第20話 セリノ①

 勇者になった。…………ようやく夢を叶えられたのだ。こんなに嬉しい事はない。勿論、不安もあったが、それよりもやっぱりアランの心の中は喜びで満ちていた。


 彼は、それから受付でダスティンと出会って少し話をしてから帰る事にした。






「…………ただいま」

 彼が、セリノの家へ戻ると、ちょうどテーブルの上に夕食が置かれ出していた。


「おかえり~」


 そう言うと、彼女は持っている最後の皿をテーブルに置いて話を続けた。

「…………ちょうど、ご飯できたし食べよっか」


 


 真ん中に様々な野菜のような色とりどりのみずみずしい見た目をしたサラダ(?)があって、目の前には三角形で、クリーム色という一見何なのかよく分からない見た目をしたものと、前の世界では絶対にありえないくらい黄身が大きいベーコンエッグ(?)があった。


「…………」

 彼は、その見た事のない数々の食事を見て驚いていた。すると……


「…………そのクリーム色の奴が、こっちの世界でしか食べられないパンみたいなやつ。味は、見た目の通りまろやかで、前の世界で食べたパンよりも甘いんだ。んで、その分厚いお肉の上にのったおっきな黄色いやつが、雷鳥の卵を使ったベーコンエッグ。雷鳥の卵は、前の世界でいう所の鶏のようなものでさ、味の方はちょっと癖のある食感とドロドロ感があるけど、慣れると結構いけるのよ。…………それから、真ん中にあるやつは…………」


「サラダだろ?」


「…………おっ、よくわかったね」


「毎日食ってれば、覚えるよ」



 ――この食べる前のご飯紹介は、2人にとってもはや日課のようになっていた。というのも、当初セリノは、こっちへ来たばかりのアランの為にと気をつかって前の世界でよく食べていたものに近い料理を彼に渡していたが、彼が「こっちの世界で普段食べられているようなモノも食べてみたい」と言った事から、異世界でしか食べられない簡単な家庭料理を振舞うようになり、そのため毎回食事の前にこうして今日のご飯が何かざっくり紹介するのだった。



「それじゃあ、食べましょうか。…………アラン、左手をおでこの前でグーにして」


 彼女がそう言うとアランは自分の左手をおでこの前に持ってきてグーにしたまま目を瞑った。――そして、それと同時に彼女は言うのだった。


「…………大自然に生きる全てに感謝。どうか、私達の明日の糧となって下さい」


 それだけ言うと、2人は食事を前に軽く頭を下げる。これが、この世界での「いただきます」であると、彼も最近知ったのだ。――――3秒程して、2人は自分の手とスプーンのような形をしたもので料理を食べだした。








「…………うん。今日の料理もうまい」



「あら、ホント? 嬉しい」


「…………あぁ、特にこのベーコン。分厚くて、肉汁たっぷりで、それでいてカリカリなのがたまんないね~」


「…………うふふ。言い忘れてたけどそのベーコンはね、炎猪えんいっていうこの世界にしかいない動物のお肉でね」


「…………へっ、へぇ。そうなのか。…………うん。まぁ、あれだな。おいしいから別に良いか」

 

「あはは。ちょっとがっつきすぎだよ~」




 ――2人は、そうして色々話しながら食事を楽しんだ。















「…………さて、ごちs……」


「違うでしょ。もう、何回言えば気が済むの!」

 セリノは、アランに怒鳴り、そして彼女は彼の右手を掴んで、おでこの前に出した。――すると彼は「あぁそうだ」と思い出したような顔で目を瞑る。


「今日もありがとう。安全な食事と明日の自分、そして大自然へ……クルーケ」


 これが、ご馳走様の挨拶。2人は「いただきます」の時と同じようにおでこの前にグーにした手を出し、目を瞑る。……3秒程したら、お辞儀はせずにそのまま食器を片したりする。これが、この世界での食後の儀式らしい。ちなみに「クルーケ」というのは、元々この世界の神の事をさす言葉だったらしいが、それが徐々に変化して今では食後に自然や神、自分などへ感謝を伝える言葉に転じたのだ。












 ――――食事を終えた2人は、一緒に食器を洗っていた。彼が、で食器に泡をつけ、隣で彼女が同じようにを使って水で流す。



 この世界での家事は、このと呼ばれるものを使って行われる。魔道具とは、血液の中に混じった人の体内を流れる魔球と呼ばれる物質から生成される魔力を自動的に変換して水や泡、火を出したり、または電気を起こしたりもできる便利な道具。開発したのが、現実世界出身の人間という事もあって、その道具の形は前の世界にあった水道の蛇口とかスポンジとかそういったモノの形になっている。


「…………ようやく少しは使えるようになれて、良かったよ」

 セリノが、少し嬉しそうにアランをの方を見ながら言う。


「…………本当にね。まさか、あんなに使うのが大変だったとは思わなかったよ」

 アランは、水の強弱を変えながら会話をするセリノの事を見ながら苦笑いで返す。――――実は、アランは最初の頃、魔道具を全く使えなかった。というのも、魔力の生成をした事のない人間がぶっつけ本番でいきなりできるわけがないのだ。魔力生成がそこそこできるようになるには、体内の血液の流れを感じて、それをまとめ上げて手から放出するイメージがないとできず、このイメージが完成するにはトレーニングを積んで最低3日。それでも、少量の魔力しか生成できないため、結局セリノのように自由自在に魔力をコントロールして放出するには、結構時間がかかるのだ。


「あっ! そうやって目線を離しちゃうと、泡が!」


「…………やっべ! しまった!」

 事実、このようにアランは時々魔力放出がうまくいかず、泡が出せなくなる事があるのだ。




 そうやってアランが、あくせくしながら食器に泡をつけていると、セリノの顔が突如暗くなり、ついには溜め息をつきだす。

「…………どうしたんだ?」


「ううん。…………ただね。もう終わりなんだなぁって思ってさ」


「…………この生活がか?」


「うん。私、ちょっと楽しかったから。明日で終わりなのか~って思うと、ちょっとね」


 彼女は、悲しそうな顔で言う。――その虚しげな顔や雰囲気に、彼は少し言いづらさを感じる。


「…………そのさ、こんな時に申し訳ないんだけど……」


「え?」




 ――背筋が、ぞっとするような間が空く。セリノは、アランの口が開かれる事を、まだかまだかとジーっと見続ける。そしてアランは、下を向いていた。


(言わないと、だよな…………)







「…………あのさ、その……俺、明日から早速仕事が入ってさ。そっちに行かなきゃなんだよね。お金は、その場で貰えるらしいから……その、今日でここを出る事にするよ…………」



 彼は、言った。相手の目を見て言う事は出来なかったが、それでも伝えられた。…………だが


「…………明日、仕事が入るって言ってたじゃん。……だから、一週間の間はいられるって…………。まだ、6日目だよ? もう後1日あるじゃん」


「それは、そうだったんだけど……その…………」


 ――言えない。セリノが、ダスティンの事をなんだか凄く嫌っているのを知っているからこそ、本当の事を言うなんてできない。アランは、ただ黙るしかなかった。黙って、自分の事情を受け止めてもらう以外になかった。

「…………」




「…………やっぱり、アイツでしょ? アイツの誘いを受けたんでしょ……。あのダスとんゴミ野郎の所に行っちゃったんでしょ!」




「…………」







「……………………嫌だよ。行かないでよ。せっかくここまで仲良くなれたのに。…………なんて……。…………」




 ――――そうして、セリノは語り出すのだった。

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