1食

 王都の夜。準備中の看板がかかった我が店の、自慢のカウンター席で。

 ここ2年毎日繰り返される質問を、今日も口にした。


「ギルバート、今日の夜ご飯は?」


「トマトスパゲティ! 聞いて喜べ、分厚いベーコン入りだぞ!!」


 思わず両手を上げて軽く立ち上がった。しかし、2つの皿を手に厨房を出てきたドヤ顔のギルバート銀髪美青年を見てちょっと恥ずかしくなったので、すっと座って両手を膝の上に戻す。

 危ない、まかないでは滅多に出ないベーコンに我を忘れかけた。危うく厳かな店主のイメージが崩壊するところだった、でもセーフ。ナイス店主よ私。


「デザートにシフォンケーキもあるぞ! どうだ、嬉しいかイザベル!!」


 立ちあがり拳を振り上げた。今なら革命ぐらい起こせそう。未来が見えるイトシゴとかどうでもいいな、だってシフォンケーキだもん。

 ギルバートはカウンターにスパゲティの皿を置いて、当たり前のように私の隣に座った。そして世界で一番俺が偉いとでも言いたげな顔でこちらを見ている。うん、今日は間違いなくあんたが一番よ。私ケーキの中でもシフォンケーキが一番好きなの。


「嬉しい! ありがとうギルバート!」


「っえ? あ、そう? そ、そっか、そんな嬉しいか……」


 ドヤ顔を引っ込め、何やらモゴモゴと言っているギルバートを横目に、いただきますと声をあげた。すぐさま口の中にトマトの酸味とコク、ベーコンの旨味が広がる。うん、やっぱりあんたが一番よギルバート。絶対この国で一番美味しい夜ご飯だ。


「美味しい! さすがウチの厨房に入ってるだけあるわね!」


「……そっか……」


「あら、あんたは食べないの?」


「おう! イザベル、俺の分も食ってもいいぞ!」


 満面のドヤ顔でもう一つの皿を差し出される。とうとう騒音の出しすぎでとち狂ったか。どうりでさっきから妙に大人しいと思った訳だ。


「あんたの分なんだからあんたが食べなさい。今日も剣ブンブンしてきたんでしょ? 食べないともたないわよ」


「ブンブン……騎士の鍛錬がブンブン……」


 整った眉を寄せ、美しい銀の瞳を片手で覆いながら、ギルバートはスパゲティを口に運び出した。やはりお腹が空いていたのか、ぱくぱくとスパゲティが消えていく。


「ブンブンするのって疲れるわよね。あ、学校のみんなは元気?」


 実は、私は昔この銀髪男と同じ騎士学校に通っていた。なんと私、ちょとした貴族の末娘ちゃんだったのだ。

 まあ、諸般の事情(当主である父が、領地であつめた税を横領、国外から酒を密輸、公文書改竄その他諸々の悪事をコンプリートし斬首された)により家は潰れ、私は1年で学校を中退したのだが。


 しかし不幸中の幸か、父の望むお嬢様学校ではなく騎士学校に入学したことで半ば勘当状態になっていたおかげで、私は処刑を免れた。

 さらに幸運なことに、本来なら無一文で姓もなくして路頭に迷うはずだったのを、父と道連れになった母や他の兄姉達の最期の頑張りにより王都に土地を残してもらったので、今はこうして店を開いて生きている。

 ちなみに、店を開くときに高くて買えないなと思っていた電気冷蔵庫は開店初日に匿名で送られてきた。世の中には結構不幸と幸いが落ちているらしい。


「みんな元気だけど、今年姫殿下が入学してきてからは生徒も教師もガチガチだぜ。なんで守られる側のお姫様が騎士学校なんかにきたんだろうな?」


「物好きなお姫様もいたもんねぇ」


「そもそも男ばっかだし、騎士の家の子以外女子が来るような場所じゃないのになあ」


「何がしたいのかしらねえ」


 しみじみと、我が国のお姫様のおイカれ具合を噛み締める。

 一度厨房に戻ったギルバートが、暖かい紅茶を出してくれた。そして、ことりと目の前のカウンターの上に真白い生クリームを添えられたシフォンケーキが置かれる。


 なんて、こと。まさか、生クリームまで一緒なんて。


 今なら空ぐらい飛べそう。騎士になりたいお姫様とかどうでもいいな。

 うっすらと紅茶の味のするシフォンケーキを噛み締めていると、隣に座ったギルバートがふふ、とこちらを見て笑った。いつもの騒がしい残念な表情ではなくて、本来の美しい顔をほんの少し緩めただけの、見たことのない表情だった。


