第14話 勇者になろう!④

 この世界にきて初めての女性の家というのは、なんだかとても緊張する事だった。アランは、バーの女性に連れられ、とうとうその聖域へと足を踏み入れる事となった。


 金髪の女性の家は、大きさは前の世界でよく見た普通の一軒家よりちょっと小さめな小屋って感じで、家の色は白。三角屋根で広めの庭があり、夜なのにのどかな雰囲気のあるそんな家だった。

(…………せめて、ダスティンの家とかに寄ってからじゃないと心の準備がなぁ)


 そうして彼がガチガチに緊張し、顔が真っ赤に燃え盛っていた時、女性の一言が彼を呼び覚ます。


「…………どしたの? 入んなよ?」

 女性は長い金髪を耳にかけつつ、片手でそのドアノブを支えた状態で彼を招く。…………金もなく、家もなく何もない彼にとって今の女性の誘いは物凄く嬉しいものだ。だが、やはり分かっていても緊張をしてしまう。既に開かれたドアの向こうからなんだか甘い香りと桃源郷のような安らぎが待っているようで、彼の妄想がどんどん進む。


 ――しかし、こんな気持ちの悪い妄想をしている彼であったが、決して女性の部屋や女性の住む家に入った事がないというわけではない。決して多くは、ないがそれなりに経験は積んでいるつもりだった。…………しかし、


(こっちの世界の女の家…………)

 たった一つ世界が違うだけで、初めて女の子の家に遊びに行く年頃の男の子のような緊張でガチガチの状態になってしまうのだから恐ろしいものである。






 ――さて、そんな彼の事をなんだか察した彼女は、少し考えた後に彼へ告げた。


「…………ねぇ? もしかして、緊張してる?」


「え……あっ!」

 アランは、コクコクと頷き、反応してみせた。


「…………あはは。そうだよねぇ。まぁ、前に会ったばかりだもんねぇ」

 女性は、そう言うとドアノブから一度手を離し、ドアに寄り掛かるようにして彼と話を始めた。


「…………ねぇ、君はさ。この世界をどう思った?」


「え?…………」

 突然の女の質問に彼は、少し戸惑いながらもしっかり自分の気持ちを伝えようとした。


「…………すっごく嫌だった。全てが理想とかけ離れていて、自分がしたいと思うような事は何一つできそうになくて…………」



 ――そこまで言うと、彼の目から突然大粒の水滴が一滴……そして二滴と零れ落ち、それに続くようにして涙が滝のように溢れてきた。


「…………どうして。…………俺の憧れた異世界って、もっと優しくて! のんびりしてて! 楽しそうで! 俺は、俺は…………こんな、冷たい環境で生きていくなんて……もう嫌だ。やっていける気がしない…………」

 彼は、とうとう話している最中に力を無くしたように崩れていき、そして鼻をすする音だけを立てて静かに泣き続けた。


 そんな彼の姿を見て、女性は自分の両手を胸元でぎゅうっと握りしめていた。



「…………君の言う通り、この世界は冷たいし、厳しいよね。分かるよ。私も君の気持ちは、痛いほど分かってるつもり」


 そう言い終わってから彼女は、一度大きく深呼吸をしてから語り出した。

 


「……私ね、前の世界では”男”だったんだ」


「え?」

 その言葉に驚いた彼は、すぐに顔を上げる。…………彼女は続けた。


「…………ダスとんゴミ野郎が、昨日言ってたでしょ? ゲイ野郎って。…………あれは、そう言う事なんだ」


「うっ、うん…………」


「…………でもね、前の世界で色々あってさ、私は次に生まれる時は女の子になりたいなって思ってたの…………。そしたら、こっちへ転生してくる時、奇跡的に女の子になる事ができてね。最初は、前の世界で培った知識とかを応用して効率よく体を鍛えたりして、それで大きくなったら冒険者になろうと思ってたの。…………けど女性の体になった影響か、筋肉は前よりつきにくくなっちゃったし、それに…………私が冒険者になる前に、ギルドはなくなっちゃったし…………それで、結局今みたいな汚い商売をするしかなくてね…………。あっ、ごっごめんね。急に自分語りなんかしちゃって。その…………今はね、女の子としての方が生きている時間が長くなった事もあってか、その…………色々と、だっ、大丈夫になったし! けっ、けど…………その男の子だった頃の感覚も完全になくなったわけじゃないからその…………あっ、あれ? 私は、一体何を言ってるんだろう?」

 彼女は、混乱した。自分では、アランの事を励まそうとかこの世界に来た先輩として良い所をみせなきゃと張り切っていたが、今やその凛々しい先輩像はなくなってしまい、顔を真っ赤にしていた。




 ――しかし、そんな女性の姿を見てか、アランの緊張や悲しみはいつの間にか吹き飛ばされているのだった。


「ハハハ……フフッ」

 彼は笑って、そして次第に…………。





「えへへ……」

 彼女も笑うようになった。






 ――2人は、しばらく暗い夜の中を笑いあった後に改めて家の中へ入って行き、そしてドアを閉めた。すると、すぐに女性は彼へ尋ねた。


「…………そういえば、君の名前をまだ聞いてなかったね? なんていうの?」


「…………俺は、新井信。ダスティンからは、アランって呼ばれてる」


「…………うん。アランか。アイツにしては、良い名前だね。…………じゃあ、私も」


 そう言うと女性は靴を脱いで、彼の方へ振り返って今日一番の笑顔を見せて言った。

「…………私、セリノ。これからよろしくね! アラン」

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