第23話 セリノ④

 ――――明かりがギラギラ光る町を背にセリノと男は、肩を組んで一緒に歩いていた。彼らのような貧乏人の住む場所は当然、貧民街。2人は、徐々に臭いが強くなり、ゴミだらけになっていくその道を懸命に歩くのだった。




「…………もう、また飲み過ぎだよ~」

 セリノが、酔ってフラフラな彼の事を支えながら家まで向かう。


「べ~つにぃ、そんなに飲んでなんかねぇよ! つ~かぁ、酔ってぬぁいしぃ~。ひとりで歩けるもぉ~ん!」


「……それを聞いて、うんそうだね。って、なると思ってる? …………」


「んへへぇ~。だいじょ~ぶだぜぇ~。~」 





「…………」

 すると彼女は突如、足を止めてしまう。自分達の足元に薄くだが見える街灯に照らされた影。セリノは、それをぼーっと眺めてふと昔の自分達の事を思い出していた。




 ――――毎日毎日、朝早くから集まって、とにかくあちこちのダンジョンに潜って、魔物が出たらそのたびに2人で前に立って戦い、後ろで他の友人達が、様々な形で支えてくれる…………。




 ――――彼らは、今何処で何をしているのだろう。ちょうどさっき、ダスティンと名乗る男が、友達によく似た…………というより、本人だった子が載っている新聞を私達に見せてきた。彼女は、きっと今も大金持ちで、後ろに広がる明るい町の中で楽しくやってるのだろうか…………。


 もし、ダスティンの言う事が本当なんだとしたら彼女は、なんで仲の良かった私達を誘わなかったんだろう…………。


 彼は、ダスティンの言う事を何処まで本気にしているんだろう? あの男は、最後までしつこく迫って来た。一緒に頑張ろうとか、君を助けたいとか…………。表情を一切崩す事なく、淡々とだ。


 結局それで最後は、お酒の飲み過ぎでヘロヘロになった彼を見て私が色々理由をつけて運んで帰るって事にして、いなくなってくれたわけだが……。



 ――――彼が、もしダスティンの元へ行くと言い出したら私は……。






「…………お~い。どしたぁ~ん?」


 重たい顔をして色々な事を考え込んでいる感じの彼女を見て、男は少し心配そうな顔で彼女に声をかけた。


 ――――すると当の本人は、集中の糸が断ち切られたかのように、はっと驚いた様子で男の方を見た。

「…………ごめん。ボーっとしてた」


「おいおい平気か? あんまり無理すんなよ~」




「…………うっ、うん。ごめん」

 彼女は、それからまた一歩ずつ足を動かし始める。






「…………」


「…………」






 ――――男の家が、近づいてきた。汚れたレンガが高く積まれた汚い集合住宅の姿が、闇夜の中に不気味な様子で2人の目に映る。




 ――――2人は、肩を組んだまま扉の前まで進んで行った。



「…………さぁ、もうちょっとだよ」

 彼女が、彼の方をチラッとだけ見てそう言うと、突然セリノの肩に重くのしかかっていた彼の体が段々離れていく。


「……?」

 どうしたのかと彼女が彼の方を見てみると、その頃には彼の体は自分の足だけで自立して立っていた。


「…………ここから先はぁ、自分の足でいける」

 それだけ言うと彼は、入口のドアを開けて歩き出す。――しかし、外と中の境界線ともいえるドアの下の本体部の所に後ろの右足をのせた瞬間……。


「待って!」

 強い声が、彼の後ろから響く。――振り向くと、セリノの真っ直ぐな瞳が彼を一直線に見つめていた。


 ――そして、彼女は告げるのだった。

「…………あの男の元へ行ったりしないでね?」




「…………」





 彼は、段々と寂しそうな表情を見せだす彼女の姿をしばらくじーっと見つめて、それから少しして目線を離し……顔を戻し……最後は、ドアを閉めて壊れた電球のせいで暗闇に包まれていた一本道の廊下を彼は、歩いていく…………。








 それから、彼が暗闇の中から出てくる事はなかった。――――しばらくして、彼女は黙って静かにその場を離れ、自分の家へ帰っていくのだった。
















               *







 ――――それから、二週間。セリノは、いつも通りバーの仕事を淡々とこなしていく日々を送っていた。…………ここ数日の彼女は、なんだか元気がない。二週間前より笑わなくなっていた。彼女の事を心配する客も出てきて、いつも相手をしている人からは、2枚も多くお金を貰ったりもした。


