第18話 勇者になろう!⑧

 ――その場所は、とても高かった。都市化した異世界の町の中でも1,2を争うと言ってもいいくらい高い建物だ。


 ――その場所は、とてもリッチそうだった。ロビーに来てすぐにお高そうな絵画や彫刻が飾られていて、その部屋全体が、リッチな雰囲気の赤や金で装飾されていた。


 ――その場所は、しかし少しだけ不穏さを感じさせもした。アランは、ここへ入って来た瞬間、本能的に何かを感じ取り、何かがこれから起ころうとしているという事を思うのだった。


 アランとダスティンの2人は、とうとう謎の男――クリスと出会う事となる。そして、ここから彼の第二の人生が大きく動き出す。









「良いか? 俺がついて行けるのはここまでだ。部屋へ向かう前に、これだけは忘れないで欲しい。……今回、俺が君にここまでの事をしてやったんだ。…………当然、俺への報酬金……じゃなくて、クリスと会うための手数料を、必ず払ってもらう。いいな?」


「あぁ、分かってる。…………けどすまん。今は金が無いんだ。だから……」



「…………あぁ、後払いで構わないさ。仕事が入れば、余裕で払える金額だしな」

 そう言い終えると、ダスティンはエレベーターに乗ったままで、隣にいるアランの背中を押してやった。


「…………行ってくるよ」

 アランが、そう言うとダスティンは手を振って、ビルのエレベーターの「閉める」ボタンを押すのだった。


「…………仕事、勝ち取って来いよ!」

 ダスティンが、それだけ言うとエレベーターのドアは完全に閉まり、彼はその場からいなくなってしまうのだった。


「ふぅ…………」

 残ったアランは、緊張を和らげようと何度も大きく深呼吸をしながら、ダスティンの言っていたクリスのいる部屋――504号室へ向かう。









「……………………ここか」

 ホテルのような廊下を真っ直ぐ行って角を右に曲がると、すぐ手前にその部屋の白いドアが見えだす。


「…………504号室。ここに、そのクリスって人が」

 とうとう一つのゴールにたどり着く事ができた彼だったが、ここまで来ていきなりドアの前で止まってしまう。

 ……ドアノブを回せば一瞬だというのに、彼はここに来て本当にこれでよかったのかというマリッジブルーにも似た思いを感じ出すのだった。


(これで良いのだろうか。これが、正解なのだろうか?)

 不安が、頭の中を駆け巡る。それと同時にふと、セリノの言葉が彼の中で蘇る。


(…………ダスとんゴミ野郎の言葉なんかに耳を傾けちゃダメよ?)


 彼女は、どうしてあんなにダスティンの事を嫌っているのだろうか。そんな事を突然、彼は思いだす。こんな事を考えても無駄だと分かっているのに…………。



(…………クソッ! 変な事は考えちゃダメだ。もっと単純で明るい事を考えなければ)


 そして、彼は自分に言い聞かせるように心の中で言うのだった。



(…………ここに入れば、きっと憧れの勇者として冒険とかできて、お金もがっぽり稼げて……そしたら、職が安定しだしたらセリノとも一緒に…………そうだ! これが、俺の異世界冒険譚の本当のプロローグなんだ。だから、きっとこの扉を開けると……俺は勇者に…………)











 ――こうして、彼はとうとう目の前の扉を2回ノックした。





 ――――ドキッ、ドキッ、ドキッ……ドキッ…………。




 胸の鼓動が、大きくなる。見えてはいないはずなのに、中にいる誰かがこちらへ向かってきている事を何となく察知する。


 ――少しすると、ドアノブに何かが置かれる音も聞こえてくる。






(…………来る)





 そう思った途端に、そのドアノブがハンドルを勢いよく回転させるかのようにグルッと回り出し、そして徐々に、目の前の厚さはそんなにない運命の扉が後ろへ後ろへ遠退いていくのだった。



「…………!」






「…………やぁ、初めまして。アラン君」


 その男は、彼がパッと見ただけですぐに良いものを食って、良い暮らしをしている育ちの良い人間だとはっきりわかった。――新しいシャキッとした全身白のスーツに黒いネクタイを身に着けていて、ピッカピッカに磨かれた黒い靴とワックスでがっちり固められた美しい姿。そして腕には、小さくて高価そうな金色の腕時計。肌は、奇麗な真っ白で、髪色も混じりけ一つない鮮やかな金、顔にはニキビもしわも、そして剃り残された髭でさえも一切見当たらないまさに完璧な姿。



 ――そして、そんな完璧な姿をした綺麗で高そうな見た目の男を、アランは知っていた。……いや、知っていたというのは少し違うのかもしれない。何と言っても、彼の目の前にいるその男は、彼にとって今日までこの世界で生きていける事ができた恩人と言っても過言じゃないのだから。


「…………あっ、あなたは」


「…………ふふっ、そうだね。僕は、君と会った事があるね」

 男は、そう言うと自分のすぐ後ろにある皇帝陛下の座るようなゴージャスな椅子に腰かけ、その右手にワイングラスを持った状態で言った。


「…………だいたい一週間ぶりかな? アラン君。……ようこそ。私が、クリスだ。本名は、クリス・ハーベライト。よろしくね」





 ――――クリスの正体は、アランがまだこの世界に来たばかりの頃、浮浪者の溜まり場と化したボロボロのギルドから帰って来て、絶望していた時に1シャーペルを渡してくれたあの綺麗で高そうなスーツを着ていた男だったのだ。

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