第4話 転移④
――――キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン…………。
大きな鐘の音が鳴った後、徐々に徐々に他の雑音も聞こえてくる。
――噴き出す蒸気の音、ヒヒィィィンっと馬の鳴き声、大きな時計塔からカチカチと鳴る針の音、そして町を歩く人々のワサワサとした音…………。
「…………あれ?」
意識を取り戻し、段々開かれていく目。――新井信は、完全に目覚めるとすぐに、辺りを見渡した。
「…………こ、ここは。まさか本当に」
そして、自分の腕や足、着ているシャツやズボン、靴などといった身の回りと自分の周りの世界の様子を交互に見て、彼はまたもその顔をいやらしくニヤニヤさせる。
――そして少しの間の後、彼は人混みの中で叫ぶ。
「…………着いたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
周りにいた人々が、彼の事を迷惑そうに見て彼の周りだけぽっかりと空間が出来上がる。――――しかし、そんな事が起こっているというのに当の本人は、自分が迷惑行為をしているだなんて思ってもいない。
マヌケな彼は、自分が異世界転生されたという事に勘違いし喜ぶだけなのだった。
「…………さて今後は、どうするかな」
気が済むまで叫び終えた彼は今、新しい世界の町を歩きながら考え込んでいた。
(…………俺の読んだ物語の中だと、この後ギルドって所へ行って、んで冒険者って言う職をゲッツして、そして美少女とチームを組んで、毎日イチャイチャしながら楽しく楽にスローライフ~…………なわけだけども…………)
彼は、ふと自分が今歩いている世界を見渡した。
――――そこは、彼のよく知る異世界の雰囲気と少し違う。町の大きな通りには線路が敷かれていて、町のあちこちを洋風のハットと大きなブカブカの黒いコートを着たジェントルマンな雰囲気の男達と、羽のついた帽子と長いスカートを身に着けた美少女と言うより婦人な見た目の女達が歩き、彼らの上に街頭があって、更に建物は高いビルのようなものばかりで、彼のよく知る異世界の建物の木彫りで小さくてヘンゼルとグレーテルなどでよく見るような形の建物は何処にも存在せず、むしろそれより後の時代の建物で溢れた…………まるで、文明の進んだ世界にいるようなそんな感覚だった。
「おかしい…………異世界と言ったらもうちょっと遅れてる感じの、のんびりとした雰囲気を想像してたんだけどな…………」
彼は、そうして今いる異世界と妄想の異世界でのギャップを感じながらも町をぶら~っと歩き続けた。
「…………? そういえば、もう1つ忘れてた」
ふと、彼が線路の方へと向かって行こうとしたその時、ある事を思い出した。
「困ってる美少女が何処にもいないぞ? この世界には、スキルがないとは聞いたけど……まさか、チンピラの1人もいないのか!?」
慌てて彼は、町のあちこちをキョロキョロ見渡して、町の真ん中から一直線にビルとビルの間の狭くて暗い道の中へ突っ込んでいく。
――――しかし、辿り着いてもそこに彼の言うチンピラは存在しない。
「…………なんだ? この…………うっ、臭い。なんだこの暗いだけの空間は!?」
彼は、すぐにそこから出ていこうとするが、向こうにボロボロの服と段ボールのようなものを敷いてその上で寝ている中年のおじさんを見つける。
(よしっ、こうなったらあの人に聞こう)
そう思ってすぐにそのおじさんの近くへ走っていった。
「…………なぁ! なぁ! アンタ!」
彼が、おじさんの肩を叩いて話そうとすると、急に今まで感じていた臭いが強烈なものへ変化した。
「うっぐぅぅぅ…………くっせぇ!」
まるで、排泄物の塊を1年間熟成させたような強烈な香りに彼の鼻は、折れそうになり、その場で彼は臭いのあまり体を丸くして悶絶していた。
――するとふと、おじさんは目を開けて彼を見つける。
「…………ひっ!」
刹那、おじさんは驚いた顔で彼の傍から離れようと恐怖に満ちた顔でその身を引いていく。
「あっ、アンタ! なんでここに! …………やめてくれ。もう何も残っちゃいないんだァ! 俺からまた奪わないでくれェェ!」
――突然のその大声に彼は驚いて、なんとか自分の顔を苦しそうにしながらもおじさんへ向ける。
「…………ひっ!」
おじさんは、彼の顔を見ると同時に勢いよく後ろへ一歩下がった。
「…………何を言ってるんだ? アンタ?」
彼は、おじさんの元へ近づこうとその体を徐々に起こしていく。
「やっ、やめてくれ! 嫌だぁ! 妻も子も犠牲になった。…………俺の心は、もうボロボロなんだァ! 来ないでぇ!」
「…………だから、何を言ってるんだ! アンタは!」
彼は、やっとの思いで力強い声を振り絞る事ができ、恐怖で体を震わせて瞬きもせず目を大きく見開いたままのおじさんに正面から訴えた。
――――――すると、それまで震えて恐怖するだけだったおじさんは、徐々にその表情に恐怖だけでなく怒りのようなものまで纏うようになっていく。
「なっ、何って……決まってるだろう! あっ、あ……アンタら金持ちが! 俺達家族から金を巻き上げて、しまいには家も……妻も子供も…………全部奪って! 最後に残った俺は、1人こんな所で家もなく寒い中、寂しく生きなきゃで…………返してくれよ! 俺の妻を! 大切な子供達を! 俺達の幸せな家を! 返してくれよぉぉぉぉ!!」
おじさんは、そう言うと彼へ突進していくかのように勢いよく早歩きで向かってきて、ぽかぽかと彼の体をグーで殴りつけた。
…………おじさんの表情を見る限り、彼は本気で殴っているのだろう。しかし、彼の拳には全く力など入っておらず痛くはないが、とても迷惑だった。
――――彼は、とうとう怒って大きくため息をつくと力強く、おじさんの弱弱しい細い腕を掴んで離した。
「…………だから、誤解だ! 俺はアンタの言う、よくわからんが悪い奴じゃない!」
「…………え?」
おじさんの表情から徐々に怒りと恐怖、どうしようもなさが消えていく。…………少しして今度は、驚きと「?」が浮かんできた。
「どっ、どういう事だ!?」
おじさんは、ようやく彼の話を聞きたそうに黙って彼の口をジッと見ていた。
「…………俺は、単にアンタへ聞きたかったのさ。この世界の事とか、ギルドが何処にあるのかとか…………」
――彼の口の動きがストップしてから、おじさんは彼の体のあちこちを見渡した。そして、その表情はいつの間にか嘲笑と侮蔑へ変わっていった。
「…………はっ、ハハッ! な~んだ。ただの新入りか。ギルドね~。この世界ね~。…………あぁ、若いって良いよなぁ。無知って素晴らしいよなぁ~。……………………お断りだね! 金も持ってないような奴に教えてやれる事なんて、これぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~ぽっちもないねぇ!」
おじさんは、そう言うと自分から彼の元を離れて行き、シッシッと手を下から上へ振って追い払う。
――訳が分からず、でもなんかイラっときた彼は、結局そこから出ていく事にした。
狭い道から出る直前、地面に落ちた割れた鏡が彼の横顔を捉える。
――それは、前世と同じ顔ではあったが、さっきのおじさんや街を歩く人々の多くに比べて明らかに少し異質な存在を写していた。
歯は真っ白で、肌色はよく、髪や体からはボディーソープやシャンプーの良い香りがしている。体はひょろっとして、身長も普通くらいのその世界においては異質な姿。
そんな彼は、結局1人でギルドへと向かって行く事にしたのだった。
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