 そんなギルバートのせいで、一瞬大好きなシフォンケーキの味が飛んだことに焦りを通り越し怒りが湧いてくる。


「こ、このあほバート!」


「唐突な罵倒!? このシフォンケーキの作者にして美青年の俺に向かってなぜ!? っていうかお前はなんでそんなに口が悪いんだよ! 元お嬢様だろ!? ごめんあそばせとか言えよ!」


「普通にうっさいわ」


「クソおおお!! 語彙力じゃ負けてないはずなのにいつも言い負かされるのはなんでだあああ!!」


「ケーキおいし」


「なら良かったよおおおおお!!!」


 騒音とともに机に突っ伏したギルバートが、のそのそと顔をあげた頃には私のシフォンケーキは残り三分の一を切っていた。慎重に食べ進めなければ。


「……なあ、イザベル。このイトシゴの張り紙、なんで急に張り出したんだ? 今まで一回も貼らなかっただろ?」


 自慢のカウンターの上に雑に貼られた張り紙を、ギルバートが指さす。


 イトシゴ、未来が見える人間。 

 神に愛され、未来を見ることを許され、この国のために尽くすことを神と約束させられた愛い子。

 海に囲まれ長いこと閉ざされていたこの国に古くからある、チープな御伽噺だ。ただ、フィクションでないのがタチが悪い。


 未来を見るイトシゴは、人間にはわからない条件でこの国に出現する。人間にわかっていることは2つだけ。


 ・イトシゴは必ず1人、常に存在するということ。複数が同時に存在することはなく、前のイトシゴが死ねばその瞬間に次のイトシゴが現れる。

 ・イトシゴは王族貴族平民に関係なく、この国のどこかで生まれる。


 そんなイトシゴは、未来が見えるという人外能力を持つために、国が必死になって探す存在だ。

 この張り紙にもあるように、イトシゴを見つけた者には王自ら褒美を取らせ、何不自由ない生活を保証することになっている。また、イトシゴを隠すことは国家に逆らう大罪とされる。


 と言っても大体の場合、こんな張り紙などなくとも5年以内には次のイトシゴが見つかる。イトシゴは、次のイトシゴの存在を未来視するからだ。

 しかし、何故か先代のイトシゴは何も言い残すことなく死んでしまい、現在なんと19年もイトシゴが見つかっていない。前代未聞の珍事に、国、もとい国王陛下は未来が見えない恐怖と相まって相当慌てている。


 次のイトシゴが早く見つかるといいね、などと思いながら、未来が見える19歳の私はここに張り紙を貼った。

 うん、きっと私が死ぬまで見つからないだろうなとは思う。小さい頃から未来が見えるとか誰にも言ったことなくてごめん。どんまい国。


「昨日、これ持った憲兵が来ちゃったのよ。とりあえず、しばらくは貼っておくわ」


「憲兵!? なんだそれ聞いてないぞ!! 大丈夫だったか!? 何もされてないか!?」


「ミルクレープ見せびらかして帰らせたわ。ザマアミロ、よ」


「危ないことするな! 女1人で住んでんだ!! もっと用心しろ!!」


 が、と両肩を掴まれた。必死な声音と表情で怒鳴りつけられて。


「痛いしうっさいわ」


「ぎゃあっ」


 思い切り、小さく薄い頬を張り倒した。びぢん、と肉を打った鈍い音が響く。その後よろよろと静かに床に崩れ落ちた銀髪は。


「ぶ、ぶったあああ!! 俺の顔ぶったーーー!!?? こ、この美青年、顔面国宝を!? でもごめん痛くして! 力入れすぎた!! ごめん!」


「ふん、私を訪ねてきたのは向こうよ。媚びられこそすれ、媚びる謂れはないわ」


「お前そういうとこだけ貴族残ってるの良くないぞ!?」


「あ、鐘鳴ったわよ。あんた門限は? 早く帰りなさいよお坊ちゃま」


「クソおおおお!! もう危ないことすんなよイザベルーー!! また明日ーー!」


 からんからん、とドアの鈴を鳴らし、銀の髪が出て行った。

 急に静まり返った店で、残りのシフォンケーキを口に入れる。


 私が憲兵と喧嘩しようが誰と揉めようが、正直どうでもいい。私は気に入らない相手に拳を握りこそすれ、何もせず相手のいいようにされるなんて絶対に許せない。それに。

 未来では、あんたが死ぬのよ、あほバート。せっかく綺麗な銀髪も、白い肌も、瞳も全部私の嫌いな赤に染まって。


 何不自由ない生活なんて要らない。国から祭り上げられるなんて反吐が出る。国家反逆上等だ。だって、ただ先を見るためだけに城に囲われていては、きっと。


「……はあ」


 そろそろこの鬱陶しい派手な赤髪を切ろう、そう思って、皿は洗わずに2階の自室へ上がった。

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