い物を私のせいで台無しにするのは不本意だ。それはもう、本当に不本意だ。
「ごめんなさいレオ。今日はそれをお店まで持ってくれる? それで食器割った分はチャラよ。おやつも付けるわ」
「これらの運搬だけではイザベルの損害に見合わない」
「何言ってるのよ、これからそれ持って長々と買い物に付き合って貰うんだから、完璧に釣り合ってるわ」
「承知した」
私とレオが話をつけても、ギルバートは情けない表情で地面を見ながらボソボソ言っていて動かないので、仕方なく奴の怪我をしていない方の手を取った。でも、なるべく自然にギルバートの手を握ろうとして、なんだか血流がおかしくなったのと手汗が気になったのと海鳥が鳴いていたので、仕方なく長く綺麗な形をした、毎日剣を握って固くなっている人差し指だけを掴んだ。それはもう優しく、乙女を扱うように。うん、私はただ怪我人を気づかっただけで、これはグッド店主的行動以外の何事でも無い。そう、素晴らしくグッドな店主よ私。
「……ほら、スパイス見たいんでしょう? 行くわよギルバート、レオ」
「承知した」
「はっ、っ、えっっ、て、だっ、イザべ、え、手……!?!?」
うるさい騒ぐなあほバート。
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