第38話 彼の記憶①

「…………ダス……ティン?」



「…………すまねぇな。アラン。これも仕事なんだ。しょうがない事なんだよ。なんせ、クリスからの頼みだからなぁ」


「…………頼み?」



「あぁ、そうだ。…………お前をここへ連れてきて、調させる。んで、何か発見でき次第、始末して調査終了さ」


「調査……それは、一体?」



 するとダスティンは、普段よりもドスの利いた笑い声をあげながら喋り出した。

「…………ヘへへッ、まぁここまで来たら全部話してから殺しにかかった方がすっきりってもんだよなぁ~。…………良いぜ? 言ってやるよ。俺達の本当の狙い」








     ――それから、ダスティンの話が始まるのだった。







              *




 ――――ダスティンとクリスが出会ったのは、今から10年前。丁度、世の中が変わりだした頃だった。その頃のダスティンは失業していて、もうこの世界で生きる事に何の希望も抱いてはいなかった。


「…………はぁ」



 この頃の彼は、いつも頭の中で一つの言葉を思い出すようになっていた。




「………………ゴミ野郎」



 それは、彼にとって最も憎むべき相手が放った言葉だった。





 ダスティンが、この世界へ来る前。現実世界にいた頃。彼は、とある国の貧乏な家に生まれた。


 ――家庭環境は、最悪だった。父と母からは毎日のように暴力を受け、学校から帰ると奴隷のように家事の全てを押し付けられた。学校へ行っても、彼に居場所というものは存在せず、毎日のように貧乏人である事を馬鹿にされ、教師からでさえも見下され続けた。

 そのうち彼は、日常の全てに怯えるようになった。どんなモノ、どんな人がやって来ようと彼は、ブルブルと体を震わせるようになった。


 しかし、それでも彼は生きようとした。必死に必死に…………彼は、まるで大きな動物から必死に逃げてはいずり回るネズミのように前半生を駆け抜けた。



 そんな苦しい少年時代に父親が放った言葉が「ゴミ野郎」だった。


 ――――きっかけがどうだったかは、覚えていない。しかし、この言葉を言われた時、彼の中で一つの気持ちが芽生えだした。





 ――いつか、自分がこいつらにゴミ野郎と言ってやる…………。




 その時からダスティンは、誰も見ていない所でこっそり勉強をするようになったり、地道に靴磨きで小遣いを稼ぐようになった。


 ――最初は、足し算も…文章を書く事でさえも全然できなかった。靴磨きもうまくいかず、しょっちゅう色んな大人から暴力を受けたり、金を貰えなかったりした。


 ――しかし、10歳の時から段々と小学校レベルの勉強は一通りできるようになり…………。


 ――彼が中学2年生くらいの歳の頃には学校一の天才と呼ばれるようになり、その頃には靴磨きをしていた頃のお客達から”頼み事”と称してちょっとしたアルバイトを頼まれるようになった。

 そのため、彼は貯めたお金を使って両親の住む家から独立し、そこで法律の勉強に励んだ。



 ――そして、最終的に彼は銀行に勤務するほどのエリートとなり、それまで自分を苦しめてきた親達には、様々な裏工作の末に多大な借金を背負わせる程にまで至った。

 ――――こうして、人生の絶頂を味わいまくっていた彼だったが、その人生はある日突然終わってしまう。





         死因は、表向きには自殺だった。


 しかし、そんな彼の体には到底自殺とは思えない位の数穴があけられており、詳細を知る者は誰1人として存在しないのであった。







              *


 こうして、この世界にやって来たダスティンは、前世の頃と同じように必死でこの異世界の事について学んだ。



 ――――そして、前世と同じように15歳位の時に彼は、冒険者として成功をおさめだす。

 冒険者バブルの真っ只中、彼は順調に冒険者として成功を収めようとしていた。



 ――だが、このすぐ後に歴史的な大変革が起こる。この世界の文明開化だ。これにより、ダスティンは冒険者としての仕事をなくし、更に戦闘や殺しといった冒険者としてのスキル以外にこれといって何かを身に着けたりしなかった彼は、次の職にもありつけず、そのまま失業してしまう。



