第22話 セリノ③

「あぁ、えーっとよろしく」

 男が気まずそうにそう言うと、今度は隣に座るセリノが言った。


「…………それで、そのダスティンさんは私達に何の用なの?」

 彼女はダスティンを横目に見ながら、煙草を吹かせる。――すると彼は「おっと失礼」と小さな声で囁くように言った後、目線をセリノの隣の男の方へ向けて話し出す。


「…………俺はさ、困ってる人間を助ける仕事をしているんだ。それでさ、ちょうどさっき、君らがその……仕事に困ってるって話を聞いてな。どうしたのかと気になって来てみたわけさ」


 ダスティンは、自慢のニコニコフェイスを全く崩す事なく淡々としゃべり続けた。――――そんな彼の姿を見て、セリノの顔が不安に染まっていく。

「…………ねぇ、ちょっと」


 彼女は、顔を傾けて彼の耳元で囁きだす。

「…………なんだか、うさん臭くない? コイツ、絶対なんかの詐欺セールスマンみたいなのだよ」


 すると、今度は彼がセリノの耳元に顔を近づけて話し出す。

「…………まぁ、待て。とりあえず、話を聞こう」


「…………」

 それからセリノは、最初だけとても嫌そうな顔で彼にアピールするようにしていた。がしかし、彼女がいくら表情で訴えようとしても当の本人は、全く彼女の方を見ずにダスティンとの会話に集中しだしたため、結局彼女も煙草を吹かせながらダスティンの話を黙って聞くだけにするのだった。


「…………昔のように冒険やダンジョンをして楽しく稼ぎたいんだろ?」


 その問いに彼は、黙ってコクリと頷く。


「だったら協力し合わないか?」


「……?」


「俺はさ、今の時代を生きる異世界転生者や転移者に、もう一度あの時の夢や希望を与えるため毎日色んな所で、失業した元勇者や元錬金術師なんかに声をかけたり、新しく異世界に転移してきたけど、自分の思ってたような事ができないって人達を導いたりしているわけなんだ。…………アンタも困ってるんだろ? 俺達と一緒にもう一度、ダンジョン攻略や冒険の毎日を楽しまないか?」


「…………その、具体的にはどんな事をしてくれるんだ?」



 ――すると、ダスティンはスーツの内ポケットから何重にも折りたたまれた紙を取り出し、それを開いて見せた。


「地図?」


「ご名答。これは、ある山の地図だ。…………この山は、が失業した冒険者や勇者達のために政府や他の大企業に見つからないよう、自分の財力で管理している山だ。この山の中には、まだ未潜入の小さいダンジョンが多いし、今後もゴロゴロ見つかるだろう。……それに中は、どうやら絶滅したはずの魔獣の生き残りが潜んでいる可能性もある。…………て事で俺は、このが所有する山から未潜入のダンジョンが新しく見つかり次第、すぐに君へ伝える。そうして、ダンジョン攻略をやってもらって、君が得た利益のうち2割を俺が貰う代わりに、残りの8割を君へ全て授ける。これが、俺の言う仕事の内容だ」






 ――――彼は、ダスティンの話を聞くとそのまま黙って酒を飲みだした。








 ――――音のない時間が彼ら3人の間だけに流れ出す。




 ダスティンとセリノは、黙ったまま彼の事をチラチラッと見て、喋り出すのを待っていた。…………だが、彼はなかなか喋ろうとせず、深刻そうな顔で下を向いていた。




 ――――そんな彼の姿を見てセリノは、心配そうな顔をして彼の耳元で囁きだす。

「…………ねぇ、まさかだけど……本気で悩みだしたりなんかしてないよね?」

 彼が、彼女の方を軽く振り向くと、彼女は続けた。

「嘘に決まってるよ。こんな事、もし本当にあるんだったら、ギルドだってまだ多少は動いてるはずだよ? 行こ。今日は、向こうで飲も」

 セリノは、そう言うと彼の手を引っ張って連れ出そうとする。しかし彼は、その場からいなくなろうとはしない。

「…………?」

 彼女は、何度も「どうしたの?」と声をかけて彼を心配し続けた。


 ――――そうして彼が、微妙な顔をしたまま全く動かない様子でいるのを見て、ダスティンは誰にも気づかれないように口元をいやらしく歪ませて、再び話し出す。


「…………まだ、俺の事を信用できないというのなら、これを見て欲しい」

 そう言うと、ダスティンは胸ポケットから一枚の紙きれを取り出して、それを見せてきた。


「…………!?」

 広げられたその紙きれは、新聞紙だった。……それもただの新聞紙ではない。



 ――最底辺からの大出世!!


 大きな文字でそのように書かれてあった。


 ――――見出しの通り、それはとても貧乏だった元冒険者の失業者が、大金持ちになった話で、綺麗で新鮮な笑顔が特徴的な写真まで一緒だった。

「……この写真に写るこの女。実はさ…………」

 ダスティンが、得意げな顔で話出そうとすると、突然大きな声がワッと押し寄せるような感じで彼へ飛んでくる。


「…………コイツを知っているのか!?」


 ――――声の主は、男だった。


 ダスティンは、困りつつも驚いた表情で「おっ、おう」と言った後、更に続けて「知り合い?」と尋ねた。

 すると、男は興奮したまま喋り出す。


「……知り合いも何も、この女は俺とセリノの昔の仲間だ。よく一緒にダンジョン潜ったり、魔物退治してたんだ!」


 男がそう言うと、ダスティンはとても興味深そうな顔で頷いた後に、チラッとセリノの方を見て、目だけで「本当か?」と尋ねた。すると、彼女は小さく声にして「本当よ」とだけ言って、そっぽ向いた。

 彼女の反応に少しイラっときたダスティンだったが、すぐ彼の顔はにこやかな雰囲気に戻り、そして言うのだった。


「…………なら、良かったね。君のお友達は、俺との力でここまで金持ちになったんだ。…………これで少しは俺の事、信用してくれるよな?」

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