第15話 勇者になろう!⑤

「…………俺の馬鹿野郎」


 その日の夜。アランは隣から伝わってくる温もりを感じつつ、少し硬めのベッドの上で横になりながら大きくため息をついた。


 ――彼の隣には、アランとは反対の方向を向いて体をジッと動かさないでいるセリノの姿があり、一見すると仲の良い夫婦の寝室のようだが…………。実際に現実と言うのは厳しいものだったのだ。


(…………なっ、なぜだ。確かに、途中までは良い感じだったのに…………)










              ~1時間前~


「ごちそうさまでした!」

 セリノの家でその日の夜を過ごす事となったアランは、この世界に来て初めての手作り料理をご馳走して貰う事となった。


 セリノは、この世界の料理に舌が慣れていないというアランのために簡単で、美味しい料理を作るといい、彼の為にクリームシチューのような白くてドロドロしたスープをご馳走した。


 このスープは、この異世界でのみとれる野菜や肉を使い、前の世界の時よりちょっと長い時間煮込む必要があるわけなのだが……彼女の予想以上にアランは、大喜びでこのスープにがっついたのだった。


「…………こっ、これ! うまい! すげぇ、ホントのシチューみたいだ!」





 ――――結局、彼はそのあまりのおいしさが故、多めに作ったはずのそのスープを全て食べきってしまうのだった。



「…………ふぅ。いや~、食った。食った。……やっぱり、こうやって誰かが作ってくれた料理っていうのは、格別にうまいなぁ!」


 彼は、膨れたお腹を抑えて、満足そうにキッチンの椅子に座っていた。――すると、木でできた食器を洗っていたセリノが洗い物を終えて、テーブルの方を振り返り、そんな満足したそうな顔のアランに申し訳なさそうに言った。


「…………ごめんね。こういう時、食後にコーヒーとかお茶とか飲みたいよね。…………どっちもなくてごめん」


「…………いやいや、何言ってるんだ! こんなおいしいシチューが食えて、俺はもうそれだけで満足だよ! 本当にありがとう」

 アランは深く頭を下げて、彼女に今できる最大限の感謝を伝えた。


「…………おっ、おいしいだなんて。そんな…………てっ、照れるよ。えへへ……」


 …………そんな彼の姿と言葉を聞いて、彼女は照れくさそうに頬を少し赤らめる。


「! …………」

 やがて、そんな彼女の姿を見た彼も、なんだか恥ずかしくなって頬っぺたを赤くするのだった。










 そうやって、2人のいる場から音がなくなり、お互いに黙ったまま時が過ぎた。


「…………えっ、えーっと」

 アランは、なんだか気まずさを覚えだし、そしてついに椅子から立ち上がるのだった。


「…………えーっと、今日はありがとう。その、ご馳走までしてくれて嬉しかった。…………その、今日はもう帰るよ。これ以上は悪いだろうし」


 そう言うと、彼は玄関の方まで向かおうと、膨らんだお腹を重たそうにして歩き出した。



「待って!」


 しかし、彼がキッチンからいなくなる直前にセリノの強い声が、彼を引き留める。――どうしたのかと思って、アランは後ろを振り向くと、そこには心配そうな顔をしたセリノの姿があった。


 彼女は、訴えるようにアランへ言った。


「…………外は今の時間、物凄く寒いよ。野宿なんてできるような感じじゃない。それに、その……せっ、せっかくだし泊っていきなよ! その方が安全で良いと思うよ」


 セリノがそう言うと、彼はそれでも申し訳なさそうに答えた。

「それは、確かに嬉しいし、その……ありがたいけど…………でも、1人で暮らしてるんだから、きっとベッドは1つしかないだろ? 寝る場所がないよ」


「…………そっ、そんなの2人で一緒に1つのベッドで寝ればいいよ。暖房は、この家にはないし、ちょうど良いよ。一緒に寝れば、きっとあったかい!」


「それは、その…………いや、でも俺は今日だけ宿なしってわけじゃないんだ。明日だって、明後日だって一文無しのままさ。……仕事が貰えるまでの間はね」


 彼は、下を向いたままそう告げた。…………その悲しそうな顔を見てセリノは、胸元で両手をぎゅうっと握り合って、それから言った。


「…………仕事が貰えるまでって、いつまで?」

 


