第7話 ギルド③
中に入った新井信は今、とてつもなく緊張していた。
(…………みっ、皆が俺を見ている)
ギルドの中に入ると、既に室内にいる汚い姿をした沢山の人々が新井信の清潔な体をジロジロ舐めまわすように見ていた。
「…………」
彼は、その光景に驚き、何も言えず足も止まったままだった。すると…………。
「見ろよ。新入りだぜ?」
「…………ただの金持ちだったらどうするよ~?」
「馬鹿野郎。ボンボンがこんなとこに来る分けねぇだろ」
汚い人々の中からそんな会話が聞こえてくる。
(…………なんか、すっごく感じ悪い)
――とはいえ、それでも彼らは外にいた人々より、よっぽどマシな格好で臭いも大した事がなかった。だが、やはり彼的にはどちらも同じ位汚く見えてしまう。実際、髭やその他の体毛が処理されてなかったり、口を開けた時にチラッと見える歯が虫歯まみれだったりでその姿は本当に強烈な光景であった。
――そんな周りの人々にジロジロ見られながらの状況で、彼は店の奥の方を見て何かを自分の目だけで探していた。
(…………冒険者ギルドの受付は……あそこで受付のお姉さんに声をかけないと仕事が貰えない。…………一体何処に?)
――――しかし、いくら探しても彼の見つけようとしている受付嬢は、見つからない。それどころか、前の世界のアニメなどで見たような受付じたい何処にも見えなかった。
(おかしいな。…………どうして?)
彼は、必死に目をギョロギョロ動かしてギルドの中を探し回る。…………すると突如、店の奥の方に赤い派手なドレスを着た背の高い茶髪の女性が見えた。
(あっ!もしかして…………)
何かを見つけたような顔で彼は、その赤いドレスの女の元へと早歩きで向かって行く。途中、店の周りから「あの新入り、早速抱きに行くらしいぜ?」とか声が聞こえた気がするが、今の彼の耳にはもう全く入って来ていなかった。
「…………あっ、あの!」
彼は、女のすぐ傍まで立つと気を付けの姿勢で彼女の目を真っ直ぐ見つめて言い出した。それを見ていた周りにいる汚い格好の人々は皆「…………おい! アイツすげぇ熱烈に女を見つめてるぞ!」とか「どんだけ溜まってんだよ!」などといった事をヒソヒソと囁き合っていた。
――そして話しかけられた女の方は、新井信の必死な姿を見てまるで勝ち誇ったような感じで煙草を吹かせ、彼が次に喋り出すのを黙って待っていた。
――――彼女が、コクっと頷くとまるでそれが合図であったかのように彼は喋り出した。
「…………俺を! 雇ってください! 冒険者として、俺の事を…………登録してくださいぃ!」
――――ギルドの中全体が白けた。彼の言葉を聞いた全ての者達は、目をぱっちり開けて口をポカンとしたままだった。
…………と、すると。ギルドの中にいた汚い格好をした人の1人が、大きな声で笑いだした。
「え?」
彼が、どういう事かと後ろを振り返ると同時に笑い声は1つ…………また1つとどんどん増えていった。しまいには、赤いドレスの女までが笑い出す。
(なっ、何がおかしいんだ!?)
すると、汚い男の1人が立ち上がって彼に笑いながら言うのだった。
「…………お前、馬鹿か! 冒険者ギルドなんてもんは、とうの昔になくなったよ!」
「え!?」
すると、今度は別の場所にいた汚い格好をした女が立ち上がって言った。
「…………アタイ達の姿を見て分かんねぇのかよ! ったく、間抜けな新入りが入って来たもんだぜ! 死神はちゃんと仕事してんのかよ!」
「…………どうして、あの死神の事を!?」
すると、今度はまた別の男が立ちあがって彼の元へ歩いてきて言ってきた。
「…………残念だったね! 新入り君! 君が期待しているようなものは、ここの何処にも置いてないんだよぉ! ぜ~んぶ、10年以上前に無くなっちまった! そこの赤いドレスを着たクソビッチも昔は、立派な冒険者だったが、今じゃただの風俗嬢だ! ヘへへッ!」
「…………なっ、何を言ってるんだ?」
彼は、彼らが話す次なる言葉を「知りたいけど、聞きたくない」という矛盾に満ちたどうしようもない絶望的な感情と時の中でただ待った。
そして…………。
「だからよぉ…………現実見ろよ。ミミズ野郎! この世界にはもう、冒険者ギルドも異種族もダンジョンも貴族も奴隷制も何もかもないんだよ! テメェがここへ来る12年前に全て終わっちまったんだ! …………今、こんな冒険者ギルドへやってくるような連中は、社会のクズしかいねぇんだ! 何故ならこの世界に暮らす人間の半分が、元々転生だの転移だのしてここへ来た人間だ!その中でも冒険者だの錬金術師だの回復術師だのでダンジョン潜ったり、魔物やっつけてた連中は、みィィィィィィィィィィんな!! 12年前に廃棄処分さ!」
「…………そっ、そんな」
――――この後、彼はトボトボと店の中を出ていく事にした。もはや冒険者ギルドとは本当に名ばかりで実態は、ただの浮浪者の集まる酒場と化していたその場所を彼は信じたくなかった。
徐々に暗くなっていく異世界の最初の夜の空を見上げて、彼は寒い外を歩き回った。…………歩きながら、彼は考えていた。
――――どうやったらまた、自分は冒険者として、そして金髪のエルフを嫁にして大金持ちになれるのか。ずーっと考えた。
しかし、当然彼の頭からは、何も思いつかない。…………もう、ダメだ。そう思った彼は、大通りの真ん中辺りで暗い顔をして座り込み、自分の足元をぼーっと見ていた。
「…………はぁ」
ため息が出る。…………けれども一度じゃストレスが緩和できない。
だから、もう一度。…………そしてもう一度、ため息をつき続けた。
――すると、道を歩いていた人々の群れの中から綺麗で高そうなスーツとネクタイを締めた男が1人彼の前で立ち止まった。
「…………これで、今夜の宿代くらいは足りるだろう」
それだけ言うと、男は急にポケットから財布らしきものを取り出して、中から見知らぬ人の絵が描かれた長方形の紙を1枚出して彼に渡した。
(この紙は…………)
彼は、男が去った後もその紙をジーっと観察し、1つの結論に至った。
(これは、もしかして…………金か!)
そう思った彼は、その紙きれを握りしめて、前の世界でお気に入りだったGパンのポケットの中にしまった。
(…………もう嫌だ。酒でも飲んで忘れたい気分だ)
そう思って、とりあえず最初に視界に写ったバーらしき店の中に入る事にした。
「…………いらっしゃいませ」
店の雰囲気は、前にいた世界とよく似たバーだった。彼は、とりあえずカウンターの空いている席に座ると注文を聞かれ、よくわからなかったのでおまかせとだけ答えて、酒が来るのをジーっと待つ事にした。
――そんな時、隣に座っている男が興味津々に彼の事を見てきている事に彼は気づいた。
(なっ、なんだ…………。この男)
――目が合うと男は、手に持ったグラスを置いて、その口を開いた。
「…………君、かっこいい見た目してんな。見ない顔だが、新入りか?」
――――これが、この謎の男との最初の出会いだった。
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