第34話 2人の勇者

 聞き覚えのある声だった。真っ直ぐしてて透き通ってて、聞き取りやすくて……女性特有の可愛らしさ、美しさと何処か男っぽいかっこよさと渋さも感じるような……そんな、なんだか懐かしい気分になってしまうような声だった。



 知っている。……アランは、この声の主が誰だか知っていた。


「セリ...ノ?」


 しかし名前を言った彼だったが、すぐにそれはないと痛む頭の中で思った。彼は、自分の目や頭を何度も疑った。

 ────だが、どれだけ目の前に存在する確かな真実を疑いにかかっても、それだけは彼の脳みその中でぼやけたりなどせず、ただはっきりと、女は心配そうに彼の名を呼び続けていたのだった。



「アラン!」


 キマイラを挟んで彼の前にいるセリノは、化け物の体に深く差し込まれた剣を取り出し、そのまま勢いよく回し蹴りをくり出した。


「グルゥぅぅぅぅぅ!!!」


 すると、なんと驚く事に、人間よりも圧倒的に大きかったその合成魔獣は、いとも簡単に、1人の女の蹴り一発で向こうへ吹き飛ばされてしまったのだった。


「あっ、あぁ……」

 アランは、吹き飛ばされていくキマイラの姿と、自分の目の前でボサボサの髪の毛を揺らし、白いドレスの上に黒い鎧を胸に身に着けたセリノの姿を、何度も何度もキョロキョロと見続けた。



 その時の彼女の体のバランスは、明らかにおかしかった。────なぜなら、明らかに魔法で自分の足の筋肉だけを膨らませてムッキムキにしていたからだ。


「…………」

 アランは、身体強化の魔法には、そんな使い方もあるのかと感心すると同時に、そのあまりに異様な光景に口を間抜けにぽっかり開けて黙ったままでいた。






 ──────そしてしばらくして、そんなアランの視線に気づいて恥ずかしくなったのか、頬を赤くしたセリノが、心配そうな声を出して、彼の元へ近づいて来た。


「……アラン! 大丈夫?」


 必死そうな様子と焦りの籠った声と共に駆け寄ってきたセリノは、アランの体の何処かに怪我ないか探りだした。


「…………あぁ、別に…はぁ、骨折とかそういうのは、特にない……」


 彼が、そう言うとセリノの顔が一瞬だけ緩んだ。――しかし、アランの肩で息をしている様子を見たセリノは、しばらくしてその緩んだ顔をすぐに曇らせる。


「…………もしかして、魔法使った?」


 彼女は、真剣な顔でおそるおそるアランに尋ねる。――彼は咄嗟に、ここで今嘘をついても無駄であると察知し、正直に喋り出す。


「…………あぁ。結構、派手に」



 すると彼女は、顔を下に向けて、小さい声で言った。

「やっぱり。…………顔色悪いし、凄く息苦しくて辛そうだし……だよね…………」



 そう言うと彼女は、そのまま黙って真剣な顔をしながら考え込みだした。






――――アランとセリノの2人の間が、とても静かになって、それまでの会話が終了しだすと、今度はアランが頭を抑えながら、言った。




「…………助けてくれて、ありがとう。……もう少しで死ぬところだったよ」



「…………へ? あっ、あぁうん! ダンジョンに入ってからしばらく何にもなかったのに、いきなり何か見えると思ったら、大きい怪物がいてびっくりしたよ~」


 セリノは、アランから「ありがとう」と言われた瞬間に自分の頬を少しだけ赤く染め上げるのだった。




「…………けど、驚いたよ。まさか、ここが分かったなんて…………。君には、一度も仕事に関する詳細を言っていなかったはずなのに、どうして?」



「…………え!? あっ、あぁうん。えーっとね…………」

 そうやって、セリノが喋り出そうとしたその刹那。2人の横の、キマイラが吹っ飛ばされた辺りから大きな音が鳴り響いた。



「……ズゴぐるゥギアアァァァァァァァアア!!!!!」


 雄たけびが聞こえてきたのと同時に、壁に激突していたキマイラは、自分の体を起こし、そして自分にとっての敵が1人から2人になった事を理解してなのか、さっきよりももっと大きい声でアランとセリノに向かって凄まじい音と迫力で恐怖の叫び声をしてのけた。



「ジュばラァァァオオオオオオォォォォォォォォウウウゥッ!!!!!」


 途端にアランとセリノは、会話をやめる。そして、それぞれが起き上がって、手持ちの武器を構えだす。


「…………フフッ、どうやら今はお互いに話す事はできないみたいだね」


「あぁ、そうだな……」

 セリノの武器だ。彼女は、さっきキマイラの胴体を貫通した大きな西洋風の剣を構えだしアランは、とりあえずマグナムと拳銃、それからグレネードランチャーに簡単に弾を込めてから、2丁拳銃をキマイラへ向けていた。



 2人が横に並んでジッと目の前に見えるキマイラを鋭い目で睨みつけると、グロテスクな見た目のキマイラが静かに何一つ叫ぶ事なく、ただひたすらずーっと睨んでいた。











 ――――長い沈黙が訪れる。今度は、今までと違ってダンジョンに入った時からずっと聞こえていたはずの水滴の落ちる音でさえも聞こえなくなっていた。









「「…………」」








「…………」


 両者は、強く睨み合ってそして、キマイラの方が我慢の限界に達したその瞬間、アラン、セリノそしてキマイラの足がそれぞれ動き出した。



「「行こう!」



「あぁ………」



 2人の勇者が今、強大な敵へ立ち向かっていく。


 

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