第5話 ギルド①

 ――――あれから1時間程だろうか。新井信は、まだ冒険者ギルドに着く事さえできていなかった。町の真ん中にあるイギリスのビッグベンのような見た目の大きな時計塔の針が3時を指し、ゴーンゴーンと壮大な音を立てる。




 1時間くらい歩いた事によって彼は、1つ大きな発見をした。それは”言葉”だ。この世界で使われている言語……それは、さっきここへやって来たばかりで学校の勉強もろくにやっていなかった彼でも何となく理解できた。どうしてなのか?…………というのは当然彼の知る由もないが、何となくお店の看板や風に吹かれてやって来た新聞紙などの文字を見ただけで頭の中で勝手に普段日本語を眺めている時のようになんとなくサラ~っと意味を辿れた。


(きっとそういう魔法でもかかっているのだろう)




 彼は、そのように理解する事にしたのだった。












「はぁ、疲れたなぁ。もう町一周くらい歩いたんじゃないのか?」


 歩き疲れた新井信は、さっきも通ったような気がする通りの途中でパンパンになった足を手で撫でながら大きくため息をついていた。




「…………全く、こんな事になったのも全部あのじいさんが教えてくれなかったからだ! ふざけやがって」


 彼は、あの後町を歩き回って道に迷ったり、歩き疲れたりするたびにこうして愚痴をこぼしていた。最初の頃は、これによって自分を鼓舞する事が出来ていたが、もう限界だった。正直、もうこれ以上愚痴なんて言っても無駄だろう。そのように彼は、うすうす勘づいていた。




(やっぱり誰かに聞くしか…………)


 そう思って周りをキョロキョロ探しても、どうしてもさっきの事を思い出して行動を起こせない。そしてまた、彼はギルドへどう行くかを自分の頭だけで模索し始めるのだった…………。






(…………う~ん、けどなぁ……どうしても全然思いつかないんだよなぁ…………)












 ――――と、そんな時……彼の隣を美しい白いドレスを着た女が通りすぎた。その女は、それまで彼の隣を通り過ぎた女達とは違ってとても良い匂いがして、着ているドレスや顔の化粧、豊満な胸、すらっとした足などが凄く色っぽく見えた。




(…………結構、好みな見た目だなぁ)




 そう思ってくると、彼の心の中で別の自分が生まれる。




(…………あの女に話しかけたい。話しかけて…………)




 ――彼は、破廉恥な妄想で頭がいっぱいになったまま、その流れで足がそろ~りと前に出て行った。






(ングフフ…………疲れてるし、ちょっとくらい良いよなぁ? この世界には痴漢でお縄になるなんて事もないだろうし…………)








 だが…………。




(いや、待て! 話しかけるにしてもデートとかそういうナンパみたいな事をするんじゃなく、普通に俺はまずギルドの場所が知りたいんだろう!)




 ――もう1人の自分がそれを律する。それと同時に彼の足も一時停止した。




 そして、彼の心の中で天使対悪魔の第一次聖戦が幕を開ける事となった…………。




(…………そうだ。俺は、ギルドへ向かわないといけないんだ。こんな所で寄り道していられるか!)




(…………いや、でもあんな良い女は、きっとこの先一度きりだぜ? 本能的にそれ位分かってるだろう?)




(いや、でも……優先すべきは目的地に到着する事だし)




(んな事、最終的に達成されれば問題ねぇよ)




(でっ、でも…………)




(あぁ、もう良い。出しゃばってくるじゃねぇよ! このクソ天使が)




 彼の中の悪魔が天使に向かってドロップキックをかました。




(あぁ~れぇ~)




 ――こうして、彼は鏡もないのにその場で髪の毛をいじり、ネクタイもしていないのにネクタイを締めるような動作をして、胸を張って女の元まで歩いて行った。




「…………あのぉ、すいません。私、道に迷ってしまいまして……その、冒険者ギルドっていうのはどう行けばいいのでしょうか?」




「…………?」


 女は、彼の言葉を聞くと少しの間黙ったままでいた。




(うひょおぉぉ! 良い女だぜ。見た目的にまだ20代前半って感じか? 良いねぇ~最高だよ)




