第8話 ダスとん①

「…………君、かっこいい見た目してんな。見ない顔だが、新入りか?」




「…………まぁ、今日ここに来たばかりだな」




「へぇ~。…………来たばかりでこの店に入れて、しかも酒を飲めるなんて……君、運が良いねぇ?」




 バーの中で新井信は、この謎の男と出会った。男は、彼の事をとても興味津々な顔で見てきながら、右手に持つ酒らしき液体の入ったグラスを口へ運ぶ。




「…………アンタ、何者だ?」


 そんな男の姿を見て、怪しさを感じた彼は男へ尋ねる。すると男は、すぐにグラスを口から離して、口内に入り込んだ液体を押し込み答えた。




「…………自己紹介がまだだったな。俺は、ダスティン。この辺りでちょっとした人助けをしている者だ」




 ダスティンと名乗ったその男は、彼に握手を求めてきた。…………当然、それ位はと思った彼は、ダスティンのゴツゴツしててちょっと毛深いその手を握り返した。








 ――改めて見るとダスティンの見た目は、少しおかしかった。パッと見は、凄く高そうな白いズボンとジャケット、黒いネクタイに赤いワイシャツを着ていて、凄くおしゃれに見えるのだが…………近くで見ると凄くヨレヨレで埃や糸くず、ゴミなどがついていた。


 髪型も元々くせ毛なのだろう。…………短い髪の毛をオールバックにしている感じで、なんだかパッとしない。


 体臭は、そこまで気にならなかったが……なんとなく小汚い雰囲気というか、明らかに風呂に入ってなさそうなそんな感じがして、彼は今若干引いていた。






 ――2人は長い間握手をしていたが、彼の元に頼んだ酒が来たのを契機に手を握り合うのをやめた。…………そして、2人の会話が始まるのだった。




「この世界の事は、どれくらい把握してんだ?新入り」




「…………その新入りってのは、やめろ。俺には、新井信あらいしんっていう名前があるんだ」




 すると、彼は悩ましい顔をしてグラスに手をつけたまま考え出した。










 そして、


「…………長い名前だな。よしっ、今日からお前の事はアランって呼ぶよ」






「なんだよそれ? 俺は日本人だぞ?」




「んな事は、この世界においてどうでも良い事だ。…………それで、さっきの質問の答えをまだ貰っていないが?」






 彼は、ため息をついた後、やって来たお酒に手を伸ばす事なく答えた。


「…………冒険者はいないって事と、スキルはないって事。後は……この世界の住人がキチガイまみれだなって事だなぁ!」




 そう言い切ると、彼は勢いよくテーブルに置かれた酒を飲み干す。




「…………うえっ! なんじゃこりゃあぁ! とんでもなくまずい!」


 その光景を隣で見ていたダスティンは、椅子から転げ落ちそうな位の大声でそれも物凄く大袈裟に笑い出した。




「何がおかしいんだよ!」




「…………いやいや、別に。まぁでも気をつけろよ。この世界の酒は前の世界の酒とは全然味が違う。俺も最初は、一杯飲んですぐに腹を壊したもんさ」






 ――その言葉を聞いて彼は、1つ疑問になった事を聞いてみる事にした。


「…………アンタも、元々は俺と同じ世界の住人だったのか?」




「あぁ、そうだ。なんか知らねぇけどある時こっちへ転移してきた。…………俺が来たばかりの頃のこの世界は、良いところだったぜ」


 ダスティンは懐かしそうに、そして楽しそうに語り出した。


「…………冒険者ギルドは、あったし、魔物も異種族もゴロゴロいた。まさに異種族のサラダボウルって感じで、俺達みたいな転移者は、とにかく冒険者や錬金術師、回復術師として歓迎された。最高の時代だったよ」




 そこまでの話を彼は、ダスティンと同じように楽しそうに聞いて「やっぱり異世界ってのは、そうでなくちゃ」と思いながら頷き、まっずい酒をまた一口飲んでいく。




 ――しかし、話が終わると突然、ダスティンの表情が一転して暗くて怖い顔になった。


「けど、それも12年前には全て終わったのさ。…………俺達人間は、傲慢すぎた。金や領土を欲しがるがためにダンジョンのある山などを壊したり、無害な異種族まで虐殺したり、結局俺達冒険者の仕事は12年前には完全になくなっちまった。優秀な奴は、公務員になったりもして食っていけてるが、俺達のような戦う事位しか能のないクズは…………」




「…………ダスティン?」


 ダスティンは暗い顔のまま下を向いてしばらく黙ったままでいた。


















 そしてふと、我に返って話を続けた。


「おっと、すまん。暗くなっちまったな。…………まぁ、とりあえずわかんない事は何でも聞いてくれよ。俺は普段だいたいこの辺のバーとかにいるからさ」


 ダスティンは、そう言うとスーツの胸ポケットから葉巻を一本とマッチを取り出し、マッチをテーブルの上で滑らせるようにして火をつけ、葉巻の先にあてて煙の味を楽しんでいた。








 ダスティンは、咥えていた葉巻を口から取り出し、ふぅっと大きく煙を吐き出した後、再び喋り出す。




「…………なぁ、アラン」




「だからなんでその呼び方なんだよ!」




「まぁ、良いだろう。良い名前なんだし」




「良くねぇよ!」




「…………まぁ、落ち着け。とにかく俺の話を聞け」


 ダスティンは、そう言うと少し真剣な顔になって彼の目をジッと見ながら話を続けた。








「…………君さ、仕事がなくて困ってんだろ? 俺が仕事貰ってきてやるよ」






 その誘惑は、今の彼にとってとても魅力的に聞こえてくるのだった。

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