第19話 勇者へ

 クリスと名乗ったその男の住むマンションの一室は、とても豪勢で美しかった。部屋の中は、お高そうな絵や分厚い本、そしてアランが一番驚いたのは、なんと本棚の隣にレコードがずらっと並んでいて、部屋中にその音が響き渡っている事だった。

(…………この世界の時代的には、なんだか合わない気もするけど……まぁ、良いか)


 彼のよく知らないオペラが鳴り響く中でクリスは、アランに座るよう伝える。――彼が部屋のあちこちをちろちろ見つつ座ると、途端にクリスはレコードの音を消して、ワイングラスのような形をしたものにに赤いお酒を注ぎだす。

「…………君も飲むかね?」


「…………あぁ、いや。平気です」


 クリスは、残念そうにワインボトルをテーブルに置いて、玉座のような椅子に座った。


「…………!」


 ――そのあまりの迫力とオーラにアランは、やられそうになった。


(…………なんだ!? あの物凄いオーラは。あの椅子に座ると、まさに皇帝……投資家というよりもなんだか、閣下と呼ぶ方がふさわしい雰囲気だ…………)


 そうして彼は、しばらく喋れないままジーっと自分の目の前で赤い酒を楽しんでいるその男の姿を見ていた。


「ふふふっ」

 すると、そんな彼の姿を見て可笑しくなったのか? 突如、クリスが笑い出した。


「え?」

 …………どうしたのか? 何が起こったのか? アランは、あたふたして状況を理解しようとあっちこちをチラチラ見て困っていた。


「…………いやぁ、すまない。そのなんか、君が私の事をあまりに真剣な顔で見てくるものだから……なんだか面白くなってきてしまってね。…………すまない」


「…………あぁ、いえ」


 それからアランは、クリスの笑いが終わるまで座って待ち続ける事にした。









 ――そうして、少ししてからようやくクリスの笑いが収まり、彼は話しだした。


「…………さて、まぁ前置きはこんなもんにしておいて、そろそろ本題に入ろうか」


「…………」


 クリスは、お酒を飲むのをやめて玉座に深く座り出した。

「まぁ、といっても今回僕が君に会おうと思ったのは、ただの挨拶……そしてそれから、新しく見つかったダンジョンについて、だ」


「!?」



「…………もうから話は聞いているだろうから、簡潔に言うよ。…………僕らは、人助けが大好きなんだ。そして、そのためにダンジョンや冒険をしたいという転生者、転移者を僕らの見つけた小さなダンジョンへ案内し、そしてクリアしてもらうために必要な武器や装備を援助する。報酬は、君が手にいれたダンジョンの宝物のうち3割。これで結構。…………ここまでで何か質問は?」


「…………いえ。特に」



「よしっ、それじゃあここからその新しく見つかったダンジョンについて話していこう」


「…………はい」




「まずは、この写真を見てくれ」


 そう言うとクリスは、一枚の写真をアランに見せた。


「これは…………ダンジョン?」


 ――そこに写っていたのは、彼の想像するような大きな洞窟で、周りにランプが吊るされていて……というようなものではなく、もっと地味な見た目の……洞窟と言うよりもなんだか小さなって感じのしょぼいものだった。


「その通り。ダンジョンだ。しかし、かなり小さい。…………このダンジョンは、私の知り合いの経営する会社が、開発工事中に見つけたものでね。そのまま壊してしまうと、もし万が一魔物の生き残りがそこに潜んでいたりしたら、大変だからという事で調査をする事になったんだ。……本来なら、その会社の人間の誰かがするべきなんだろうが、今回は私が頼んで何とか調査許可が貰えた」


「…………なっ、なるほど」


「…………このダンジョンへは、君に行ってもらう。ダンジョン内の調査及び魔物など害をなすものがいた場合は、速やかに退治するのだ」


「はっ、はい」

 アランは、椅子に座ったままで背筋をピーンと伸ばして、返事をする。――その姿を見て、クリスはニヤリと口元を歪ませた後、話を続けた。


「武器などは、明日ダスティンの方に送る。…………それから、これを持っておいてくれ」


 クリスは、テーブルの下の引き出しを開けて何かを取り出した。――見るとそれは、大きな印鑑が押された紙だった。


「…………これは?」


「魔力行使の許可証だ。…………今後、もし何かあった時のためにと思ってね。……それを持っていれば、街中でどれだけ魔法を使おうが警察に捕まる事はない」


「…………へぇ、すげぇですね」

 アランは、渡されたその紙のあちこちを興味津々な様子で見た。――よく見ると、その紙の一番上には、異世界の文字でアランと書かれており、彼はそれを見るとなんだか余計に嬉しい気分になった。

 …………そんな彼の姿を見てニコニコ笑っていたクリスがまた、喋り出す。


「喜んでくれて何よりだよ。…………ただ、気を付けてくれたまえ。その許可証には、期限がある。…………明日の午後3時。そこまでしかその許可証は効果を発揮しない」


「え? てことは……」


「…………あぁ、そうだ。いきなりで申し訳ないが君には明日、すぐにそのダンジョンまで行ってもらう。…………行き方や地図は、これを見れば分かるはずだ」


「そっ、そんな!?」

 いきなりすぎて、彼は驚いた。まさか、明日すぐにダンジョンへ向かうなんて…………。こうして言われると少し戸惑ってしまう。


 ――――そんな彼の姿を見て、クリスは心配そうな声で答えた。

「…………どうしたのだね? もしかして、嫌かね? 嫌なら、この仕事はなしにしよう。残念だが、今すぐにここで決断もできないような人間にやらせるわけにはいかないからね」


 そう言われると、彼の心の中で緊張や恐怖の他に焦りが生まれた。


(…………まずい。ここで、もしも……引いちまったら…………俺が勇者として生きていく事なんてもうほぼ無理になるかも)



 ――――そうして、徐々に彼の拳に力が湧いてきて、気づくとその拳をぎゅうっと握りしめていた。


「…………やります。いえ、やらせてください。…………俺は、勇者になりたい。勇者として生きていきたいんだ!」


 そう、彼は真っ直ぐとクリスの目を見て答えた。――そしてそれを見たクリスは、静かに優しく「分かった」とだけ告げるのだった。




 かくして、彼=新井信ことアランは、今日ここで勇者となった。

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