 彼が、そうやって女の体のあちこちを見て馬鹿な事を考えている間、女も同じように彼の体や顔のあちこちを黙って見ていた。


 ――――そして。




「冒険者ギルドって、あの酒場よね。…………それなら、ここの通りをずーっと真っ直ぐ行って、3番道路を右へ曲がれば着くわよ」




 女は、丁寧に口だけでなく手まで使って彼に説明してくれた。


「…………おぉ、ありがとう。君のような優しい人はここへ来て初めてだよ! ありがとう。君、名前は?」




「…………ステラよ」




「おぉ、ステラ。良い名前だねぇ~。そのドレスすっごく似合ってるよ。素敵だ」




「…………ありがとう」


 彼女は少し照れくさそうに、しかしちゃんと嬉しそうに手で口元を隠しながらニコニコ笑っていた。




(…………行けるぞ。これ)


 そんな中、彼の心の中の悪魔は1つの確信を得た。女の顔と声を見る限りそれは、間違いなかった。




(浪人生時代に、こういう事は少しやった事があるから分かる。これは、いける!)




「あっ、あのさ! もしよかったらこの後、お茶でもどうかな? と少し話がしたいなぁ」














 ――――沈黙が訪れた。といってもそれは、ほんの少しの沈黙。女は、彼の事を品定めするようにジーっと見た後、口角をニッと上げてから口元をすぼめる様にして話し出した。




「…………お茶程度で良いのぉ?」




「え?」




「…………アナタ、すっごく素敵な見た目してる。このアタシにぴったりだわ。…………ねぇ? お茶を飲むよりもあま~いひと時を過ごさない?」




 ――ゴクッ…………。




 女の突然の豹変に彼は驚くと同時に興奮が抑えられないでいた。彼女は、彼の目と鼻のすぐ傍まで自分の顔を寄せてきて、それと同時に自分の胸や体のあちこちを彼の体にあててきて、更に自分の右手を優しくそーっと小さい子供の頭を撫でるように下のを触り出す。




(…………ふっ、ふぅおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)




 ――当然、彼の脳はここで停止し、考えたりするのは頭から下半身へと自動的にシフトチェンジされた。










「ねぇ、どうなの? 私と……したいの? ……………………お金さえ渡してくれればぁ~、アナタのすきなようにして、いいのよぉ~」




「はぁ、はぁ…………ん? 金?」




 ふと、彼の脳みそが少しだけ動き出す。




「…………金なんて俺、持ってないけど…………」




「はぁ?」


 彼がつい口を滑らせると、さっきまで色仕掛けで悩殺しようと迫って来ていた女の表情が、大きく歪みだした。




「…………”お金を持ってない”ですって!? それでこの私に近づこうとしてくるなんて…………アンタ、もしかして見た目が良いからつい勘違いしたけど、ここに来たばかりのね? 騙されたわぁ。ホント最悪! アンタ如きに私は…………あぁ、もう最悪よ!」




「え? えーっと、一体どういう?」


 彼は、突然の女の態度の変わり様に困り果てていた。――すると、そんな彼の姿を見て余計にイライラしたのか、女の怒りが更に大きく膨れ上がる。




「…………ちょっと! いつまでそこに立ってるつもり! このドグサレ外道がぁ! それ以上私の前にいるようなら、を呼ぶわよ!」




「え!? けっ、警察!」




「そうよ。…………だから特別に教えてあげるけど、この世界はアンタが前にいた世界とほとんど何も変わらない。いや、もしかしたらそれ以上に最悪よ! 残念だったわね! 哀れな! …………さぁ、さっさとどっかに行ってちょうだい! 本当のお金持ちのおじ様達が逃げてしまうわ!」


















 こうして、仕方なく彼はその場から逃げる様に去っていき、そしてまた1人トボトボとギルドを目指して歩いていく事にした。






 ――しかし、今回のはまだ運が良い。なんだかんだ言ってもギルドの場所を教えてくれたのだから。






 

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