第37話 裏切り

 その男は、困った顔をして語りだした。


「…………君の悲鳴が、こっちまで聞こえてきて……だから、心配になってさ、それでここまで来たんだよ。そしたら、その……セリノもなんか来てて、平気そうかなぁっと思って隠れて見てたんだよ」


 ダスティンは、コクコク頷きながらも徐々にその顔をいつもの笑顔に戻していきながら言った。




 ――しかし、彼の表情が完全に笑顔に戻ろうとしたその時……。

「…………嘘よ!」


 セリノの言葉が、ダスティンの心を刺すように強く発せられた。



「…………」



「嘘よ! だって、悲鳴なんて私がここへ到着した時には聞こえてこなかった! それに、戦っている最中もずっと変だと思ってたのよ! 私、昔は結構魔法をバリバリ使う冒険者だったから、魔力の流れを察知するのとかは得意な方よ。……だから、私があの化け物と戦っている時に全く別の方向から感じた魔力。……アナタよね? だって、アナタが今さっき出てきた所の辺りから感じたんですもん」



 ――――セリノの言葉を聞いてダスティンは、また少し困った顔になって、言い出した。



「…………あの時、そこに隠れて魔力を練ったりしてたのは、いざって時に助けに行くためさ! 決してあの化け物に手を貸すような真似はしちゃいない!」


「いいえ。貸してたわ! 言ったでしょ。魔力の流れを察知するのは、得意だって。明らかにアナタの方からあの化け物に向かって流れていたわ!」



「…………なんて嘘をつくんだ! 君は。……アラン! 君も何とか言ってやってくれ! この嘘つきホモ野郎に!」


「いいえ! 嘘をついているのは間違いなく彼よ! アラン……ダスティンから仕事を貰ったんだよね? そうじゃなきゃ、ここに貴方たちが一緒にいる事自体可笑しいし……。私、昨日言ったよね? 昔の友人もコイツに騙されて、今でも行方不明になってるって…………。間違いないわ。コイツは、またこうやって私から大切な人を奪うつもりよ! 分かるでしょ? アラン!」


 そう言うと2人は、静かにアランの事をジーっと見つめる。


「…………」





 ――――――しばらくして、アランの口が開かれた。



「…………俺は、裏切り者がどうとか、そんな事は正直……どうでも良い。…………さっきの戦い。ヤバかった事もあったけど、それでも結果的に倒せたし、何よりその……こっちへ来て初めて異世界っぽさを味わえた気がしたんだ。…………だから俺は、ここで犯人捜しなんかする気はない。また、こうやって……今度はセリノも正式に一緒に来て貰ってさ……そうやって、冒険ができれば、それで良い」



 アランが、下を向いてそんな事を言い出すと、隣にいたセリノの顔が怒りに染まっていく。

「アンタねぇ…………」


 彼女の手が、ギュッと丸まってふつふつと震えだすと、向こうでそれを見ていたダスティンの口元が急に吊り上がる…………。


「…………フフフ」

 ダスティンは静かに笑い出すと、何処か不気味さを感じる笑顔で喋り出す。


「…………そうだよなぁ? 別にどうでも良いよなぁ? 俺もそれには大賛成さぁ~。ここでこんな不毛な争いをするのは、正直無駄だ。……さてっ、アランもこう言ってるし、この話はなしにしよう! うん! さっ、このままダンジョンの最奥まで進んで行こうぜぇ~」



 そして、ダスティンはアランの手を引っ張って前へ進みだした。






 ――――だが、しかし……。


「…………待て。そこのドブネズミ男」


 ダスティン達の後ろから幼く、しかし弱さを全く感じない少女の声が発せられた。


「…………」



「……キサマの事だ。そこの汚れた白いスーツを着た詐欺師」



「…………あぁ?」


 ダスティンの顔が、今まで見た事のない位に恐ろしい怒りの色に染まる。――周りにいるセリノやアランは、心配そうな顔でセルピ―を見ていた。しかし、当の本人は恐れなど全く感じていないと言わんばかりに、話を続ける。


「…………キサマのような奴が、ここから先へ進もうなどアタシが許さん。今すぐ、ここから立ち去れ」


「……んだと? このメスガキがぁ!」


「…………アタシは、メスガキではない。セルピナという大切な大切な名前がある。…………のためにも、貴様を行かせるわけにならん。……立ち去れ」



「…………え?」

 アランが驚いた顔をすると、それを見たダスティンが鼻で笑って言った。


「……ヘッ! おいおい、アラン。お前、この子とどういう繋がりだよ? 向こうで隠れていた時から話を聞いてると、お前の事を主、主……ってさぁ。まさかテメェ、とうとうストレスで可笑しくなって、幼女をさらって変なプレイでもしてるんじゃねぇだろうなぁ?」




 ――アランが、それに対して否定の言葉を言おうとしたその瞬間、セルピナの姿が突如消え、気づくとダスティンのいるすぐ傍まで近づいていた。

 少女は、歳不相応な低い声でダスティンに言った。


「…………アタシと主の関係をそんな風に言うと、どうなるか分かっているな? …………その腐った生ゴミのように汚い穢れた手を離せ。…………主の手から離れろ! ゴミ野郎!」






「………………んだと、このメスガキャァ……」




 ――――ダスティンの中の何かがブツリと切れた。





「…………俺を、その名で呼ぶなぁ! 俺は、ゴミなんかじゃねぇ! ゴミとは違う。断じてだぁ! ……このクソガキ。ぶっ殺してやる! この俺に偉そうな事を散々言ってきやがって! …………お前もだアラン! いや、この場にいる奴ら全員だ! 全員ここで皆殺しにしてやる! テメェら一人残らず、この俺が体の隅々までみじん切りにしてやる。無事に皆でハミングしながら帰ってこれるとでも思うなよ? ゴミどもがァ!」





「…………」


 アランは、突然のその態度の変わり様に何も言えないでいた。――しかし、彼以外のセリノとセルピナは既に戦う気があるようで、彼女達はギロッとダスティンの事を睨む。


 ――――セリノが言った。


「とうとう、本性を現したわね」


「……本性? 違うなぁ。これも仕事だ。…………どちらにしろ、遅かれ速かれテメェらはここでこの俺が一人残らずぶっ殺すってシナリオができてるんだよ」



「ちょっと待ってくれ!」



――アランの声が、ダンジョン内に響き渡る。





「…………どういう…事?」

 アランは、おそるおそる尋ねた。




「…………まだ、現実から目を逸らすつもりかよ。アラン」



 次の瞬間、ダスティンは言った。







「俺は、最初からテメェを騙すためにここまで連れて来た。そういう事だよ。マヌケが…………」


 

 

 

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