第11話 勇者になろう!①
異世界で最初に向かえた朝は、案外気持ちの良いものだった。日光が、窓のガラスを通り抜けて部屋の中に差し込んでくる。
その光は、時と共にどんどん広がっていき、そして最後にはベッドで寝ているアランの元まで差し込んでいくのだった。
「…………んん。……ん~!」
大きく体を伸ばしたアランは、大きなあくびをするとともにベッドから起き上がり、窓を開けて外の空気を吸うのだった。
「…………朝の空気の味とかは、前の世界とそんなに変わらないんだなぁ」
スーツを着た人々が歩き回る外の景色をジーっと眺めながら、アランは昨日起こった事を思い出していた。
――昨日ダスティンと契約を結んだ後、2人はもう遅い時間だからという事で一度解散する事にしたのだった。アランは、去る直前にダスティンから安くて良い宿を教えてもらい、そして2人は今日の朝10時に昨日のバーの前で集合するという約束をしたのだった。
――――朝の支度を終えたアランは、前の世界でいう所のビジネスホテルのような場所を出て現在、昨日のバーの前で立っていた。
すると、彼の目の前に昨日と同じ白いスーツを着たオールバックの髪型の男が現れた。
「…………おはよう。そして、すまないね。1分の遅刻だ。こういう業界で働く者として最低なミスをしたよ。もう一回謝る」
その男――ダスティンは、本当に申し訳なさそうにアランに何度も頭を下げてきた。彼は、その姿にびっくりするとともにほんの少しダスティンに対するイメージがなんだか良くなっていった。
「いや、良いよ。俺もこっちに来たばっかりで、ここの時計の文字は読めるけど……なんか慣れないからさ」
彼が、そう言うとダスティンは小さく「ありがとう」と言ってアランにもう一度頭を下げた。――そして、それからダスティンの提案の元、何処かでお茶でもしながら話す事になり、2人は朝の都会の町を歩き回った。
「…………良いコーヒー屋を知ってるんだ。一杯おごるよ」
ダスティンに連れられてアランは、歩き進んで行く。――――その移動中、アランはダスティンに昨日言われた事を尋ねた。
「…………ダスティン、教えてくれ。君が昨日言ってたクリスって男の事を。俺が、イエスと言ったら教えてくれるっていう約束だったぞ」
ダスティンは、あぁそうだと思いだしたような顔で答えた。
「…………クリスは、昨日言った通り人助けが好きな投資家さ。君のようなここへ来たばかりで冒険がしたい人間やお金に困っている人へ少しだけお金を貸してやるんだ。んで、その貸したお金を使って武器を買ったり、仕事に必要なものを揃えたりする。そして~、最後に俺の持ってきた仕事をクリスの金で買った装備で臨む。…………そういう流れさ」
ダスティンは、ここで一度話を止めた。そして、アランの顔を見てちゃんと理解しているか確認し、それから話を続けた。
「…………まぁ、言ってしまえば俺は、クリスの人助けがしたいっていうのを助けてるわけだ。当然俺も人助けってのが大好きだからな。…………嬉しかったぜ。今までいろんな人間を金持ちにしてきたが、みんな幸せそうなんだ」
そこまで言うと、ダスティンは突然走り出して近くの喫茶店の外の椅子に座って優雅にお茶を楽しんでいる2人の若い男女の元へ近づいて行き、いきなり2人のうちの男の方に話しかけた。
「…………よぉ! トム! 久しぶりだなぁ! 元気そうだなぁ!」
それだけ言うとダスティンは、すぐに小走りでその場から消えていった。――アランは、その姿を何も疑う事なく見てダスティンを追いかけたが、邪魔をされた2人の男女は両方ともダスティンの事を「誰だコイツ」と言った顔で見ているのだった。
そして、角を曲がった所でダスティンとアランは話を再開した。
「…………さっきの奴、トムっていうんだけどさ、アイツも俺とクリスの力で金持ちになったんだ。……見たろ? あの女。すっごいリッチな奥さん貰ってさ。今じゃ、俺なんかよりずぅぅぅぅっと幸せさ。…………お前もいつか、あんな風に朝のコーヒーを奥さんと優雅に過ごす金持ちになれるぜ? なぁ、アラン」
