第24話 呪いと鈴と

11月17日 木曜日 17時30分

私立祐久高等学校 生徒会室


#Voice :星崎ほしざき あずさ 


 籠川さんが、椅子に掛けたまま泣き続けていた。

 自身も呪いのアプリに囚われているという恐怖と、すでにふたりの破滅に加担してしまったという罪悪感が、綯交ないまぜになって、籠川さんを締めあげている。


 鹿乗くんも、途方に暮れたような目線を返してきた。

 まさかと思っていたけど、こんな危険な呪いのアプリなんてものは、私たちの手にはあまる。

 でも、警察や先生方、大人たちに話して、どこまで信じてもらえるだろうか?


 それに……


「名倉が死んだとなると、問題のアプリが走っているタブレットは、いま、どこにあるんだ? 直接、見たら、催眠に掛けられて操り殺されるのだろう。探し出さなければ、また、犠牲者が出るぞ」


 鹿乗くんの声は、もっともだけど、あからさまにとげを含んでいる。

 籠川さんが、しゃくりあげた。

 萩谷さんと木瀬さんを困らせる目的で、籠川さんが、面白半分にタブレットを持ち出さなければ…… 少なくとも、無関係だった名倉くんは犠牲にならずに済んだはず。でも、それすら、アプリに操られてしたことなの。籠川さんは、もう、自分が信じられない状態に陥っているはず。


「このSMSのとおりなら…… 旧校舎の理科室にあるのかも、知れません」

 籠川さんだった。

 私と鹿乗くんは、窓の向こう、紅い夕焼けを背に佇む旧校舎を見遣った。夕焼けの紅色と、影になった旧校舎の黒の対比が、不思議と不気味に感じられる。もちろん、先入観だと思うけど……

 

 確かに、SMSには旧校舎の理科室にあると書かれていた。でも、それを探しに行ったはずの木瀬さんはタブレットを持っていなかった。死んでしまったから、木瀬さんが旧校舎の理科室に立ち入ることができたのか、さえ解らない。


「でも、誰が…… このSMSを送信したの?」

 私は自然と疑問を口にしていた。

 同時に、答えに思い当たった。


 でも、まさか、と思った。


「萩谷か?」

 鹿乗くんも、私と同じ答えに思い当たったらしい。


「タブレットのこと、旧理科室のこと、木瀬の願い事を知っている人物となると…… それに……」


 鹿乗くんは、言い出しにくそうに顔をしかめた。

「さっきの動画のとおりならば、萩谷はシビトの群れを従えている可能性がある」

 

 私も同じことを考え付いたの。

 萩谷さんは、ぜったいに裏切らない仲間を求めて、その願い事は―― 「シビトをあげる」と、叶えられていた。


「ふだんからの萩谷の虐められっぷりからしたら、木瀬を惨殺する動機は十分だが……」

 鹿乗くんは、困った顔で、私を見返してきた。


「萩谷を見た限り、復讐を完成させた人間には見えない。一連の事件に関して、何もわかっていない。ただ戸惑っているだけとしか…… そうとしか思えない」

 同じクラスで、ふたりでクラス委員をしているのだから、鹿乗くんは萩谷さんのことを、良くわかっている。鹿乗くんは秀才だけあって、観察眼もしっかりしていた。


「それに、電話番号も。これ海外からだよね? 自分のスマホから、直接にSMSを送信したのじゃなくて、ネットのSMS送信サービスを使ったのだと思うけど」


 私は、困って、でも、仕方ないから、籠川さんに尋ねたの。

「ね、あのアプリの催眠に掛かると、記憶を奪われたり、記憶を書き換えられたり、思考を歪められたりするのね? 籠川さんも…… 自身の意思とは無関係に、名倉さんを巻き込んだのじゃなくて?」

 籠川さんは、小さくうなずいた。

 それから、首を振って否定した。

 また、泣き始めた。


私は、籠川さんの様子を見て、確信した。

籠川さんは、いまも、意思の半分近くを呪いに支配されている。

何とか、事実の一端を、私に話してくれただけでも、精いっぱいで、頑張っている。


 鹿乗くんに目配せで合図した。

 予め打ち合わせていたとおりにする。そういう合図だよ。


「わかりました。ちょっと、空けます」

 鹿乗くんが生徒会室を出て行った。



 ◇  ◇



「もう、大丈夫だよ。こわい鹿乗くんは部屋の外に行ってもらったから」

 私が柔らかく話しかけた。

 小さく籠川さんの肩が震えて、うなずいた。


 ちりん。


 鈴が鳴った。

「あれ? あ、そうか」

 私は納得した。

 籠川さんは、いまも呪いのアプリの催眠に掛かったまま操られているの。

 正確には、本当の籠川さんと、乗っ取られた籠川さんとが拮抗して、意識を奪い合っている。そんな感じ。


 だから、スクールバッグを開いた。

 お守り鈴を必要と感じた人数分、持ってきたの。

 

「ね、霊験あらたかな鈴守神社のお守り鈴だよ。これをあげる。悪いモノから、きっと、籠川さんを守ってくれるから」

 私の両手で、籠川さんのぎゅっと握ったままの右手を包んだ。ゆっくり指を開かせた。お守り鈴を握らせた。


「この鈴は、籠川さん、あなたのもの。あなたを悪いモノすべてから守ってくれる」

 私は、宣言した。

 籠川さんの手の中で、ちりんと鈴が鳴った。


 ゆっくり籠川さんが、泣き顔をあげた。

 私は、ため息をついた。

 何とか、できたみたい。


「籠川さん、あなたは悪い呪いに操られていたの。あなたは悪くない。お守り鈴があなたを守ってくれる。でも、危険な状態なのは間違いないから、警察の方にあなたを保護してもらいます」

 警察と聞いて、籠川さんが怯えた顔を揺らした。


「大丈夫だよ。あなたを悪いモノから守るために呼んだの。私は、籠川さんの味方だから、心配しないで……」

 私が話し終える。


 まもなくして、生徒会室の引き戸が空いて、鹿乗くんが先生たち、そして警察の人と一緒に入ってきた。


 あとは、何とかした。

 さすがに呪いとかは真正面からは話せない。

 籠川さんが、精神的に不安定で心配だから、保護してほしいと…… そういうお話にしたの。


 籠川さんが、木瀬さんが殺害された現場の撮影者だとは、伝えた。

 発信者が不明のSMSがヒントになって、最初は肝試し的な悪戯心で、この生徒会室の窓から旧校舎を撮影していたから…… 偶然に大変な映像を撮ってしまった。


 それで、籠川さんは、罪悪感にさいなまれていて、自傷行為にさえ至る危険があるから、警察で一時保護してほしいと。


 ちょっと無理が混じっているけど、「作り話」の着地点としては、まあまあだと思う。学校で惨劇が相次いだばかりだもの。警察も、籠川さんをショックで心神喪失に陥った女生徒として、保護してくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る