第16話 勇者になろう!⑥

 あれから6日。アランとセリノは、今も一緒に暮らしていた。あの夜の出来事の後、朝になって家を出ていこうとしたアランをセリノが止めて、それからとりあえずアランがクリスの元へ行くであろう一週間後まで一緒に暮らすという事になった。しかしその際、アランはクリスと会う件についてやダスティンと契約した事については、結局言えていないままだったのだ。


 そんな2人の6日目の夕方から話は始まる。


「今日は、シンプルにパンと目玉焼きね」

 町の端っこにある貧民街。そこの真ん中にある商店街にいる2人――アランとセリノは、仲良さそうに並んで歩いていた。その光景は、まさに仲の良いカップルのちょっとしたデートのようにも見える。


 ただ、2人の歩く商店街は普通の商店街とは違う。貧民街の風呂にも入らず、洗濯もしていないような腐った牛乳のような香りの人々がいて、周りは汚いゴミまみれの道。デートスポットにしては、酷すぎる見た目であった。

 ――しかし、唯一その場所にも良い所がある。それは、”活気”だ。この貧民街のバザールで働くものは皆、客の為にとにかく必死で元気な自分をアピールするし、客とのちょっとしたコミュニケーションも忘れない。また、そんな彼らの笑顔も輝いてみえるものだ。

 アランは、この数日の間そんな活気に溢れた場所へセリノに連れられて、よく出かける事が多く、最初は嫌がっていたが、いつの間にか好きになっていた。


「…………パンと目玉焼きだけ? それじゃあ足りないだろ?」

 バザールを楽しそうに見渡していたアランは、セリノの言葉を聞いてその表情を一気に曇らせた。


「…………毎日毎日、次の日の分まで食べちゃうのは一体誰よ」

 


「いや、だって……それは…………」

 セリノのあまりに最もな言葉の前に彼は、何も言えずに困ってしまう。




 ――少しして、彼は彼女のいる方とは別の所に顔を向けながら、ぼそっと本音を漏らす。

「きっ、君の作るものがすっげぇうまいから……そうなるんだよ」



「…………え!?」

 その言葉は、しっかり彼女の耳にも入って来ており、セリノはその頬を赤く染めて、アランと同じように反対側に顔をむけるのだった。


 そして、そんな風にして2人は目当ての店の前まで行ってしまうのだった。


「いらっしゃい。……お姉さん、何食べたい?」


 肉や卵を売る店のすぐ近くで、きまずそうな雰囲気の2人は立っていた。



「…………卵を3つ。おいしそうなのを頂戴」

 セリノがそう言うと店のおばちゃん達が、元気よく返事をして後ろに沢山置いてある卵の中から美味しそうなのを選び出す。






「…………うん! これだね。この3つが、まさにベストセレクトだよ! さぁ、どうぞ。……2シューペラね」


 2シューペラとは、日本円にするとだいたい200円くらいを言う。この世界でのお金の単位は、十、百、千、万の単位ごとに異なる言い方をする。百円単位のものは「シューペラ」。万単位なら「シャーペル」だ。他にも十円単位の「シンドリー」、千円単位の「ショーテロ」が存在するのだ。


 彼女は、ポケットからぴったりの金額取り出し、それを渡す。――その間もアランは、わざと彼女から目線を逸らし続けていた。



「…………はい! ありがとね。毎度~」

 セリノの支払いが終わると、2人は無言のままその場からいなくなろうとする。そうして、自分達の家へと向かおうとする……その時。後ろからさっきのおばちゃんの声が聞こえた。


「…………お2人さ~ん。若いうちから夫婦喧嘩なんかしちゃあ、これから持たなくなるよ~」


 アランとセリノは、ほぼ同時に頬っぺたを赤く染め、そしてぴったりのタイミングで後ろを振り返って言うのだった。


「「夫婦じゃない!」」



 それを聞いて、お店のおばちゃん達は楽しそうに笑い出す。2人は、余計に気まずい感じになり、早く家に帰ろうと歩き出した。――が、しかし前を向いた瞬間、2人の前に見知った人間が立っているのだった。


「…………ふ~ん。俺がいない間にそんな関係になっていたんだなぁ」


 強めの癖毛をオールバックにした髪型と高そうだが、ちょっと小汚いスーツが特徴的な男――ダスティンだ。


「なっ、お前…………。どうしてこんな所に」


 アランがそう聞くと、ダスティンは一瞬チラッとだけセリノの方を見てから答えた。

「いやぁ、何。ちょっとこの辺りを散歩しててな。そしたら、なんか君らを見かけてな。…………セリノ、お前は今日、仕事休みなのか?」


「えぇ、そうよ…………」

 彼女は、不機嫌そうに答える。



 それを見て、ダスティンは少しの間だけ黙ってから、今度はアランに質問をする。

「…………ふーん。んで、お前らは一体どうして一緒に買い物なんかに来てるんだ?」


 すると、アランの顔が少し照れくさそうに赤くなって、そわそわと落ち着かない感じになる。

「…………実は、その……居候させてもらっててさ。今夜の晩御飯の買い物を…………ってさ」


「ふ~ん。なるほどね」

 ダスティンは、顔を上下に軽く揺らして納得した風の表情でその話を聞いていた。


 そうして、アランとダスティンの2人が話していると、そこに不機嫌そうな声でセリノが割り込んでくる。

「…………ねぇ。悪いんだけどさ、早く帰って支度をしたいの。そこを退いてくれる」


 すると、ダスティンはヘラヘラした感じで「あぁ、良いよ」と答えてから道を開けた。



 ――――しかし、2人がその開いた道を歩き出そうとした瞬間、ダスティンの口が開かれる。



「ただし、悪いけど。アランを借りる。…………まぁ、夕飯の前にはちゃんと返してやるけどな」


 セリノは、それを聞くや否やダスティンの方を睨みつけた。

「はぁ? 何? まだアランになんか用なの? 正直さ、んだよね。ようやく明日には、まともな仕事を貰えるらしいしさ!」


 彼女がそう言うとダスティンは、その言葉とアランの妙にそわそわした態度を見て何かを察したのか、一瞬だけ納得したような顔になってから、言い出した。


「まぁ、そう言うなよ。…………大丈夫だって、から。ちょっと一緒に飲みたくなっただけさ。良いだろう? だって別にお前は保護者でも何でもないんだからさ」



 ――そう言われると、セリノは黙り込んでしまう。結局、彼女はアランに夕食の時間までに戻ってくるよう伝えて、行かせてしまうのだった。

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