7食
夕方。
準備中の看板がかかった店内、自慢のカウンター席で。
「ギルバート、今日のご飯は?」
「ラザニアだ! デザートにはパンナコッタもあるぞ! この美青年を敬え腹ぺこ2人!」
久しぶりのちゃんとした夕飯とデザートに、思わずガッツポーズを決めた。
「ラザニアを作ったのはギルバート・ドライスタクラート。パンナコッタを作ったのもギルバート・ドライスタクラート」
ギルバートが店に戻ってきたのにも関わらず今日もやってきたレオは、厨房に入ってギルバートにピッタリとくっつき、重いものや上にある物を取る時に手を貸していた。皿がないので皿が割れる音は響かず、私は久しぶりにカウンターに座って新聞を読んだ。
「別に俺が開発した料理って訳じゃないからな!? というかレオはなんで今日も来てんだ!! まあ手伝ってくれて店的には助かるけど……いいのか? 放課後をこんなことに使っ、て、……ってまさかレオもイザベルに会いに!?」
ギルバートが当たり前のように私の隣に座って、その隣にレオが座る。自慢のカウンターに、ことりと3つの器が置かれた。ラザニア皿だけ、さっき3枚買ってきたのだ。
「私の目的は怪我を負わせたギルバート・ドライスタクラートの手伝いだ。イザベルに会うことは目的では無い」
「表面だけでも店主に媚び売っときなさいよね。おやつ食べに来てるだけでしょ」
「おやつを作ったのはギルバート・ドライスタクラート」
「あんた私と会話する気ないでしょ」
「落ち着いて食えよお前ら……」
あつあつのラザニアを口に運び、じわりと口の中に広がる熱さとミートソースの旨み、チーズが合わさって、頬が落ちるとはこのことかと理解した。思わず自分の頬に手を当てる。
「美味しい!」
「熱い、と思う」
「ふ、ふん、まあな。まあ、この美青年が作ったラザニアだからな。出来たてだし、美味しいか、そうか、ふうん、そうか」
もごもごと何か言いながらラザニアを口に運ぶギルバートに、黙々と食べ進めるレオ。
長らく2人だけだった自慢のカウンター席に座るのが3人になったのは、なんというか、まあ、悪くはない、ことも無いかもしれないことも無い。賑やかさにはギルバート1人で十分だったが、やっぱり席が埋まるのは嬉しいものだ。うん、あくまで店主的にそう思う。グッド店主思考的に。
「イザベル、結局明日も休業か?」
「ええ、お皿が無いもの」
「謝罪する、イザベル」
「いいわよもう、レオが居てくれて助かった時もあるし」
偉そうな憲兵にイトシゴの張り紙を10枚押し付けられそうになった時、ほんの少しだけね。他の行動でほとんど相殺されてるけどね。
「た、たた助かった時!? そりゃレオが居たら助かるだろうけど、イザベル、や、やっぱり俺もう要らないか!? レオが居るなら俺邪魔か!?」
「食べるに困ってるって言ったのあんたでしょ。ならいつでも来なさいよ。そして食べたらその分働いて」
途端、ほっとしたように眉を下げるギルバート。
そんな顔したって私は何も気の利いた事は言わないわよ。そもそも物理的に喉がしまって声出ないし。なんだこれ。若干暑いし。
「ギルバート・ドライスタクラートは食べるに困っているためイザベルの店で働く」
「いや事実そうなんだけどそう言われるとなんか嫌だ!!」
「ギルバート・ドライスタクラートはなんか嫌だ」
「単純な悪口!!! っていうかレオ君壊れちゃったのか!? アインツェーデル家のご子息壊しちゃったのか俺たちは!! 我が校の首席が!! 国の宝が!!!」
「レオで構わない」
「くそおおおお!! まだ続いてたのかそれええ!!」
うるさいやかましい騒がしい。
そんな2人を放っておいて、私は白くつややかなパンナコッタに手を伸ばした。皿がないのでカップに入れられたそれにスプーンを滑らせる。ふるん、とゆれたそれを慎重に口に入れた。
「美味しい! ありがとうギルバート!」
「べっ、別に、俺は別に、別に……美味しいなら、別に……」
「イザベルのパンナコッタ」
何やらボソボソ言っているギルバートの奥から、首だけこちらに向けて相変わらずの無表情で私の手元を見つめるレオ。
「なによ、ちゃんとそっちにレオのもあるじゃない。レオのパンナコッタはそれよ」
「レオのパンナコッタ」
「レオは君だろ……? 本当に壊れちゃったのか?」
困惑するギルバートの横で、レオは黙々とパンナコッタを食べ始めた。
今日は明日の準備もないし、私もゆったりこのパンナコッタを楽しむことにする。丁寧にすくい上げたそれをまた口に運んで、バニラの香りと牛乳の甘みを口の中で転がしていると。
「イザベル、あのさ、俺、明日学校午前で終わりなんだ。だっ、だから、その、あの……いい、一緒に、買い物に……!!」
「ああ、お皿買うのについてきてくれるのね。助かるけど、あんたまだ怪我人なんだから無理しないでよね」
「無理じゃない、全然無理じゃないから!! よし、イザベルが前可愛いって言ってた港の方の食器屋に行こうぜ! あそこなら他にも色んなものがあるから、つ、ついでにほかの店も見れるし! あくまでついでにな!」
興奮したように頬と耳を桃色に染めて、騒がしく言い訳を重ねるギルバート。そんなに言い訳せずとも、別に他の買い物をするぐらいで怒ったりなんかしないのに。
「はいはい、分かってるわよ。あんた調味料マーケットに行きたいんでしょ? 店でも使うなら経費で買い物していいわよ」
「えっ、いいの? やったぜ、あそこ輸入もののスパイスとかはちみつとか……って違う!!! 違くないけど違う!! くっ、自分の料理への情熱が恨めしい!!」
床に崩れ落ち拳を握りしめたギルバート。それをカウンター席から無表情で見下ろしたレオは。
「ギルバート・ドライスタクラートは情熱が恨めしい」
「くそおおおお!! く、くそおおおお!!」
「あんた貴族のくせに言葉遣い悪いわよね」
「イザベルに言われたくない!!!」
「うっさいわ」
「くそおおおお!!」
叫ぶギルバートに被せるように、ごーん、と奇跡的なタイミングで夜の鐘が鳴った。思わず吹き出しかけて慌てて顔を背ける。ちょっと面白いじゃない、でも私は威厳のあるナイス店主なので笑わない。耐えてみせるわ。
「うわーーもおおおーっ!! 鐘のバカ野郎ーー!! とりあえず帰るぞレオ!! イザベル、皿洗っておけよ!戸締りもしろよ! あ、あと!!」
からんからん、とドアの鈴が鳴る。しかし、2つの背中はまだ中に。
「明日、迎えにくるから! ちゃんと待ってろよ!」
「はいはい、気をつけて帰りなさいよ」
からん、とドアが閉まって1人になる。
記憶の中の帳簿を確認して、明日の出費にため息をついた。パーフェクト赤字。さらに、洗面所の鏡に映る私の髪も瞳も、赤、赤、赤。
やっぱり、赤は嫌いだ。
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