 彼女が、なぜここまで元気をなくしてしまったのか…………。いや、元気がないというのは、間違いだろう。


 彼女、セリノは……とてもそわそわしていた。もう二週間。今までなら毎日のようにここへ来ていた仲の良かったあの男、彼が……全然来なくなってしまったからだ。


 最初の3日間は、平気だった。きっと、新しい職を探すのに忙しいのだろうとかそんな事を思って過ごせてた。


 だけど次の3日間は、そうはいかなかった。少しだが、それでもやはり不安の二文字が彼女の心と頭を犯した。


 更に次の3日間は、もっと酷くなった。不安は、焦りに変わっていき、彼女は次第に溜め息をする数が増えていった。


 こうして、1週間半の時が過ぎると、もう彼女の姿は、今と全然変わらない位の様子に変化していた。……煙草の本数は増え、普段より強いアルコールを求めるようになり、ふとした時にお店のドアの方をチラチラッと見たり…………。

 しかし、それでも彼が彼女の前に姿を現す事はなかった。


 そして、現在に至る。その日の夜も彼女は、もう何十回目かというくらいのため息をつきながら1人、強いアルコールに溺れるように飲んでいた。


 彼女が、煙草と酒のダブルコンボで目をとろかせていると、入口がガランと音を立てて開きだす。


「……!」

 急いでそのドアの方を見てみるが、やはり残念な事にその場には彼の姿はなく、全く別の男が立っていた。


 ――――しかも、よく見るとその男は、彼女も知っていた。……否、知っている姿をしていた。


「…………アンタ!」

 彼女は、すぐにその現れた白いスーツの男=ダスティンへ声をかけた。


「……?」

 すると、その彼は顔に「?」を浮かばせたまま、彼女の元へ歩いていく。


「何か用か?」

 ダスティンが、セリノへ聞くと、彼女は鋭く彼の目を見てきながら、話し出す。


「彼を何処にやったの?」





「…………? 彼って?」


「とぼけないで! 分かってるでしょ! もう二週間も顔を見てない。こんな事は、今までになかった。…………アンタが、あの時彼を誘ったからこんな事に…………」




「……………………はて? 何の事だい? 別に俺は、特にそんな誘惑するような事は何も言ってないが? だいたい、仮に俺がそのに対して誘惑をしたとして、別に俺が責任を問われる事はないだろう? やめてくれよ。時間の無駄だ」

 そう言うと、ダスティンは渡された酒をするっと飲みだし、リズミカルにそのグラスをテーブルに置くのだった。


「…………ふざけないで」

 彼女は、そんなダスティンの姿を見てふつふつとその怒りを爆発させていた。


「…………ふざけないで! このペテン師! アンタのせいよ! アンタが彼を誘って、神隠しにしたんだわ! このクソ野郎! 許さない。絶対に許さない。許してなるもんか。許されざる事よ! アンタが……アンタなんかさっさと死んでしまえ! いや、死ね! 電車にひかれて、ぐちゃぐちゃにした後、体中をめっちゃくちゃに刺しまくってやりたいくらいよ! このダスとんゴミ野郎め!!」


「…………!」

 すると、セリノの言葉を聞いたダスティンが、突如彼女の頬を思いっきり叩きだす。







 ――――彼女が、その目を一切動かす事なく彼を見つめていると、ダスティンは喋り出す。


「…………俺は、ダスティンだ。……俺を、俺をそんな風に呼ぶんじゃない! 俺はゴミなんかじゃない。生きるため、今日も必死にもがいてる! 俺は、ゴミなんかじゃない。あの、と俺は違うんだ! …………分かったら、今日はもう今すぐこの店から出ていけぇ!」









     こうして、セリノはその日から孤独に生きていった。


 特に最初の1か月位の間、彼女は仕事が終わって1人になると、歩きながら彼の名前を言ってよく泣いていた。

「アラン……うぅ…………帰って来てよ。アラン……………………」










 そうして、何年という時間が過ぎてから彼女は、再びある男と出会うのだった。


 それが、新井信。…………皮肉にも、彼の異世界での名前をつけた人間というのは、彼女が最も憎むべき相手ダスティンだった。


 ダスティンは、一体どんな思いから新井信にその名をつけたのか……それは、誰にも分からない。














「…………お願いだから、今度こそ行かないで。アラン」


 その夜、セリノは新井信ことアランに言うのだった。




 

 

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