第9話 ダスとん②


「仕事を……貰ってきてくれる?って、言ったのか?」


「…………あぁ、そうだよ。俺の力を持ってすれば、なくなってしまったはずの冒険者にだってなれる」


「…………!?」

 新井信こと、アランにとってこの言葉は、かなり嬉しい以外の何でもなかった。


 この世界に飛ばされてから、自分の思っていたような異世界とあまりにもかけ離れていて、何度も失望したアランにとって今のダスティンは、救世主のようにさえ見えた。正直、もうこのまま「うん。分かった」と答えてしまおうとさえ思っている位だ。





 ――――しかし、嬉しいと思うと同時に恐怖も感じていた。


「…………でっ、でも魔物もダンジョンもないんじゃ冒険者なんてなれないって、さっき…………」

 アランの口から精一杯の反逆心はんぎゃくしんが零れ出る。


 ――率直な疑問だった。実際にこの目で元冒険者、錬金術師、回復術師だった浮浪者の姿をこの目で痛いほど見てきたわけだから。…………どうして、じゃあ彼らはダスティンの元へ行ってまた冒険者として働こうとしないのか? アランにとってこれは謎だった。


 しかし、こう聞かれても表情一つ崩れず、魔性の笑みを保ったままでダスティンは答えてみせた。


「…………いやいや、違うんだって。それが面白い事に秘密のダンジョンが今どんどん見つかってるんだよ!」


「…………秘密のダンジョン?」


「あぁ、そうだ。…………12年前までは、あちこちに変な洞穴があってさ、んでそん中にでっかい怪物や宝物が眠っていたわけなんだがな、当然これは都市化や機械化などの土地開発によって無くなっちまった」


「じゃあ、やっぱりダメじゃないか」


 アランが、そう言うとダスティンは人差し指を唇の前につきだして「チッチッチッ」と舌打ちしながら指を左右に振って続けた。


「最後まで聞けって。…………確かには消えちまった。けどな、逆にそういう土地開発をする事によって見つかったダンジョンってのも沢山あるんだぜぇ?…………例えば、これだ!」


 そう言うとダスティンはジャケットの内側のポケットからグシャグシャになった一枚の紙きれを取り出してきた。


「…………それは、もしかして新聞紙?」

 アランは、そのグシャグシャになった紙を見た事があった。


「ご名答~。そう、これは……確か、界歴3012年。まぁ、今からざっと3年位前だったか? ……の新聞だ。…………これを見て欲しい」


 ダスティンは、その新聞の切れ端の端っこにある小さい欄を指さした。


「…………住宅の建造中に……地下へ続く小さいダンジョンを発見!? 中には…………ちっちゃい魔物が数匹と…………えーっと、10シャーペル? ダスティン、これいくらだ?」


「…………そうだな。アメリカドルで言う所の約870ドル。…………だ~から、日本円で言うと…………」


 そう言うと、ダスティンはバーの店員にペンと紙を借りて計算を始めた。…………アランには、ダスティンのその姿がとても様になっている感じがしてつい、聞いてしまう。


「…………なぁ、ダスティン。アンタって、前の世界では金融関係の仕事にでもついてたのかい?」


 すると、彼は手を一生懸命に動かしながら若干迷惑そうに答えるのだった。

「…………まぁね。こういう計算は、よくやってたよ」




 ――――そうして、少ししてからダスティンは顔を上げてペンを置き、まだかまだかと待ちわびていたアランに笑って答えた。

「だいたい10万円くらいだな」


 その言葉にアランは、息を飲んだ。……今の自分が明らかに持っていない金額。これが、地の底に眠っている…………そう考えると彼はワクワクした。



 ――それと同時に、気になる事もでてきた。

「ダスティン、じゃあこのお金はいくらくらいの価値があるか見てくれ!」


 そう言うと、アランはお気に入りのズボンのポケットからさっき高そうなスーツを着た男から貰った一枚のくしゃくしゃになりかけている紙を取り出し、それをアランに見せた。すると彼は、パッと見てすぐに答える。


「…………1シャーペル。さっきの計算で行くと、1万円くらいって事になるのかな? まぁ、の宿代くらいはなんとかなる程度だな」



 それを聞いてアランの心から喜びが溢れてきた。




 ――そうやって彼が、ガッツポーズを決めて1人で喜んでいると隣にいるダスティンは、テーブルの上でぎゅうぎゅうと葉巻の先端の火を消し、吸うのを終えていた。

 それと同時に、ダスティンは彼へ更に詰め寄った。


「…………まぁ、とにかくだ。こうやって、見つかるダンジョンってのもあるわけだ。前の世界と違ってこの世界で情報を入手する事は大変だ。新聞は買うにも金がかかるし、今は何処のギルドもギルドとしての機能を失ってるからこういう情報なんて入って来ねぇ。だから、情報を逃して無様に生きる奴も大勢いるわけだ。けど、お前は違う。…………なぜならこの俺に出会ったわけだからな。俺と手を組めば、お前は小さいダンジョンとはいえ金を手に入れられ、いずれ大金持ちにもなれるだろう。そしたら、周りの人間はお前を勇者だとか言って持ち上げる。……完璧だろ?」


 ダスティンの魔性の笑みが、彼の視界の全てに写り込む。

「…………さぁ、アラン。一緒に頑張ろう。…………大丈夫、頭の良い元冒険者達はみんな俺の元で働いてるぜ? お前も、まさか馬鹿ってわけじゃないもんなぁ?」




 ――――ゴクリッ…………。


 アランは生唾を飲み込み、ダスティンから視線が離せないでいた。…………ここまで押されると、さすがに誰だって人としての何か使命感のようなものが急にやらないと!っといった感じにスイッチが入ってしまうものだ。

 彼も今、正しくその状態だった。





 このまま、答えてしまおう。



 ……………………そう思ったその時だった。



「…………こんなダスとんゴミ野郎の言葉に耳を傾けちゃだめよ? 新入り君」


 そこに突如、長身の美しい見た目をした長いサラサラの金髪が特徴的な女が現れたのだった。


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