第23話 危険すぎるアプリ

11月17日 木曜日 17時20分

私立祐久高等学校 生徒会室


#Voice :星崎ほしざき あずさ 



 ふいに、やばいと気づいた。

 スマホの画面を手をかざして隠した。


「えっ?」

 と鹿乗くんが声を漏らした。

 鹿乗くんの瞳をじっと見詰めた。


「えっ!?」

 鹿乗くんのどぎまぎした声が返る。

「だいじょうぶ、みたい、ね」

 私はほっと息をついた。


「フレームレートが違うから、動画越しだと催眠にかからないみたいね」

「え? 催眠?」

「うん。催眠。たぶん、画面のリフレッシュタイミングをいじって、無意識に働きかける画像を混ぜているんだと…… 思う」

 サブミリナル効果というのだと思うけど、私、こういうのあまり詳しくない。

 だけど、微かな頭痛に気づいて、慌てて画面を遮ったの。


「だから、フレームレートですか」

「ええ。ちょっと見ててくれる?」

 私は、スマホを見据えた。

 

「さあ、ゲームで鍛えた反射神経と動体視力をちょっと披露しちゃおうかな」

 スマホをタップして動画を再開した。

 目を凝らす。

 フレームとフレームの隙間を頑張って意識する。

 そこっ! と感じた瞬間、一時停止アイコンをタップした。


「捕まえた。こいつが頭痛の原因。フレームレートの隙間に挿入された洗脳画像よ」

 モザイクパターンの中に、血の付いた鎌や骸骨、そして「呪」の文字。

「こんな方法で催眠できるのかなんて、聞かないでね。だけど、キュービットさんは画面を更新するとき、数ミリ秒だけ、この呪い文字のパターンを差し込んでいるわ」

 

 鹿乗くんは、あからさまに嫌そうな顔をした。B級ホラーというか、出来の悪い陰謀論とか、粗雑なオカルト映画でも見せられているような、軽蔑も混じった嫌悪の顔ね。ああ、キミは正常だ。

 

 私は、頑張って自分を鼓舞しながら、あり得ないオカルト話を続けた。

「たぶん、タブレット端末の画面を肉眼で直接に見ると、操られる可能性があるわ」

 

「はい。先輩のおっしゃるとおりです。変な頭痛がするんです。そして、記憶が飛んで、自分でも、なぜこんなことをしたのか? 自分自身の行動の理由がわからなくなるんです」

 籠川さんが、スマホを見詰めながら言うの。

 だから、ゆっくりと私は尋ねた。


「この続きに、何か、恐ろしい出来事があるの?」

「はい。私は、この動画をスマホで撮影していたときは、と信じていました。途中で気味の悪い頭痛に気づいて目を逸らしたから、と。だけど、それなのに……」


 私は、籠川さんに目線で問うた。籠川さんが小さくうなずいた。

 スマホ画面ををタップした。

 動画再生が再び始まった。



 ◇  ◇



 しばらくして画面がぶれた。


 そして、スマホのカメラは、タブレット端末を前に、席について、願い事を話す籠川さんを写していた。

 籠川さんが、願い事を話す順番になっていた。

 目を逸らしたはずが、籠川さんも呪いのアプリの呪縛に囚われていたの。

 ちらりと籠川さんを見遣ると、両手で口元を被い、恐怖に怯えている。


「私は、星崎あずさ先輩を蹴落として、学園のカリスマになりたい」

 籠川さんの声が、ひとりごとのように歪んだ願い事を口にした。


 驚いたよ。だって、籠川さんに限って、私のこと、そんな風に見てたなんて……

 私は、きっと、ハトが豆鉄砲を食らったみたいな、きょとんとした顔をしていたはず。


「いいえ」

 カーソルが走った。

「だめですか……」

 籠川さんのうなだれた声がぽつりとつぶやいた。


「どうしたら、叶いますか?」


 また、円形カーソルがするすると走り出した。


「ニ」


「エ」


「ヲ」


「サ」


「サ」


「ゲ」


「ヨ」


「イケニエですか。もっと多くの生徒たちを巻き込んで、イケニエを増やすのですか。そうしたら、星崎先輩をぐちゃぐちゃにできるのですか?」

 画面の中で、籠川さんが、歪んだ嗤い声を含んでいう。

 操られているの。

 とんでもないことを願っているけど、これのせいで籠川さんは呪いのアプリを持ち出して拡散したのだけど、でも、籠川さんのことは責められない。

 だって、私の傍でいま、籠川さんは蒼ざめて震えている。


 そして、キュービットさんの画面が切り替わった。

 昔ながらの電電公社風の黒電話のアイコンが、画面中央に現れた。

「SMSで願い事を認証します。受け入れますか?」


 三人とも完全に操られていた。交代で三人とも、スマホの電話番号を登録してしまうの。


 えっと……


 画面の中で、通知音が連続で鳴った。

 三人とも一斉にスマホを確認する様子が、画面に収められていた。

 凄惨な催眠に掛けられた三人の様子は、まるで人形のよう。

 木瀬さんは、決意に満ちたような凛々しい顔で、スマホ確認していた。

 萩谷さんは、うっすら微笑んで嬉しそうにスマホを両手に包んでいた。

 籠川さんは、無表情で立ち尽くしていた。


 私は、当然、疑問に思った。

「えっと…… 三人とも画面にいるってことは、これ、撮影したの、誰なのかな?」 


 籠川さんが、蒼ざめて震える声でいう。

「後で、ふいに、思い出して、動画を確認したんです。動画を撮ったことさえ…… 記憶を消されたかのように忘れていたんです。それで、動画を確認したら……」


 動画の中では、あの真っ黒な影、シビトのヒトヒトさんが三人を取り囲んでいた。

 籠川さんが泣き出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る