「…………そんな事よりもダスティン。早くそのクリスってのに会いたいよ。今すぐにさ!」
「いやいや、待てって! 落ち着けアラン。この世界には残念ながら携帯電話ってのがないんだ。せいぜい公衆電話までさ。…………だから、クリスと連絡が取れるのもちょい時間がかかるってわけよ。オーケーな? …………ひとまず、今日はコーヒーでも飲んでゆっくり話でもしよう。俺が一杯おごってやるから」
「…………はぁ、分かったよ。とにかくそのお前の言うコーヒー屋に行こうじゃないか」
そうして、2人の会話は終わり、お互い黙って目的地に向かっていたのだが…………その時だった。
「うわぁ! やっ、やめてくれぇぇ!」
「…………あぁ? 誰のせいでこうなったと思ってるんだコラァ! さっさと金出せやぁ!」
2人が歩いている道の向こう、突然とても整った見た目をして黒いサングラスをかけた少し怖い見た目の男2人と、ボロボロの服を着たおじさんの3人が裏路地の狭くて暗い所から表通りに出てきたのだった。
「…………もっ、もう何もないんだぁ! 許してくれぇ! 頼む!」
「あぁ? 何、俺達に頼みごとなんかしてくるんだよぉ! クソじじいがぁ!」
その瞬間、怖い見た目の男の1人がおじさんの腹を思いっきり蹴り飛ばした。
「んぐふぅうぅ!!」
おじさんは、物凄く苦しそうに腹を抑えて地面に丸くなって苦しみだす。
「…………あれ? あのおじさん」
そのおじさんの姿をアランは、何処かで見た事があった。
「…………どうした?」
ダスティンが、アランに聞くと彼は「そうだ!」と思い出し、両手をパチンと叩きつけ合った。
「昨日会った。ホームレスのおじさんだ。…………そういえば、なんか言ってたな。自分は家族も家も奪われて今も、なんか悪い奴らに追われて苦しんでいるって」
アランは、そう言うとはらはらした様子でおじさんの痛々しい姿を見ていた。
「…………ふぅん。なるほど。まぁ、お前には関係ないな。行くぞ」
しかし、話を聞いたダスティンはとても冷静だった。彼は、顔色1つ変えずにその場からいなくなろうとしているのだった。
――その姿と言葉を聞いて、アランはなんだか嫌な気分になった。
「ダスティン! んな冷たい事本気で言ってんのかよ! 助けに行かねぇと!」
しかし、ダスティンはそれを聞くとぽかんと口を開けて言った。
「は? 馬鹿か? あんなの助けに行っても何の得にもならないぞ? ほら、それよりコーヒー屋へ行こう。さぁ…………」
――――刹那、アランの中で何かが弾ける感覚を覚え、それと同時に彼の感情が爆発した。
「ここにいる人間達は、どうしてそう冷たいんだ! あんな事になってて助けに行くくらいしたって良いだろ? ていうか、どうしてこの世界の住人は魔法を使わないんだ? 魔法を使えばだいたいの事はなんとかなるはずだろ? …………おい! ダスティン! 今からでも覚えられる簡単な魔法を俺に教えてくれよ! お前、昨日俺に何でも聞いてくれって言ってたじゃねぇか?」
――――その言葉を聞いてダスティンは、最初こそ黙っていたが、徐々におかしくなってきのか、その顔を人を馬鹿にするような見下した感じに歪ませていった。
「ヘへへ……フフフ…………あっはっはっはっはァァァアア!!」
「…………なっ、なんだよ。何がおかしいんだよ!? 急に笑うんじゃねぇ!」
アランは、必死にダスティンのその不気味でいやらしい笑いに負けじと大きな声で対抗した。しかし…………。
「…………いや、別に。まぁ、そのなんだ。アラン、お前って案外良い奴なのな」
「は?」
アランが、意味が分からなさそうに彼の事を見だすとダスティンは、その止まりそうもない笑いをどうにか抑え込んで、アランへ告げた。
「…………あのな、この世界には魔法は確かに存在する。けど、それは残念ながら使えないのさ」
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