第22話 動画撮影された呪いの儀式
11月17日 水曜日 17時10分
私立祐久高等学校 生徒会室
#Voice :
「あの……」
後から、籠川さんが呼んだ。
「あの、あの……」
振り向くと、籠川さんがすがるような目で私を見詰めていた。スマホを握りしめている。
「大丈夫だよ。話して、私は信じるから」
聡明な籠川さんがこんな顔をしている。
籠川さんは、まだ、何か…… 科学や常識では説明できない「何か」に怯えているみたいなの。
震える手がスマホを差し出した。
「あの、あのアプリにふたりが操られているシーンも、撮影していたんです。でも……」
えっ!?
さすがにちょっと驚いた。籠川さん、それは悪趣味に過ぎると思うよ。
「見て頂けますか? 恐ろしくて……」
「ああ、いいだろう」
横から、突き放したように、鹿乗くんが答えた。声が完全に怒っている。軽蔑している。
籠川さんが、こんな事態に巻き込まれた木瀬さんと萩谷さんを、面白半分に撮影していたことを、かなり不快に感じているようね。
確かに、私も引くけど……
スマホに録画された動画を見て、いくつかの謎が解けたの。同時に新しくわからないことも増えたけど。
だけど……
これは、うっかり手を出したりしたら絶対ダメな、本当に危ないアプリだと認識した。
◇ ◇
動画は唐突に始まった。
画面端に表示されたタイムスタンプは、11月7日 18時02分。
下校時刻も日没も過ぎた薄暗い理科準備室。実験で使う大きな机に、木瀬さんと萩谷さんが座っていた。蛍光灯の灯りも付けていない。夕闇の中で、四角い光がうごめいている。
籠川さんが、ふいに思いついて撮影を始めたから、中途半端な場面から始まっていた。だから、何が起きているのか?
画面がブレて、理科室の机に置かれたタブレットパソコンが大写しになる。四角い光は、萩谷さんのタブレットパソコンだった。
ノイズ混じりの画面に、予想どおり五十音表に似た文字盤が表示されていた。
ふふっと、籠川さんが漏らした笑い声が聞こえた。撮影しながら、木瀬さんを嘲笑ったのね。ちょっと意地悪すぎる。
画面に残されたやり取りの表示と、籠川さんの嘲笑で理解できた
木瀬さんのすすり泣く声がした。押し殺したような低い声が、肩を震えさせながら泣いていた。
「夢が叶わないなら、もう、ぐちゃぐちゃになってしまいたい」
十円玉を模した円形のカーソルが、するすると動いた。
「はい」
さすがに、ぞっとした。
籠川さんから、この前段の場面について口頭で説明を聞いたけど…… 木瀬さんは、アイドルになりたいという夢を否定されて、悲しみのあまり「ぐちゃぐちゃになってしまいたい」と願い、それを叶えてしまった。
そう気づいた。
願い事が叶うアプリって…… これは違う。これは、呪いだよ。
次に、萩谷さんが願い事を口にした。
「寂しいの。誰でもいいから、仲間が欲しい。ぜったいに裏切ったりしない、いつも寄り添ってくれる、私を守ってくれるそんな仲間が……」
萩谷さんらしい願いね。
えぐいモノを見過ぎていたせいか、萩谷さんのふんわりした願い事に、私は少しほっこりしたの。でも、このアプリはこんな願い事さえも、恐ろしいものに変えてしまうらしい。
タブレット端末の中で、円形カーソルが滑り出した。
もう、誰も指を載せていないけど、ひとりでにカーソルが走っている。
「はい」
だけど、カーソルは止まらない。
「文字種:ひらがな」の表示をクリックした。
「文字種:カタカナ」に切り替えた。
「ヒ」
「ト」
「ヒ」
「ト」
「ヲ」
え? 背筋がゾクリと震えた。
「シ」
「ビ」
「ト」
「ヲ」
「ア」
「ゲ」
「ル」
これ、まじめに、やばい。
こんなの、ぜったい手を出したらダメなやつだよ。
「あ、嬉しいです。シビトのヒトヒトさんですね。よろしくお願いします」
萩谷さんが、両手で口元を被い、歓喜の声をあげた。席を立って、何もない暗い空間の影に向かって、ペコリとお辞儀した。
あ、ああ、これ、本物だ。
良くありがちなジョークアプリとかじゃなくて、本物の呪いが憑いてる。
私は、頭痛を感じた。
シビトとは、もう言わなくってもわかると思うけど、死んだ人。心霊スポットと化したこの校舎に染み付いた死人のことだよ。こんなの、絶対、関わっちゃダメだってば。
何もない理科準備室の奥の闇溜まりの中で、もっと黒い人影が揺らぐ。
人影がどんどん増えて重なる。
萩谷さんは、ふんわり微笑んでいる。
闇の中でもっと黒く人影が、どんどん増えていくの……
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