第39話 彼の記憶②
「そうだな…………」
クリスは、お酒を一口だけ口につけたまま、しばらく黙って考え出した。
――――そして、完全に部屋の中の音が消えかかったその時になって、ようやくクリスは喋り出す。
「…………研究に必要なものって、君は何だと思う?」
ダスティンには、その言葉の意味が全く理解できない。
「は? おい、ちょっと待て! 聞いてるのは俺だ! 先に俺の質問に答えろ! さもないと最初からこの話はなしだ! 聞かなかった事にするぞ!」
しかし、ダスティンの怒鳴り声が部屋を突き抜けるくらいに響いているというのに、当の本人は全く微動だにしない。……むしろ、少し馬鹿にしたような笑いをしだす。
「…………まぁまぁ、落ち着いてくれよ。この距離だ。君の声が聞こえないわけないだろう? ハハハ……。全く、短気は損気だぞ?」
「…………チッ、るっせー。続けろ」
ダスティンは、不機嫌そうな顔で舌打ちして煙草を吹かせまくった。――そんな中、クリスは今の状況を楽しんでいるかのような雰囲気で話を続けた。
「…………さっき僕が言った事の答えは簡単だ。どんな世界においても、研究を成しえるには実験体が必要だ。それも多くの……そうだな、すぐに使いきれそうな奴だ。それさえあれば、私の研究は完成する」
「…………」
ダスティンは、何かを察して顔を強張らせたまま黙った。
「……ふふふっ。感が良いね。今の話で何となく分かったみたいじゃないか?」
ダスティンは、急に声のトーンを下げて、小さな声でクリスの耳に囁くようにして話し始めた。
「…………具体的には、誰を殺すんだ?」
クリスも同じように低い声で耳元に囁くように喋り出した。
「…………それを見つけるのも君だ。君が、実験用のラットを取って来てそれを僕に報告する。そして、僕と一度顔合わせをした後に……ダンジョン攻略と偽って、調査を始めてもらう。ある程度分かってきたら、後は始末して貰うだけだ。…………できるね?」
「…………ん?いや待て、どうしてお前と顔合わせなんてわざわざしなきゃならないんだ? 別にそんな事しなくても…………」
――――すると、クリスの口角が突然いやらしく吊り上がる。
「………………それが、私の固有魔法なんだから仕方ないだろう?」
*
「…………そんな……この世界が、異世界じゃない……だって……………………?」
アランは、悲しみの混じった低めの声でそう言い、ダスティンの事を悔しそうな目で見つめていた。
「…………これが、全てさ。分かったろ? この世界にはもう希望なんてない。お前が望んでいたような、異世界も、ダンジョンもギルドも冒険も異種族も……何もかも全て本当に存在しない。……滅んだんだ」
「……じゃあ、そのキマイラは一体…………」
アランは、悔しそうな声で後ろに存在する真っ二つに切り裂かれたキマイラを指さす。それを見たダスティンは、アランの事を嘲笑うかのような大きな声で言った。
「…………あぁ、それ? ……そんなの、嘘っぱちに決まってるだろ~? さっきも言ったが、クリスは研究者だ。この位の合体動物なんて、材料さえ拾ってくれば料理をするくらい簡単にいつでも作れる」
「…………!」
アランが、驚いた顔でダスティンを見る。――すると、隣で話を聞いていたセリノが口を開いた。
「つまり、あの魔獣は……ただの実験動物。アランを殺すためだけに作られたいわば、生物兵器って事?」
「あぁ、そうだ。まっ、結局誰も殺せなかったし、俺は正直失敗だと……思っていたよ。
ダスティンは、少し間をおいてから、話を続けた。
「………………へへへっ、しかしまぁ……予想外だよ。今回のあれの活躍は、クリスにとって相当評価が高かったみたいでな」
「え? …………」
セリノの顔全体に「?」が浮かんでくる。…………それを見たダスティンは、更に凶悪な笑みを浮かべて話し出した。
「…………なぁ、アラン? お前さぁ、”あれ”と戦ってた時に、何か拾ってたよなぁ?」
「?!」
アランの頭の中に、心当たりのあるものが浮かんでくる。
――――まさか!?
