第21話 セリノ②

 この世界が文明開化しだした時、セリノは既に冒険者ではなかった。


 ──転生して、田舎に住む新しい父と母の元へ生まれたセリノは、そこで女として新たな人生を歩みだすのだった。生まれたばかりの頃は、前世からの願いでもあった「第二の人生は女性として生きてみたい」というのが、転生案内をしてくれた神のおかげで叶った事に大喜びし、それと同時に自分がこれから女としてうまくやっていけるかとか、元々男な自分が今の自分にとっての異性である男を愛する事ができるのかといった事に悩まされていた。父と母も彼女が転生者である事を本人から聞いていたため、彼女がそんな悩みを抱えていた事も知っていた。だが、両親にとって彼女は、ただただ可愛い娘であるため、特別気にしてはいなかったし、彼女の前世については両親とも触れないようにしていたのだった。




 ――――それから、この悩みを解決できるような考えは結局思いつく事なく、うやむやにしたまま大きくなると、地元の同じように転生してきた友人達と冒険者としてダンジョンに潜って生計を立てていた。彼女が10代後半の頃は冒険者バブルと呼ばれる時代にあって例えば、辺境でスローライフをする者やダンジョン攻略によって自分だけの富を築き、自分だけのハーレムを作ったり……そんなまさに異世界ファンタジーな夢の時代だったのだ。当然、セリノもその大波に乗っかるつもりで仲間達と楽しくやっていた。




 ――――しかし、20代に突入した頃に、このバブルの終わりが見えてくるのだった。…………その最もたる最初の原因は、王政の終焉と新政府の樹立だった。

 突如として、それまでの生活は終わりを迎える。




 冒険者じゃなくなった彼女は、生きるため仕方なく売春婦として働く道を選んだ。――最初の頃は、元々男だった自分にできるのかとか不安も多かったが、体や心は女として成長しきっていた事もあって、その不安もなんやかんやすぐに解決し、間もなく彼女は仕事に慣れだすのだった。






 そして慣れが訪れると次に、何もかもに嫌気がさすようになった。「所詮、人なんて」と心の中で思うようにもなりだした。そんな時に、ある男と出会う。


 その男は、元々一緒にダンジョン攻略をしてきたパーティーメンバーの1人。炎の魔法を使い、一緒に最前線で魔物を狩りまくってた相棒のような存在。今では、様々な短期の仕事を行ったり来たりしているらしく、人生に疲れて偶然やって来たバーに彼女がいたというわけだった。


「…………まさか、こんな所にいたとはな。セリノ」


「アンタこそ、久しぶりね。…………結構、男らしい見た目になったんじゃない?」


「……そういう君は…………あぁ、その……なんだか、色っぽくなったね。綺麗だと思う…………」


「…………あっう、うん。ありがと」



 男はその夜、彼女ととても楽しい時間を過ごしその影響でか、次の日も、また次の日も店に来て、一緒に話すようになった。




 ――――そして、気づくと2人は毎日のように会って遅い時間まで話をして、彼女の仕事が終わると一緒に帰って…………というそんな日々を送るようになっていた。







 ――――事件が起こったのは、そんなある時だった。


 その日も、いつも通り彼が店に入って来て、まず最初に愚痴をこぼすのだった。

「…………俺さ、またクビになっちまったよ」


「え? またぁ! これで何回目よ?」


「…………わっかんねぇ。そんなの3回目で数えるのやめたしな」


「…………そっ、それじゃあこれから、どうするの?」


「…………まぁ、また新しく短期ので見つけるしかねぇよな」


「厳しい世の中よね」


「だなぁ。…………はぁ、昔に戻らねぇかな。あの時みたいに、お前や地元の皆と一緒にあっちこっちのダンジョン行って、バンバン魔法撃ったりしてさ、んで3日はなんもしなくたって生きてけそうな位の金をゲットしてさ……。はぁ、そんな生活が戻って来ねぇかな」


 彼は、そう言うと酒のグラスをテーブルに置き、大きく「はぁ……」とため息をついて自分の足元をぼーっと眺めながら、煙草を吹かせていた。

 そしてそんな姿を見て彼女もまた、それに釣られるように大きなため息をつきだす。

――――2人の間の空気が鉛のように重くなり、後ろから見えざる手によって暗黒の世界へ誘われたかのような暗い雰囲気が訪れる。その表情は、どちらもサキュパスに精気を吸われ過ぎて枯れ果てそうになる5秒前のような絶望の二文字を体現していて、店の中にいる他の客は彼らに近づこうとはせず、店員でさえ、少し嫌そうな顔を浮かべる程だった。







 そうやって、重い沈黙を2人が過ごしていると、突如彼らの横からそれまで一度も聞いた事のない人の声が飛んできた。


「…………あのさ、君ら。ちょっといいかな?」

 その人はパッと見、凄く綺麗そうだが、よく見ると所々小汚い印象も受ける白いスーツを身に纏っていて、癖の強めな髪の毛をオールバックにしたのが特徴的な男だった。


「…………何だよアンタ?」

彼が尋ねると、男はニコニコした顔で名乗るのだった。


「…………ダスティンだ。よろしく」

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