「…………分からない。ただ、一週間後に色々話があるみたいだから……そこで、分かる感じ…………」





「…………それって、ダスとんゴミ野郎と関係ある事?」

 彼女は、急に真剣な顔になってアランの目をジッと見た。その表情は、とても真剣で何か嘘をついてバレたりでもしたら、とんでもない事になりそうだと本能的に分かっていた。



 ――しかし、とんでもない事になりそうだと分かっていても彼は…………。


「いや、それは違う」


 








「…………本当に?」










「…………あぁ」





 ――――しばらくして、セリノはその真剣な表情を崩し、ニッコリと笑いだした。


「そう」






                  

 


 それから少ししてアランは、ベッドのある部屋に連れていかれた。――部屋について、最初に彼が思った事は、その部屋のあまりの味気なさだった。というのも、彼が予想していた女性の寝室というのは、もっと可愛らしい感じに装飾されているものだと思っていたわけなのだが…………この部屋は、壁は木材の色で、そこにベッドがあるだけの寂しいものだった。


(前の世界で、こんな部屋の人がいたら間違いなく良い顔はされないよな…………)



「…………なんか、とか思ったでしょ?」


 彼が、少し暗い顔でそんな事を思っていると、隣にいた彼女がいきなり話しながら彼の体をベッドの方へとつき飛ばすように押し出した。


「…………え? ちょっ、ちょい!」


 ――ドサッ! と音を立ててアランの体は、そのまま勢いよくベッドへとダイブした。


「いてて…………」

 突然の事に驚きつつ、彼が体を擦っているとその上から大きな影が彼を埋め尽くした。


「え?…………」


 ――ドサッ! とまたしても音を立てながらアランの上から抱き着くようにセリノがくっついてきた。


「…………うぅ。なっなんだよ」

 彼が、頭を擦って正面を向くとそこには、自分にはない甘い蜂蜜のような香りの女性が床ドンするように彼の体にくっついていた。


「えへへ……君が悪いんだぞ~。こ~んな嫌そうな顔をするからぁ~」


「…………いっ、いやいや、そんなに嫌そうな顔はしてないよ!」


「嘘つけ! ちゃんと見てたんだぞ! 私の部屋を見てすっごく嫌そうだった!」


「いや、別に俺は…………」



 彼が、少し目線を逸らすと、それを怪しいと探知した彼女は、彼の事を上から鷹のようにジーっと見つめてくる。――そんな彼女の行動がなんだか耐えられなくなってきた彼は、しばらくして言うのだった。




「…………部屋に関しては、まぁ置いといて。その、なんか……近くないか? 元男で、しかもちょっとあれな店で働いてるからって、その……ちょっとなんか、距離が近すぎるっていうかその…………」



 それを聞いて、彼女は「はっ!」となってすぐに「ごめん」と謝り、彼から退いていった。


「…………その、嫌だった?」

 

「いや、別に嫌だってわけじゃないけど……その、いくら何でも…………分かっていてもやっぱり、異性である事に変わりないし、やっぱ……恥ずかしい所は、あるだろ…………」


 2人は、そんな会話をしてからお互いに恥ずかしそうに頬を赤らめつつ、段々喋らなくなり、そして……ついには、明かりが消えた部屋の中でお互いに反対方向を向いた状態で寝ていくのだった。









「…………起きてる?」

 しばらくして、アランは彼女を呼んでみる。




 しかし、声はしなかった。


「…………やっぱ、寝てるか」



「…………はぁ、ほんと。俺の馬鹿野郎」

 そうして、何度も自分を責めた彼は結局、羊を数えて眠る事となったのだった。


 


 ――――しかし、そうして部屋が完全に沈黙となった時、アランの隣から声がするのだった。




「…………バカ」

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