瞬間、彼は自分のGパンのポケットをギュウっと握りしめる。
――ダスティンは、それを見逃さない。
「…………渡せよ? 分かってるんだぜ? なんせ、お前は既にクリスの固有魔法の術中にハマってるんだからなぁ~。隠そうとしてもバレバレだ」
「…………固有魔法ですって!?」
セリノが、驚いた表情でそう言う。――ダスティンが続ける。
「…………そう。クリスの固有魔法。 ”クーハーヴィーギィ” 一度でもクリスと目を合わせた事があると、アイツに自分の五感を強制的に共有しちまうのさ。…………あの時、お前をクリスに出会わせたのも……この固有魔法を発動させるための作戦。…………つまり、今お前が自分の目で見ているその映像も聞いている事も、全部遠くにいるクリスには筒抜け……お前が、ポケットの中に隠したそのものが何かも、アイツには分かってるのさ。…………なぁ? 抵抗しようとしても無駄だろう? テメェが何か持っている事は、クリスも……それから俺も分かってるんだよ。……渡せよ」
「…………」
――――――アランの体が、本能的に後ろへ引き下がっていく。
「……逃げるなよ。アラン。お前が、それを渡してくれさえすれば、命くらいなら見逃してやる。…………渡せよ?」
「…………」
その言葉を聞いたためか、引き下がっていくアランの足の動きが一瞬だけビクッと止まり、彼の表情の中に安心の二文字が入り込んだ。
――ダスティンは、やはりそれを見逃さなかった。彼は、どんどんアランに近づいてくる。
「…………」
「…………」
――――――――しかし、ダスティンがアランのすぐ傍にまで近づこうとしたその時だった。
「…………アタシは、主から離れろと言ったはずだ」
1人の少女の強い言葉が、2人の男の間に割って入った。
「…………」
ダスティンの目に再び鋭さが戻ってくる。
「セル…ピー?」
少女は、強くダスティンの事を睨みつけながら言った。
「…………主よ。そのポケットに入っているものを絶対、渡すでないぞ。それが渡ったら、奴はきっと主を殺すし、ダンジョンの最奥へ向かう事だろう。…………それだけは絶対にさせてはならん。主よ、お前は生き残らねばならない。……生き残って、このダンジョンの最奥を目指すのだ」
――――この子は、一体何を言っているんだ?
アランが、そう思っているとその向こうにいるダスティンが怒気の混じった声で言った。
「…………テメェは、さっきから意味わかんねぇ事バッカ抜かしてんじゃねぇぞ。メスガキャァ?」
「…………アタシの言っている事の意味なんてキサマなんぞに分かってもらう必要なんぞない。アタシは、ただ主に用があってここまで来たのだからなぁ」
謎の少女セルピナは、それだけ言うと手を天高く上げだす。――すると、その手が伸びた場所に円形の魔法陣のような見た目をしたものが広がりだす。
少女がちょこっと背伸びをして、その魔法陣の中へ手を突っ込んで中にある何かを持ったまま引っ張りだすように勢いよく手を動かす……!!
すると、なんと少女のその手には明らかに見た目や身長に合っていない刃先まで真っ黒で、所々紫の入った大鎌が握られていた。
――――少女は、その大鎌をダスティンの方へ向けて凛とした顔で言った。
「…………アタシは、主をこのダンジョンの最奥まで導き、真実を伝えるためにここへ来た。その邪魔をする奴は、誰であろうと許さん。この死神――セルピナの
少女の言葉を聞いて、セリノは再び剣を抜き、ダスティンもスーツの中から拳銃を取り出した。
――――3人はそれぞれの武器を構えたまま睨み合った。
しかし、そんな中でアランは1人、少女の放った言葉にただ驚愕しているのだった。
「…………死神。まさか!?」
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