 こうして、ダスティンは事あるごとに憎き父の「ゴミ野郎」という言葉を思い出し、そのたびに自分と社会の全てを恨むようになった。



 ――――そんな時、出会ったのがクリス・ハーベライトという謎の男だった。彼は、自分の事を最初は投資家だと言って、ダスティンに近づいてきた。


「…………君は、冒険者バブルの時代に”殺し”に関して右に出る者はいないと恐れられる程の人間だったと聞いている。……そうなのかね? ダスティン君」


「…………仮にそうだったとして、どうしてその投資家さんが、こんな俺に用があるんだよ?」



 すると、クリスは顎に手をやって少しの間考えた後、口を開いた。

「…………そうだな。事情は……ふむ。ちゃんと伝えるのが筋というものだな」



 クリスは、そう言うと店を変えようと言って、ダスティンを個室のある飲み屋につれていき、そこで話を始めた。


「…………私は、投資家である事は真実なんだが、実はもう1つ別の顔を持っているんだ。……フフフ…………そう、学者なんだ。とある研究施設でひっそり研究をしているわけでね……」



 ――――何が、フフフなんだ?


 疑問に満ちた顔を浮かべてダスティンは、手に持ったグラスを一度テーブルに置いて、クリスの顔をジーっと見つめて言った。


「…………何の研究をしているんだ?」


「……この世界の事について、だ」


「…………なんだそりゃあ? この世界の事? ハッ! こんなゴミみたいな異世界について研究して何になるっていうんだ! 変わってるな。アンタは」


 ダスティンは、そう言うと再びグラスを手に持ってそれを一杯グビッと飲み干した。


 すると、急に声のトーンを下げてクリスが喋り出した。


「…………君は、この世界をだと思っているのかい?」


「…………?」


 ダスティンは、疑問に満ちた表情でクリスの目をジーっと見つめた。




 ――クリスは続ける。

「いや、まだちゃんと分かったわけではないんだ。だから、あくまで私の予想の範疇でしかないわけだが……


「……!?」


「多分、現実のままなんだ。俺達が、前世の記憶を持ったまま幼少期を過ごし、成長して大人になったからあたかも異世界に来たみたいな錯覚を起こしてしまうだけで、多分現実のままなんだ。……ほら? 経験はないかい? たまに景色を眺めていると、なんだか非常に懐かしい気分に陥ってしまったりするだろう? こう、見覚えのあるかんじというかさ……」


 ――――確かに、そうだ……。


 ダスティンは、胸ポケットから煙草を一本取り出して火をつけたりしながら、彼の目を真剣に見つめていた。


「…………それにね、ダスティン君。私は、この前こんなものを見つけたんだよ」


 すると、クリスは持っていた小さめのバッグの中から何かを取り出した。




 ――――それは、白いハンカチに包まれていて、開いてみるとそこには、プラスチックでできた小さなフィギュアの腕のパーツがあったのだった。





「これって……」

 ダスティンは、それに何か見覚えがあった。…………彼の頭の中に前世の世界での記憶が映像として蘇る。





 クリスは、言った。


「…………そう。これは、僕らの言う前世の世界でよく見たフィギュアの腕パーツだ。折れていて、しかも塗装も剥げかかっていて、少し信憑性というものが薄い気もするが、このプラスチックの感触からして間違いなく前世の世界で販売されていたフィギュアだ。…………私は、ここからこの世界が異世界ではないと確信している。だからこそ、君にも私に協力して貰いたいんだ」



 ダスティンは、大きく煙草の煙を吸い込んで、考え出した。彼は、酒の入ったグラスを口へ近づけていって、しばらく黙った後、言うのだった。








「…………具体的には、何をすれば良いのか聞こうじゃないか?」



 

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